作品タイトル不明
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『コレットの髪はとても綺麗だね。僕の好きなミルクティーみたい』
優しくコレットの髪を梳く大きな手。
『コレットの瞳って琥珀の飴玉みたいだね。舐めたら美味しそう』
『ねぇ、エリク兄はいつも私のこと食べ物に例えるね。そんなに私食べ物みたいかなぁ』
『うん。いつも美味しそうだなぁって思うよ』
『変なの……ねぇエリク兄、最近調子が悪いの?』
『なんで?』
『ここの所ずぅっと声を出しづらそうにしてるから』
『…あぁ、実は声変わり中で…ごめんね、聞き取りづらいよね』
『ううん、エリク兄が元気ならいいの…声が変わるの?』
『そう、少し低くなるかもね』
『……ねぇ、私もいつかなるのかな?』
『ははっコレットはならないよ。これは男がなるものだから』
『そうなんだぁ…じゃあ、楽しみだね』
『楽しみ?』
『うん!エリク兄の新しい声はどんな感じかな?』
無邪気なコレットにエリクは声を出して笑った。
コレット、8歳。
エリク、11歳。
とある日のなんて事のない会話だ。
「ーーーみ、……君!質問いいかな?」
コレットは目の前で振られた手のひらにハッと体を揺らす。
(いけない、現実逃避してた)
突然の勇者の登場に思わず過去へと意識を潜らせていたコレットは、いつの間にか目の前の席に座っていた男を見つめた。
勇者ダルク。
伽羅色の短髪に、深緋色の瞳。
その身体は大きく、必要だったであろう筋肉に覆われ、見るからに力強さを感じる。
(…一度、出発前に見かけた時は明るい元気な印象だったけど…)
10年。10年戦い続けたダルクからは深い落ち着きと、驚くほどの冷静さをコレットは感じた。
(それは、そうよね。ずっと、ずっと…戦い続けてくれた人だもの)
ダルクにぺこり、と頭を下げるとコレットは続きを促す。
「……あ、間違えてたらごめんな。……もしかして、話せない?」
遠慮がちなダルクの問いにコレットは頷く。
肩がけの鞄から紙とペンを取り出すと彼女はそこに言葉を書いた。
【すみません。耳は聞こえているので回答は筆記でも良いですか?】
「もちろんだ。休憩中にすまないねーー実は人を探していてね。コレット・ラダー子爵令嬢を知っているかな?」
【いいえ】
「じゃあ…ミルクティー色の髪、琥珀色の瞳……肌は白くて、話すときにねぇ、と始める癖がある。そんな人に会ったことは?」
【いいえ】
(…私、そんな癖あったんだ…)
そしてコレットは酷く安堵した。
彼女は今認識阻害の術を施している。
他者から見た彼女は焦茶色の髪に群青色の瞳をした姿に見えているのだ。
そしてコレットは、話すこともできない。
ねぇ、から始まる口癖を誰かに聞かせてしまうこともない。
ーーーさらに、彼女はもう子爵令嬢でもない。
研究所で働く前に、子爵家から形だけの分籍をしていたからだ。
ーーーすべては、エリクに出会わないために。
「……ありがとう。質問は以上だ」
いいえ、と書いた後コレットは少し迷い、また文章を続けた。
【いいえ。
…ダルク様、皆様に感謝を。
10年間、戦い続けてくださりありがとうございます。
生きて帰ってきてくれて、ありがとうございます】
(もうたくさん、色んな人から感謝を伝えられているだろうけど…それでも、私も伝えたかった)
「……どういたしまして。この国、いや世界中の支えがあって今日を迎えられたんだ。俺も、ありがとう」
邪魔をしたな、と一言残してダルクは席を立った。
(…なんて出来た人なんだろう)
食堂を去っていくダルクの後ろ姿を見ながら、コレットはふぅ、と息を吐いた。
(ーー…緊張、したぁ)
震える手を擦り合わせて温めた後、コレットは冷めた昼食の残りを静かに食べ始めた。
※
コレットが研究所へと戻ると俄かに室内が騒がしかった。
「いやぁ〜綺麗だったねぇ噂の巫女様」
「ねー!眼福だった!あ、コレットさんおかえりなさーい」
「さっきまでなんと!あの巫女様がこちらにきてたんですよ〜!」
(…巫女…サーラ様…)
「おや、おかえりなさいコレットさん。……少しあちらでお話しできますか?」
応接室を指差し声を掛けてきた所長にコレットは頷き彼の後に続く。
彼女の同僚たちは未だ興奮冷めやらぬ様子で巫女について語っていた。
「相当重要人物なんだろうね、探してるの」
「ですよねぇ〜!だって巫女様…目が笑ってなかったですもん」
そんな盛り上がった話は、コレットの耳には届かなかった。
応接室に入り、所長は念入りに防音術をかけた。
長椅子に腰掛け、長いため息を一つ。
「…時間の問題だと思いますよ、もう」
【…食堂にはダルク様が来ました】
「うーん…そうか……他の方々も各所で探りを入れているようですし……多分城内に居る、という当りは付けているのかもしれませんね。ーーーあなたに掛けている認識阻害が見破られるのも時間の問題かもしれません」
【所長自らかけてくださったのに?】
「私を評価してくれるのは嬉しいですが…今のエリク・アルノーには最早魔術で誰も敵わないでしょう…10年もの間実戦で、命懸けで使ってきたのですから」
部屋に落ちる重たい沈黙。
エリクを除いたらこの国で一番魔術に精通している所長が、白旗を挙げているのだ。
「……そもそも、隠れる必要はあるんですか?」
【え?】
「だって、彼はこんなにもコレットさんを求めてる。ーーーそれに、あなたのしたことを考えれば感謝しかないのでは」
【……エリク兄は優しいんです。とても】
「………」
【きっと私に会ったら、責任を取ろうとしてしまいます】
「取って貰えば良いじゃないですか」
【私はーーー私は一瞬も一欠片もエリク兄に罪悪感を持ってほしくないんです。私が勝手にしたことだから……でも、多分無理でしょう?】
「ーーまあ、並の人間であれば多かれ少なかれ抱くでしょうね」
【……幸せになって欲しいんです。ずっと大変だったから……サーラ様とエリク兄は良い関係だと記事を見ました。そこに余計な風を吹かせたくない】
「うーん…確かにそんな新聞もありましたが、全然信頼に値しない記事でしたよ?」
【……そうでしょうか?長い年月を共に過ごしたんだから、おかしくないです】
「ーーーあなたは、エリク・アルノーを神聖視し過ぎでは?……能力云々置いといて私から見た彼はただの男ですよ」
コレットには所長の発言の意図が分からなかったけれど。
(神聖視ーーなんてしてるかな私)
ただ、確かにコレットの思い出の中のエリクはいつだって綺麗だった。
「ーーしばらく、研究所に身を隠しますか?」
【え?】
「ここ、一応寝泊まりできる部屋もありますし……この勢いじゃ自宅がバレるのもそう遠くない気がします」
【……お言葉に甘えても良いですか?】
「えぇ、勿論。今日はもう一度帰って必要な荷物だけ持ってきてください。戻ってきたら部屋を案内しますね」
【ありがとうございます!】
「ここは一応国立なので夜は警備も居ますし、魔術で守りも固めてありますから。さ、暗くなる前にいってらっしゃい」
所長に一度頭を下げてから、コレットは部屋を出て行った。
残された彼は一度大きく息を吐く。
「……まぁ多少の時間稼ぎにはなるでしょう……無防備なアパートよりは」