作品タイトル不明
72「大金って目の前にあるとビビらね?」③
幼少期から身体の弱いありすは、病院に通うことが多かった。
その時、世話になった人たちの中に、由良春子がいたのだ。
明るく、優しく、ちょっとした変化に気づいてくれる素敵な人だった。
多忙な両親や機械的に接するだけの使用人とは違い、人として暖かさをくれた人だ。
そんな春子の息子の夏樹だからこそ、大きな力を手に入れても力に溺れることはないと信じていた。
まだ夏樹自身に会えていないが、天使である小梅と知り合えたのは良いことだ。
「帝国」が調べた限り、夏樹と同じくここ一ヶ月で勇者と思われる人間はまだいる。
七森千手、三原一登、佐渡祐介、綾川杏だ。
こんな近くに勇者が五人もいたことに驚く以上に、すべて夏樹の関係者であることに動揺を隠せない。
天使を含め、夏樹たちの総合戦力は「帝国」を超えている可能性がある。
「……小梅様、わたくしたちには敵意はございません。小梅様のお力をお借りできるのは喜ばしく心強くありますが、ぜひ由良夏樹様にもお目通させていただきたいのです」
「――そうじゃのう」
金に目をくらませていた小梅だが、夏樹の名に瞳に理性が戻った。
大金よりも夏樹の方が大事なのだろう。
正直、ありすは夏樹を羨ましいと思った。
異世界から帰還してから二年が経ったが、「帝国」と「新たな神々」以外の出会いはなかった。
日本に存在する霊能力者たちや、妖怪、天使、神、魔族といった超常な存在とは全く出会わなかった。
静かに暮らしたいと願い、選択したのは他ならぬありす自身だが、それでも、夏樹のような出会いがなかったことを残念に思う。
だからだろうか。
意地でも夏樹に会いたかった。
「決して悪いようにはいたしません。お話をしたいだけなのです。同じ異世界から帰還した人間として、話を」
「……ありす様、あまり無茶を言うのもたもんたもん」
「ですが」
多聞もありすの異変に気づいたようだ。
ありすの焦りと、夏樹への興味や羨望からか冷静さを欠いてしまっていた。
小梅が何かを言おうと口を開こうとした時。
「――はい、そこまでになさい」
翼がはためく音と同時に、リムジンの中に女性が現れた。
金髪をゆるく三つ編みにして、分厚い丸メガネをかけたジャージ上下の女性だ。
「――お姉ちゃん!?」
「話は聞いたわ、「帝国」だか「王国」だかしらないけれど、私と雲海おばあちゃんの許可なく向島市で好き勝手はさせないわよ」
土地神業務中のルシファー・花子だった。
■
「あのさぁ、サタンさん。いくらなっちゃんが宇宙に選ばれしギャラクシー河童勇者だとしても寝ている最中にメタルサウンド掻き鳴らされたらびっくりしちゃうの」
「そう思って弾きました」
「あとどこかからベースとドラムとデスボイスまで聞こえてきて怖いんだけど!」
「近所の人だな。デスボイスは朝の散歩中のおじいちゃんだった」
「そのデスボイスは大丈夫なのかな!?」
「心配性だな。それともメタルはお気に召さなかったかな?」
「心配するって! いやいや、そうじゃなくて! なっちゃんはロックの方が……じゃないから!」
夏樹も中学生だ。
ギターに憧れることもあるし、バンド組んで学園祭に出たいと夢見ることはある。
だが、夢は夢だ。
悲しいかな、イベントが多すぎてギターの練習をする時間もない。
「いろいろ言いたいことはあるんだけどさ、普通に起こして!?」
「普通に起こして起きなかったから、ギターの出番だったんだが」
「……というか、いつの間にギターとアンプ持ち込んだの?」
「割と最初から。日中は弾いていたぞ」
「そうなの!?」
「ちなみに小梅はピアノが得意だ。もとお嬢様だからな!」
「さすが小梅ちゃん!」
「花子はチェロが弾けるぞ!」
「さすが文学少女!」
「三郎は太鼓がすごい!」
「なんか急にちょっと方向性が」
「一心は……まあ触れないでやってくれ」
「ちょ、逆に気になる!」
ギターを鳴らされ、ルシファー一家の音楽に関する情報を得たことで眠気が吹き飛んだ夏樹は、時間を確認してため息をついた。
「二時間か……寝たといえば寝たけど、寝足りない。とういうか、俺はなんで起こされたの?」
「――残念なお知らせがある。夏樹が家から出ないから、イベントの方からやってきたぞ」
「――Mitä ihmettä!?」
サタンから告げられた衝撃の言葉に、夏樹はフィンランド語で「なんてこった!?」と叫んだ。