男は裏切るけれど、お金は裏切らない ~愛されない王妃は静かに爪を研ぐ~
作者: 紡里
本文
「側妃の実家が破産したというのは、どういうことだ?」
国王が、わたくしの執務室に無遠慮に入ってきた。新聞を握りしめている。
「予算を超えた分の請求を、側妃殿下の実家に付けただけです。もしご不満なら、あなたの私財で肩代わりすればいいわ」
わたくしはペンを置いたが、立ち上がって礼はしなかった。
「そんなことは……」
ええ、あなたには責任を取るなんて発想はないでしょうね。予算の枠を考慮せず、強請られただけ応えた。王妃より豪勢な側妃だなんて、諸外国のいい笑いものだ。
「ああ、けれど『国王に代々引き継がれる財産』には手を付けないでくださいね。近いうちに息子が引き継ぐものですから」
財務卿の父が、そんな横暴を許すはずがない。
今までは、この男が二度と着ない衣服を、その手の筋に高額で売って補填をしていた。財務報告にちゃんと目を通していたら、気がついたはずだ。
「側妃を憎んでいたのか」
うつむき加減で恨めしそうな上目遣いをすると、整った顔でも見苦しくなるものだ。他人事のように、そう思う。
「いいえ。がんぜない子どものような、あなたの機嫌を取ってくれたのです。その点では感謝……とは言いたくないですね。感情面においては、側妃の仕事をしていたと認めていますよ」
王妃の補佐としては無能だけれど、それは有能な女官に割り振ることができた。
だから、この先も今まで通りに暮らしていくことは可能なはずだった。
けれど、息子が思春期に差し掛かかっている。側妃が彼の敏感な心を傷つけ、男女観を歪めるような発言をしたことは見過ごせない。
許容できる範囲を逸脱したのは、彼女の方だ。
わたくしたちを蔑ろにして、側妃のご機嫌を取っていた者たちは大慌てでしょうね。お金を貸していたら、小銭すら戻ってこないかもしれない。ふふふ、いい気味よ。
財務卿の娘の私を、敵に回したことを思い知ればいい。
愛されない王妃?
上等ですわ。男は裏切るけれど、お金は裏切らない。
ツケを請求するタイミングを測っている間、興奮したわ。わくわくしたの。次の日が楽しみだなんて、この男の婚約者になって以来初めてよ。
実家の後ろ盾がなくなった側妃。贅沢をするだけで、役に立つことを証明してこなかった小娘。いえ、元小娘ね。今では「いい年」なんだもの。
これからどんな扱いをされるか、楽しみだわ。わたくしは何も言わない。どれくらい、誰が、勝手に忖度するのかしら。
「あなたは、わたくしを『血も涙もない女』とおっしゃいましたね。今さら、何を驚くのです?」
お前がわたくしに貼ったレッテルに、どれだけ苦労したことか。ならば、その通りになってやると腹をくくるのは当然の成り行きだ。
「あなたお得意の『愛』で、側妃殿下を支えて差し上げて?」
今まで女に泣きつかれたら捨ててきた男が、彼女だけは特別に支えるのなら感心してあげるわ。本当に『愛』があったのね、と。
数ヶ月後の夜会で、国王がわたくしをエスコートすると事前に連絡を寄越した。
側妃が妊娠を機に増長したため、もう何年も夫のエスコートなど受けていない。今さら手を触れるのも気持ち悪い。手袋越しだって、体温は伝わってくる。
「ええ? お父様のエスコートで良かったのに」
お母様には申し訳ないけれど、両親にはあんな男と結婚させた責任がある。
それに、さすがにわたくしがいない場では、国王に関係した品物の売買交渉はやりにくい。父が独断で暴走していると誤解されたら困るのだ。
侍女はわたくしの肩にケープをかけながら言った。
「側妃殿下が人前に出られる状態ではないのでしょう。仕方ありません。彼女の実家を潰した余波ですから、甘んじて受けてください」
国王に蔑ろにされる王妃という立場は、本当に屈辱的だった。
同じような境遇の過去の王妃を思い出し、「幽閉されていないだけ、ましよ」と自分に言い聞かせた。何度も、何度も。扇を握りしめて。
「ええー。 それでは、これからずっと……ということになるの?」
実家から王宮についてきてくれた侍女は、ふっと笑った。
「何事もほどほどがよろしいのですよ。徹底的にやると、面倒くさいことが発生します。
勉強になりましたね?」
「そういうのは、もっと早く言ってくれる? やった後に言うのではなくて」
一緒に悔しがっていたはずの侍女は、わたくしの髪を梳きながらくすくす笑うだけだった。