軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編 ブラン・ブノワと平凡で善良な先輩(三)

超絶肥満児であるブランは、その見た目に反して真面目に鍛錬を繰り返し、半年も経つと大分細身になっていた。そしてそれから三年ほど経つと、それはもう見事な美形へと変貌した。

姉が姉ならば、弟も弟である。

姉であるショコラーテ・ブノワ嬢はその美貌で社交界を賑わしている。

そしてそんなショコラーテ・ブノワは、弟を応援に何度か鍛錬場へ見学へ来た事まであった。

緩く癖のある黒髪に、垂れた目尻。目元の二つの黒子と口元の黒子が、なんとも艶かしい。

日傘をさしてブランに声を掛ける姿に、レイモンは思わず唾を飲み込んだ程だ。

そしてあの肉の塊だった頃とは別人のブランは、間違いなく彼女の弟だと思える容姿の持ち主であった。

姉に似た癖のある黒髪に、優しげに見える垂れた目尻。

温和な笑みを浮かべて、先輩先輩と話しかけて来る姿は、人懐こさを感じさせた。

そんな風に容姿が変化しても、レイモンを慕ってくれる様子には、癒されるものがあった。

もうブランは見習いではないというのに。

そう、ブランは見習いから騎士へと昇格し、レイモンと同格になったにも関わらず、いまだに先輩として慕ってくれ、敬ってくれていたのだ。

家柄を考慮すれば、近いうちにブランの方がレイモンより昇格するだろうし、そうなったら下っ端の自分とは付き合いはなくなるだろうけれども、それでもやっぱりブランからの好意は、嬉しいものであった。

「先輩、今日もたくさんお菓子を貰いました」

「お、おう、相変わらずだな」

「これ全部僕のですよ。僕が食べていいお菓子なんですよ」

かつての願望を叶え、ブランは女性陣から黄色い声援と差し入れを貰って満面の笑みを浮かべている。

見た目は変わってもこういうところは変わらないなあと思っていると、ブランがあっと声を上げた。

「これは高級なめずらしいお菓子ですよ! 先輩にも少しだけわけて上げますね」

「いや、それは悪いよ」

「良いんです。その代わりに、今度飲みに連れて行って下さい」

「飲み屋かぁ。お前もそんな年頃になったか」

確かにブランも酒場に出入りするような年頃である。自分でなくとも、ブランが頼めば騎士団員なら誰でも連れて行ってくれそうなものだが。

それでもその中から自分を選んでくれたという嬉しさから、レイモンは良いぞと了承したのだった。

もっとも連れて行ったのは、金銭的に行きつけの食堂だったわけだが。

あの店は酒もちょっとだけ置いてあるし、レイモンの薄給でも後輩にご馳走出来たのだ。

レイモンの事情はどうあれ、ブランは喜んでいたので良いとしよう。

「あんたらも相変わらずだねぇ。偶にはもっと色気のある相手でもつれてきたらどうだい」

店主に呆れられた視線を向けられたが、レイモンは返す言葉もない。色気のある相手という言葉で、先日見掛けたショコラーテ・ブノワの事を思い出した。

美しい女だった。

優雅に微笑んでいる姿は、まさに令嬢という言葉がぴったりだったけれども、どこか妖しい色気もある。噂になるのに納得の容姿だった。

「あんたも貴族なんだから、どこかのご令嬢と結婚とかそういう話は来ないのか?」

「貧乏貴族の三男と結婚したがる娘なんていないだろ。それに家族を養う程の金がないし」

あとは親からの許可が降りないだろうなとレイモンは思った。

兄夫婦が当主になってその子供が成人でもしないかぎり、レイモンは実家から解放されることはないだろう。

別に自ら貴族籍から抜けてもいいが、そうなると騎士団に居られなくなる。一応レイモンは貴族令息として所属しており、功績があるわけでもない万年下っ端だ。

平民になってしまえば、退団する事になるだろう。何せ騎士団に所属したい平民の、レイモンより優秀な若手は幾らでもいるのだから。

「先輩、結婚とかしたいんですか?」

「……まあ。けれども俺には夢の夢だよ。それよりお前はどうなんだ。あちこちの夜会に出ているときくが」

「姉さんの付き添いですよ。まあ主催者によって、美味しい料理が食べられたりするんで、それなりに楽しいですけど」

ブランは夜会で出される料理を好きに食べて過ごし、姉は姉で楽しく踊っておしゃべりをして過ごしているのだとか。

ブノワ家ならば、成金貴族と言われようとも縁談はいくらでも舞い込むだろう。ましてやブランは、女性から人気の高い騎士団の所属だ。

ダンスに誘ってほしい女性は大勢いるに違いないのに、ブランはそういった事を気にする様子もない。

「僕の両親は好きにして良いと言ってますから」

「好きにとは、放任主義なのか」

「いいえ、いいえ。僕と姉の意志を尊重してくれてるんです。自分で見つけてきても良いし、縁談を探して欲しいのならそう言えば良いってだけでして」

なんとも豪快だなと、レイモンは別世界の話のように思ってしまう。でもまあそういうものなのかと、納得もした。

「まあ僕も姉も、自分に合った人をのんびりと探しますよ。姉さん曰く、運命の人は必ずいるそうなので」

「随分とロマン溢れる話だな」

「そのロマンを求めて、姉さんは色んなところに顔を出してますけどね」

なるほど、だから第三騎士団の鍛錬場に顔を出したのかと、レイモンは納得した。第三騎士団には、ブノワ家の令嬢が嫁入りするような家柄で、独身の騎士はいない。口のあまり宜しくない連中は、男漁りに来たんだろと笑って声を掛けていたが、簡単にあしらわれていたが。

果たして彼女の心を射止める男はいるのだろうか。

「あ、すみません。お酒と煮込み料理追加で」

あとブランは、食欲よりそういう事に興味がでるのだろうかとも。

そんな感じでブランと飲みに行くようになり、そしてまた数年。

とうとうブランは昇格し、副隊長の地位へと就いた。何でもそつなくこなすからなあとレイモンは感心していたが、その頃からブランは目に見えてサボるようになった。

あの真面目なブランが、地位についたら手を抜くのかと驚いたのだが、どうやら部隊長に反発しての行動である事に気付いた。

部隊長はブランと同格もしくは少し上の家柄で、兎に角血筋重視な人種であった。

なので貧乏貴族のレイモンや、平民の騎士団員を激しく差別したのだ。騎士団員として認めていないように扱ったのだ。

それでもまだ貴族であるレイモンは良い方で、平民出身者は騎士団の制服の着用すら許されず、見習いの雑務を押し付けられていた。

あまりにも酷い状況に、ブランは何度か部隊長に苦言を呈していたようだが、聞き入れられなかったらしい。むしろお前もちゃんと分別をつけろと激しく詰め寄られていた。

心配になって声を掛けたかったが、ここでレイモンが下手に動けば、ますますブランの立場が悪くなる。どうしたら良いかと悩んでいると、ブランがこっそりと大丈夫ですよと言った。

「部隊長より偉い人と知り合いになったんで、ちょっとお話しておきました」

もう少ししたらどうにかなりますから、だそうだ。

部隊長に物申せるくらい高位の存在となると、騎士団長だろうか。しかしながら第三騎士団長は、部隊長と仲が良い。なのでこのような事がまかり通ってしまっているわけで。

第一騎士団長もまた、血筋重視の方だった筈だ。第二騎士団長は第一騎士団長の太鼓持ちのような存在だし、果たして誰なのだろうとレイモンは疑問に思った。

そしてその疑問は、翌日に解消された。

なぜならば、皇太子リチャードがお供を引き連れてやってきたからだ。

何でここにと困惑しかないが、リチャードは鍛錬場を見て周り、そうして団長や部隊長に、どうして平民出身者が騎士団員の制服を着用していないのかと問うた。突然の来訪に美味い言い訳が出来ず、苦し紛れに団長が予算が足りていないと言えば、それは何と言う事だとリチャードは大袈裟に驚いた。

そして。

リチャードは、予算が足りないのなら団員の数を減らそうと言った。

「騎士団は国王が、貴族や平民関係なく王国を守るために創設したものだ。それを血筋重視で不当に扱うとは、王に対しての反逆に等しい」

騎士団員に制服を与えられないとは、予算の横領以外ありえないなと、団長と部隊長は逮捕され退団となったのだった。

そんなわけで、新たな団長と部隊長が派遣されてきた。引退した古株を引っ張り出してきたらしい。団長は文句を言っていたし、部隊長は嫌だと嘆いていたが、しかし彼らは平民出身者を不当に扱う人間ではなく、むしろ出来る奴が仕事をしろと身分関係なくこき使う人間だったのだ。

雑用だけでなく実務でも忙しくなったレイモンだったが、相変わらずフラフラとサボろうとしているブランが、何とかなったでしょと笑っていた。

「やっぱり職場はそれなりに居心地が良くないとですよね、先輩」

目を細め笑う顔は嬉しそうだったが、しかし本当に笑っているかはわからなかった。もうブランの顔は、肉で埋もれてないというのに。

ともかく、以前よりもだいぶ過ごしやすくなったのは確かなので、レイモンはそうだなと同意したのだった。