軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

◇9 白魔術師の弟子

「シ、シ、シルビア嬢! これは一体どういうことなんだ?」

「そんなに慌ててどうしたんです、師匠?」

シルビアがドルー宝飾店で店番をしていると、息を切らせたジョエルが駆け込んできた。手には青い蝋封が押された手紙を持っている。

ちなみにシルビアがジョエルを『師匠』と呼ぶのは、白魔術を習うために弟子入りしたからである。

アーノルドの指輪に憑いていたとき、自分は運よくジョエルに助けられたけれども、未だ誰にも気づいてもらえず孤独と戦っている人もいるはずだ。そう思ったシルビアは、彼らの助けになりたいと白魔術師を目指すことにしたのだ。

なので毎日、学園帰りに店へ通いジョエルに教えを乞うている。最近は一人で店番を任されるようになった。

「実家から手紙が届いたんだよ。シルビア嬢と婚約した、と。君は何か聞いているか?」

ジョエルは手紙をテーブルに放る。よほど強く握りしめていたのか、便箋はシワシワで文字が歪んで見えた。

「まあまあ、落ち着いてください。今、お茶を淹れますから」

「あの、にが~いカモミールティーか!?」

「大丈夫。ルルとララにお茶の淹れ方を教わったので、今度こそ、美味しいカモミールティーになるはずです。カモミールは心を穏やかにする効果があるんですよ」

取り乱す師匠を宥めたシルビアは、店の奥へ行きティーポットにハーブを入れた。お湯を注ぎ十分に抽出してから、たっぷりのミルクとメイプルシロップを少々。

シルビアが湯気の立ったティーカップを運んでくると、ジョエルは怪訝そうに匂いを嗅いでから喉に流し込んだ。

「……甘い。意外とイケるな、これは」

「でしょう?」

ジョエルが再びティーカップに口をつけるのを確認してから、シルビアは自分もカモミールティーを一口飲む。

「それで、婚約でしたっけ? 初耳ですけど……おそらく父ですわ。国王陛下を介して隣国のルイトル伯爵へ縁談を申し込んだのだと思います」

ルイトル伯爵はジョエルの父親だ。アヴリーヌ家の当主で、白魔術師でもある。

シルビアは何も聞かされていなかったけれど、父親の考えていることは大体予想がつく。

アーノルドとの縁談が白紙となり、シルビアの世間体を考慮すれば学生のうちに婚約者を決めておきたい。適当な相手がいなければ、従兄のレックスという選択肢もあるにはあるが、王太子の頼みだったとはいえアーノルドにコリンナを紹介したことは許しがたい。

ならば、いっそのこと娘を助けた男がよい。白魔術師は社会的地位も高く、そのうえ貴族の三男とくれば婿にはもってこいだ――といったところか。

「国王陛下って……それ、王命じゃないのか?」

「我が国の宰相の娘を救った恩人ということで、陛下にお願いしただけですよ。たぶん」

最短で外堀を埋めに行ったということだろう。黒魔術の件で王家はマクスウェル家に負い目があるから、協力的だったはずだ。

シルビアは、この婚約に異存はなかった。貴族の娘として政略結婚もあり得るわけで、ジョエルほど見目の整った相手はそうそういないし、知らない相手よりずっといい。

それに、ジョエルの前では気張らなくていいから、一緒にいて楽しいのだ。守ってあげたいというよりは、安心して隣を歩けるような……。

これが恋かどうかはシルビアにはまだわからないけれど、自分らしくいられる相手と人生を共にするのは、きっとすごく幸せなことだ。

「たぶん、て、そんないい加減な」

「最初に『責任を取る』って言ったのは師匠じゃないですか。言質を取ったからあの時、父は部屋を出ていったんですよ」

「あれは、そういう意味じゃなーい! そもそも縁談を強いられて、この国まで逃げてきたんだけど!?」

「知ってます。だから強要はしません。この手紙にも婚約期間は書いていないでしょう。ずっと婚約中でもいいんですよ?」

ジョエルはぐっと言葉に詰まった。驚いたように琥珀の瞳が見開かれる。

婚約したまま結婚しないなんて、通常あり得ない。貴族であれば特に……。

「そうすれば、少なくとも陛下の面子は保てますから」

「でもシルビア嬢は公爵位を継ぐのだろう? 行き遅れたら跡継ぎだって――」

「ジョエル様」

シルビアは胸の前で手を合わせた『お願い』のポーズで、上目遣いにジョエルを見つめた。深青の瞳に涙の膜が張る。

「わたくしのこと……そんなに嫌いですか?」

うるうるの瞳を見た瞬間、ジョエルは狼狽えた。ブンブンと頭を振る動きに合わせて、後ろで束ねた銀の長髪が犬の尾っぽのように左右に動く。

「き、嫌いじゃない、むしろ好きだ。好きだけど……」

思わず言ってしまってからジョエルは、しまった、というふうに両手で口を押さえた。

とたんにシルビアはニンマリとした笑顔になる。

「よかった!」

「騙されたっ。君、その演技は反則だぞ!」

「でも、好きだって言いました」

「まだ修行中だろう。公私混同は嫌なんだよ、魔術習得の妨げになるから」

「心配無用です。これでも『完璧令嬢』ですから、初級魔術は学園卒業まで、中級は結婚、上級は出産までに会得してみせます!」

「白魔術はそんなに簡単じゃないっ」

「一日の修行を倍に増やしますから」

ああでもない、こうでもないと言い合う二人は、カランと鳴ったドアベルの音で静かになった。

店の入口には、ステッキを持った口ひげの中年紳士が立っていて……。

「いらっしゃいませ、ドルー宝飾店へようこそ!」

先ほどの舌戦とは一転、シルビアとジョエルは、息ピッタリに極上の笑顔で客を出迎えたのだった。

そんな二人が、なんだかんだと愛し合い社交界でも有名なおしどり夫婦となるのは、もう少し先――シルビアが学園を卒業し、驚異的な速さで白魔術を極めたあとの話である。