作品タイトル不明
プロローグ「決して忘れていたわけじゃなくね?」
――由良家の茶の間。
「いやぁ、ええお湯じゃった。サウナもええのう。なんとか由良家にもサウナの導入できぬもんかのう?」
「さすがに人様のお宅にサウナを導入するのは止めさせてもらうっすよ!」
水無月家から帰宅した夏樹たちは、茶の間でくつろいでいた。
月読は「くれぐれも加座間家に襲撃しないように!」と言い含めてから学校に戻り、祐介は「ショタエルフ侍らせてえさんと直接話ができないか聞いてみるよ。何かあったらすぐに連絡するね」と加座間家への怒りを抑えて、水無月家を去った。
千手と虎童子は、夕食を食べて帰宅するそうだ。ちゃっかり七森康弘もそこに加わって千手がとても嫌そうな顔をしていた。
「小梅ちゃんと銀子さんは温泉とサウナを楽しんだみたいだけど、俺は何も堪能していないんですけど!?」
「何を言っとるんじゃ、澪が作ったホットケーキを食べたじゃろうて」
「食べたよ! おいしかったよ!」
「夏樹くん、現役女子高生の手作りホットケーキを食べることができただけで人生勝ち組っす!」
「そりゃそうだけどさ!」
澪のホットケーキはとてもおいしかった。
銀子の言う通り、食べた側である夏樹は間違いなく勝ち組だろう。
「でもね、すっきりしないの! お風呂もサウナも入ってないし、なぜか気絶した状態で水無月家のお布団で寝てたし! 俺に何があったの!?」
「……まあ、それは、なんというか心のために思い出さん方がええじゃろう」
「そうっすね。私だって、記憶を消去できるもんならしたいっすよ」
「間違っても思い出そうと余計なことはせんでおけよ。心が壊れてしまうんじゃ」
「本当に何が起きたんだろう?」
何かとても恐ろしいことが起きたようだが、どうしても夏樹は思い出せない。
また思い出そうとも思えなかった。
「そんなことはどうでもいいじゃない! それよりも、春子ママが帰ってくる前に夕食の支度をしちゃうからダラダラしてんじゃないわよ!」
「うがい手洗いをしてくるといいよ。外は雑菌だらけだから、一度じゃなくて、二度目もした方がいい。特に何かを食べるときにはね」
エプロンを身につけた『蒼穹の星槍』こと星子と、『満天の星槍』こと菜々子がエプロンを身につけて魔王サタンと一緒に夕食の支度に取り掛かっていた。
ふたりは、異世界から解放されたことを喜び、またこうして実体化できたことを楽しんでいる。
今はとにかく何もかもが新鮮で、料理もしてみたいようだ。
面倒見のいいサタンのおかげで、ふたりはオムレツに挑戦中だ。
「はーい、ママ!」
「はーい、なのじゃ」
「はいっす!」
三人は言われた通りに、食事の前のうがい手洗いをした。
茶の間に戻ってくると星子と菜々子が作ったオムレツがテーブルに置かれている。
「――あと五分で、春子さんのご帰宅だ」
「今日は少し早いね」
「おそらく、患者さんが少なかったんだろう。足音が近づいてくるのが聞こえる」
「相変わらずきもいのう!」
足音で由良家の大黒柱である春子の帰還を正確に把握しているサタンに、娘の小梅が心底気持ちが悪いという目を向けるが、さすが魔王だけあって気にした様子がない。
いつも由良家の光景がそこにあった。
「ジャックとナンシーも旅行中だからね。おっと、電話だ。へい、こちらギャラクシー河童警察向島支部!」
「なんちゅー支部をつくとるんじゃ、おどれは!」
呆れた小梅がつっこむが、夏樹は真剣な顔をして携帯電話の向こう側の相手と話をしていた。
しばらくして電話を切ると、みんなに聞かせるように告げた。
「――モスマンさんたちの話し合いが終わったから、夜に会いたいって」
「そういえばおったのう! UMAども! イベントが多すぎて忘れとったわ!」