軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

43_元兄に対峙する魔法使い①(セルヒ)

ルーツィア嬢の元兄が声をかけてきた途端に、私の側にいるルーツィアの体が強張ったのがよく分かった。

この男は一体、どれほどに彼女を傷つけ、怯えさせ、悲しませれば気が済むのか。

今すぐにでもこの場から消し飛ばしてやりたいところだが、それをすればルーツィア嬢が気にしてしまうだろう。彼女は心優しい人だから。

いくら怯えている相手であっても、元兄だ。消えてしまえば傷つき、ずっとその存在を心に残して気に病むに違いない。

どんな理由であれ、彼女の心の奥に別の男の存在がずっとあり続けるなど、そんなことはとてもじゃないが許せそうにない。

そもそも、どんな理由であれ、俺は彼女に悲しんでほしくなどないのだ。

(元兄、リーステラ伯爵令息め、ルーツィア嬢の心根の美しさのおかげで命拾いしたな)

そんなことより、今は少しでもルーツィア嬢の不安を和らげてあげたい。

そう思い、俺は一歩ルーツィア嬢に近づき、身を寄せた。ルーツィア嬢を守るようにその細い肩に触れると、彼女はこちらを見上げ、ホッと安堵したように息を吐き、表情を緩める。

(ああ、可愛い……可愛い……!!)

くっ、静まれ俺の心臓……!今はそんなことを考えている場合ではないだろう!

しかし、本当に可愛いのだ……。愛するルーツィア嬢が俺を心底信頼し、俺を見て安堵しているんだぞ?こんな幸せがあっていいのか。

そうか、自分で考えて改めて気が付いたが、ルーツィア嬢は俺の側で安心してくれるのか……。

すごいな。直接何かをされたわけでも、何か明確な言葉をもらったわけでもない。それなのに、ルーツィア嬢の表情ひとつでここまで俺は幸福感に包まれるのだ。

「ルーツィア嬢……ありがとう……」

「えっ?」

俺の言葉に、ルーツィア嬢が不思議そうに首を傾げる。可愛い。

しまった。つい心からの感謝が口をついて出た。だがこれは心からの本音だ。

ありがとうルーツィア嬢。ありがとう、彼女が存在するこの世界。ちなみに彼女の両親には感謝はしない。ルーツィア嬢を誕生させてくれたという世界一の徳は、誰よりも彼女を苦しめたという世界一の大罪で、すでに相殺されている。むしろマイナスだな。

と、ここで俺は一つの恐ろしい可能性に気が付いた。

──今の「ありがとう」が、「今までありがとう」という、彼女への決別の言葉にとられる可能性は?

(ないとは言い切れない!!!)

もしもそんな恐ろしい誤解により、心優しい彼女が「自分は魔塔にいてはいけないのだ」などと思い込み、俺達に気を使わせないように己の心に嘘をつき、リーステラ家に戻るなどと言わせてしまうことなどになれば……!

あ、ダメだ。想像だけで生きていけなくなりそうだ。

己の失態の可能性におののいた俺は、慌てて説明の言葉を口にする。

「ルーツィア嬢、今のありがとうは、俺の側にいてくれて嬉しいと言う気持ちの表現だ!ただひたすらに湧きあがる世界とルーツィア嬢への感謝の気持ちを思わず口にしたのであって、一欠けらの含みもないのでどうか誤解をしないでほしい!」

「せ、世界?ええと、……分かりました!」

「分かりづらい言い方をしてしまった俺を許してくれるか?」

よく分かっていなさそうなルーツィア嬢も可愛いが、揺るぎようのない信頼関係がまだできていない今、しつこいと思われようが、きちんと言葉にしなければいけない。そう思い、気分を害していないか確認しようと問うと、ルーツィア嬢はくすぐったそうに微笑んだ。可愛い。

「セルヒ様は確かに、ちょっと何を言っているのか分からないときもありますが……でも、私のことを思ってくれているのは伝わっています。こちらこそ、いつもありがとうございます!」

あ、ダメだ。死ぬ。世界よありがとう。ひょっとするとこの世に俺以上に幸せな人生を送っているものなど存在してはいないかもしれない。

「おい……!」

幸せに浸る俺の耳に、低く唸るような声が届く。

そうだな、今はルーツィア嬢の存在を神に感謝している場合ではない。

そう思い、元兄の方に向き直る。すると、元兄は俺のことを射殺さんばかりに睨みつけていた。

俺のことが気に食わず、憎しみを抑えられないという気持ちはまだ分かる。

だが、どうして理解しない?俺に向けているとはいえ、その目を、その表情を目にして、ルーツィア嬢がどれほど怖い思いをするのかということが。

「ルーツィアを離せ」

恐ろしい表情のまま、恐ろしい声で、ルーツィア嬢の元兄が俺に向かって吐き捨てる。

俺にとってはなんでもないことだが、許しがたく思うのは、その声に反応してルーツィア嬢の体がまた強張るのを感じたからだ。

ルーツィア嬢はなんとか自分で対峙しようとしているような気配を感じたが、そんな必要はない。

ルーツィア嬢が、本当にしたい努力ならば、いくらでもすればいい。どんなことだって応援する。側で支え、力になろう。

けれど、傷つくことが分かっている場面で、不必要に傷つく意味などどこにもないんだ。

体を強張らせ、表情を固くし、それでも必死で元兄を見つめ続けるルーツィア嬢に胸が苦しくなる。

(ルーツィア嬢、君は今までずっと、一人でこんな風に頑張ってきたんだな……)

これからは、俺が側にいるから。君が嫌だと言わない限り、必ず隣で味方になるから。

まずは、目の前の憂いを取り除こうか。