作品タイトル不明
57「急に部屋を開けられるとびっくりするんじゃね?」①
人間、本当に対処できないことが起きると動きを止めるのだと、夏樹はぼんやりと考えていた。
「あー」
「…………」
どう言葉をかけていいのかわからない。
相手も、同じのようで口をぱくぱくさせている。
(……真面目な話、ホラーさんで合っているよね? 海の神たちの置いて行かれた風の神さんってオチはないよね?)
今さらだが、夏樹はホラーさんの顔を知らない。
いつも長い黒髪によって隠れているからだ。
(でもさ、腰よりも長い黒髪を見る限り……ホラーさんだよねぇ。顔、初めて見たけど、美人さんだった)
正直なことを言うと、緊張している。
どう会話をすればいいのかもそうだが、ここからいきなりホラー展開になるんじゃないかと不安もあった。
(てっきりホラーさんのお顔ってもっと禍々しいものだと思っていたんだけど、ほっそりとした足の長いナイス美脚さんだったことに驚愕を隠せない。この俺としたことが、ホラーばかりに目を取られ、美脚に気づかないなんて大失態だ。河童大神様に合わせる顔がないっ!)
だが、ここから挽回すれば良いのだ。
夏樹はゆっくり深呼吸をすると、大きく両手を広げた。
「――こんにちは。ギャラクシー河童勇者の由良夏樹です! 特技は鏖殺、趣味は河童さんと戯れること、好きなものは美脚です!」
きりっ、とした顔をして自己紹介をした夏樹に、ホラーさんはあんぐり口を開けた。
しばらく沈黙が続く。波の音だけが響く。
すると、ようやくホラーさんが動き出した。
手に持っていた青いカクテルをストローでちゅぅっ、と一気飲みすると、グラスをテーブルに置いてビーチチェアから勢いよく立ち上がると、そのまま競泳選手のごとく美しいフォームで海へ飛び込もうとした。
「――お酒飲んでいるのに泳ぐのは危険だよ! 溺れたらどうす」
夏樹が慌てて手を伸ばし、お酒と海の危険性を説こうとするよりも早く、ホラーさんは波内際で「びたんっ」と顔から突っ込んだ。
「…………」
「…………」
「…………なんかこういうの動画で見たことある。想像していたよりも、ずっと浅かったんだね」
「…………」
ホラーさんは、おそらく恥ずかしかったのだろう。
海に逃げようとじたばた足を動かすが、砂に身体の一部が埋まっているので進まない。
「……と、とりあえず、立とうよ。ほら、手を貸すから」
夏樹がゆっくりと近づき手を差し伸べると、ホラーさんがぐるり、と首をこちらに向けた。
先ほどの女性はどこにいったのかと驚くほど、黒髪に顔を隠し、髪と髪の間からは爛々と光る瞳が夏樹を見ていた。
顔から砂を払うことなく小さな整った口をこれでもかと開くと、
「いやぁああああああああああああああああああああああああああああっ!」
絶叫した。
「あのね、叫びたいのは俺の方だからね!」