作品タイトル不明
11_出会う前から誤解なんて山ほどあるという事実
ソファの上から崩れ落ちて行ったセルヒ様は、テーブルの影に隠れるように視界から消え、そして一瞬で戻ってきた。
「ル、ル、ルーツィア嬢!一体だれが君にそんなことを言ったんだ!?ノース、お前か!?」
「ええー、とんだ濡れ衣にびっくりなんだけど」
大慌てでノース様に詰め寄るセルヒ様に、私の方こそ焦りが湧いてくる。どうしよう、余計なことを言っちゃったかも……!
「あの、あの、違うんです……」
ついびくびくしながらなんとかそう告げる。私の怯えを感じ取ったのか、足元に伏せていた魔獣さんがこちらを窺うように少しだけ顔を上げて、尻尾をファサっと私の膝の上に差し出してきた。そわそわしている私はそれを無意識に両手で掴む。
あ、もふもふの尻尾、やっぱり落ち着く……。
私の声はとってもとっても小さかったけれど、セルヒ様は聞き零すことなくすぐに反応してくださった。
「ち、違う?誰かに言われたわけじゃないということ?それなら、一体どうしてそんな風に思ったんだい?」
「あの、魔塔の噂で……私のような無能が魔塔に招き入れられるのは、魔獣の餌にされるとか、人体実験に使われるとかって、聞いたことがあって……」
言いながら、どんどん声が小さくなっていってしまう。だって、このセルヒ様の反応、どう考えてもそんな事実はないって感じだよね?それってつまり、こんなに優しく親切にしてもらっておきながら、とんでもなく失礼なことを言ってしまったということだよね?
セルヒ様は額に手を当てて、大きなため息をついた。
(どうしよう……)
人体実験の恐怖はなくなったけれど、今度は『なんて失礼で嫌な奴なんだ!』と思われてしまったかもしれない!という恐怖に支配されていく。こうやって、私は間違って、嫌われていく……。
──と、落ち込みかけたのだけれど。
「はあ、良かった……やっと君を魔塔に呼ぶことができたのに、早々に君を傷つけようとする悪意あるやつが現れたのかと思った……ふう、本当に良かった。どうやって排除してやろうかと思った」
声が小さくて最後はなんて言っていたのか聞こえなかったけれど、セルヒ様は良かった良かったと呟きながら、ホッとしたように表情を緩めていた。
私、ひどい勘違いで失礼なことを言ってしまったのに、呆れられていないの……?
「あの、ごめんなさい……!」
「ん?どうして謝るんだ?今のうちに君の誤解が解けて良かった。誤解やすれ違いは本当に恐ろしいものだからね……!むしろ、飲み込まずに聞いてくれてありがとう。きっと恐ろしくて聞きにくかったはずなのに」
「セ、セルヒ様……!」
感激する私の頭をグレイス様が撫でてくれる。
「まあ、どちらかというと事前に本人に説明なく魔塔に迎える準備を整えたセルヒが悪いわよね〜」
「う、うぐっ」
「いえっ、あの」
書物や噂を鵜呑みにした私が悪いんです!と言おうとしたけれど、それより先にノース様が続ける。
「そうだよね、そもそもルーツィア嬢が今のタイミングで、こんな夜に、突然魔塔へ来てくれることになった経緯も聞けてないしさ〜圧倒的にセルヒの段取りが悪すぎるんじゃないのー?」
「くっ、否定はできない……っ」
「ええっと、その」
たしかに、説明しなくちゃ!と思うものの、何をどう説明すればいいんだろう?と思ってしまって、うまく言葉にならない。
だって、私は家族に愛されない子供だったんです、なんて、言葉にして言うのはちょっと辛すぎる。少なくとも今は、うまく伝えられる気がしない。
そもそもリゼットがなんとか両親を止めてくれていたのに、その厚意を無下にして勢いでリーステラから逃げ出したのは私自身だ。
そう考えると、好きになれない私を今まで家族でいさせてくれたことに対して、お礼も伝えずに飛び出してきた自分が最低に思えてきた。
(悲しくて、そんなこと考えもせずに出てきちゃったけど……)
だけど、もうどうしようもない。
またもや暗い気持ちに引き摺られそうになった瞬間、ソファで眠るアルヴァン様が突然大声で叫んだ。
「あああ!ま、魔獣に踏んでもらえるなんて!幸せ……」
そしてそのままぐうぐうと再び寝息を立て始めた。ええ?今のも寝言なの?すごくはっきり喋っていたわ……!そして、やっぱり幸せな(?)夢を見ているらしい。
部屋の中に、なんとも言えない空気が広がる。
「……とにかく、さすがにそろそろ寝ましょう?ルーツィアちゃん、目がとろんとしてきているわ。女の子はお肌のためにも夜更かしは良くないし」
グレイス様が私の顔を覗き込んで言う。
言われてみれば、さすがにちょっと眠くなってきたかもしれない。
「そうだねーとにかく、明日からも怖いことは起きないよって分かってもらえたから、今日のところはいーんじゃない?一気にあれこれ言われても大変だろうしさ〜」
ノース様があくびをしながら言う。
たしかに、知りたいことは山ほどあるけれど、すでにいっぱいいっぱいかも。
「それじゃあ、グレイスに部屋まで案内してもらって、今日はゆっくり休んでくれ。明日は、俺が魔塔の中を案内するよ」
セルヒ様がそう言って、蕩けるように微笑んでくださった。
この時の私には、私に対しての優しくて親切なセルヒ様が全てであって、『いつものセルヒ様』がどんな風だったのか、当然だけど全く知らなくて。
翌日、魔塔の中を案内されながら、1番驚くことになるのは、セルヒ様の私への対応を見た他の魔法使いの皆さんのあまりの驚きようだなんてことは、想像もしていなかったのだった……。