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今更、愛などと言われましても、あきれた笑いが出るだけです。

作者: ぽんぽこ狸

本文

ある日、婚約者のバーナードが社交界の予定を突然キャンセルした。

理由を聞くと、実家が商いしている商品の納期が間に合わないから、と言われシャーリーは「手伝おうか」と、言った。

それが始まりだった。

「今月も、ご苦労だったな。シャーリー」

バーナードは、気軽にシャーリーにそう言って、今月分の納品書を眺めてにまりと笑みを深めた。

「……今月もずいぶんな数でしたが、それほど、困ってるのですか」

「ああ、ああ、もちろん。そうに決まってるだろ」

彼は、隠す気なく適当にそんなことを言った。

そんな彼の態度にシャーリーは表情を硬くする。

彼の実家はヘンレッティ伯爵家と言って、魔法具を取り扱う商会を抱えており貴族を相手に商売を行っている。

そんなバーナードと婚約しているシャーリーは、魔力量の多さを見込まれて幼い頃に結婚を決められた。

シャーリー自身も前向きに捉えて、魔法具を制作、販売するための資格を取得したり、その仕事に携わるようにしてきた。

バーナードが、技術者が納期を守れずに困っているときにも声をかけた。

だがしかし、あれから三年、一度も注文が途絶えない。

「……? なんだその顔は」

すでに何度か両親には話を切り出したことがあった。

しかし、そのすべては簡単に反論されて論破された。

「……はぁー、そもそもお前は我がヘンレッティ伯爵家へと嫁に来てその商いの恩恵にあずかるんだ。結婚してからずっと、一生、だぞ?」

そして、今日も、シャーリーが意見を言う間もなくバーナードはいらだった様子で言葉を紡ぐ。

「もちろんそれは、わかります」

「だったらなおさら、俺たちの事業がどれだけ大事かわかるだろ? 歴史の古い商会じゃない、今大きく成長してるこのときが大事な時なんだよ」

三年前にも同じ説明を聞いた気がする。

「そういうときに、家族同然のお前も俺たちに力を貸して、成功させるのは当たり前だろ。大事な時期だ、使えるものはなんでも使うし、お前は、将来それで良い思いをするんだから、このぐらいどうってこと無いはずだ」

「量自体は、問題ではないけれど……」

それは嘘だった。量も相当に重い、様々な教育を受けながらこなせる量じゃない。

魔力量が多いシャーリーだからなんとかなるが、毎回間に合わせるのには苦労している。

それでも、それ以上に、重要だと思ってしまっていることがある。

「ただ、手伝いの対価を頂いてないことが……」

シャーリーは歯切れ悪くバーナードに切り出した。

シャーリーは手伝いを始めてから三年間、必ず納期を守ってきたと言うのに報酬を一つももらっていない。

もらえるのはいつもご苦労という言葉ばかりで、シャーリーが自分に使えるお金は材料に消え、報酬もなく時間ばかりを浪費しているので、新しいドレスも新調できていない。

友人には距離を置かれて、流行の話題について行けないシャーリーは社交界で浮いている。

「対価ぁ??」

しかしバーナードはその言葉を聞いた途端に、急激に機嫌を悪くして、舌打ちをして、バシンと納品書をたたいた。

「お前が家族同然の俺たちを思って手伝うのなんか当たり前のことなのに、対価だと? 人の情よりも金が大事なのかよ?」

「…………」

「そんなのお前、『家族からも金をせびるような思いやりのない人間です!』って言ってる様なものだぞ? シャーリー、恥ずかしくないのかよ? 嫁に来て養ってもらうんだからその恩を返すのは当たり前だろっ!」

バーナードはシャーリーを叱りつけるように大きな声を出して、シャーリーは膝の上で拳を握ってうつむいた。

肩をすくめて小さくなった。

家族に言ってもそうだった。

シャーリーはただの家同士をつなぐ道具だから、黙っていうことを聞けばいい、と言われるだけだった。

今目の前にいる彼も同じだ。将来の嫁という立場を盾に、無料でシャーリーを酷使している。

彼らには、シャーリーなど『商いの道具を作るための婚約者という名の道具』に見えているのだろう。

だから、対価は必要ない。

「ったく、素直に従えば俺だってこんなこと言わないのにな。……ああそうだ」

「は、はい」

「そろそろ新しいドレスを用意しろよ。いい加減そのドレスは見飽きた。女のくせにこんなこと言わせるなよ」

「っ…………」

ピシリ、ヒビが入った音がする。

こんな扱いでも、それでもなんとか、役立ちたい。いつかはこうして役立っていればいつかは人として尊重してくれるかも。

いつかは、尽くしていれば本当の意味で大切にしてくれて助け合える関係がやってくる。

そう夢見ていた自分の心にヒビが入った。

後はもう、ヒビは広がって大きくなって割れて消えてなくなるだけ。

残るのは道具として扱われ、ならばそれこそ盾にしようと考える冷たい自分だけだった。

「ひさしぶり、シャーリー。何ヶ月ぶりかな? 半年ぐらい?」

「うん。半年ぐらいです」

「忙しそうにしてたもんね、声かけてくれて嬉しいな」

シャーリーは考えに考え抜いてエリオットを呼び出した。

彼はシャーリーのお隣領地の爵位継承者で、ヘンレッティ伯爵家とは違って、歴史の深い商会を擁する家系だ。

シャーリーの持っている魔法具の知識も、エリオットの実家の紹介を通して購入した本から得ている。

領地が隣なだけあって幼馴染みに近い相手だが、とくに、シャーリーが魔法具を本格的に作るようになってから、よく声をかけてくれるようになった。

基本的には、エリオットからの誘いに答えられないほど忙しいのだが、今回ばかりは用事があってシャーリーの方から呼び出した。

「それで今日は……どういう用件? 手紙だとふわっとした内容しか書いてなかったから気になってるんだよね。新しい魔法具制作の本? それとも材料の相談かな」

「……ええと、その」

「あ、もちろん。ただ話をしたいってことならそれでも、全然かまわないよ。他でもない君の誘いだから」

エリオットはあれこれと自分から提案していろいろと聞いてくれるが、シャーリーはその様子に少し戸惑ってぎこちなく笑った。

エリオットはとても気さくで小さい頃から変わっていないけれど、こうして大人になって彼の立場と自分の立場を比べてしまうと、そんなに一生懸命に対応されると困ってしまうのである。

今更ながら少々恐れ多い。

しかしそんなことを言っていたら、シャーリーは自分の状況を変えることができない。

もう、シャーリーは覚悟を決めたのだ。

だからこそ、気後れしていても進まなければ一生を利用されるだけだ。

「……そ、そう、してあなたが私を特別視してくださる理由。私、幼馴染みだってこと以上の理由があること、ちゃんとわかっています。エリオット様」

「! え、あ、えそうなの? と言うかうん、待ってうん。そうなんだ」

「はい。だからこそ、ビジネスのお話をさせてもらえませんか。今日呼び出したのはそういう理由で……」

「び、ビジネス……いや、まぁ僕が君をほしいと思ってることは……薄々バレてるだろうとは思ってたけど」

エリオットはシャーリーの言葉を聞いて、驚いた様子で続けて言う。

「まさか君からそういう話をされるとは、結構意外だね……シャーリー」

「……私はもう決めたんです。エリオット様、あの人たちが自分たちの都合で私を使うなら、私は私の都合で動きます」

「と、言うと?」

「ヘンレッティ伯爵家は目障りでしょう?」

「……まぁ、それなりに」

「立ちゆかなくして、顧客を奪い利益にできます。その代わり私をあなた方が彼らよりよりよい形で使ってくださいませんか」

エリオットは、シャーリーの腕を知っている。魔力が豊富で同じクオリティで長期間安定して魔法具を作る事もできる。

それがもうすでにヘンレッティ伯爵家の商売の要になりつつあることも見抜いているはずだ。

だからこそシャーリーに特別、気遣って対応するし、売り上げを分け合うことになるヘンレッティ伯爵家なんて彼らにとっていない方がいいはずだ。

シャーリーはこれまで決意は決まらないながらもずっと仕込みは続けてきていた。

夢を見るし甘い部分もあるが、決して馬鹿ではない。

どんなに納期が忙しくても、必ず丁寧に仕事をした。一糸乱れぬ魔法紋、品質の維持、魔力効率の向上。

数をこなせる魔力量と、持ち前の生真面目さ、それから多くのものを諦めたからこそ執念で技術の向上に努めてきた。

そして自分の作品には必ずサインを施した。

もちろん商会の名前も入れるが、自身の名前を必ず入れていた。

貴族が名前を出して商品を作るなど、はしたなく浅ましいと言われることは承知していたが、それでもそれがシャーリーが職人として出来る唯一の抵抗だ。

「私は魔法具を作り出すだけの道具ですから、よりよく使ってくれる人の元へと向かうだけです」

「……」

「正当な報酬さえくださるのならば多くは望みません。エリオット様、いかがですか」

情や、関係性など一切無く、こちらはこちらで、自分のためだけに条件だけで動くのだ。

エリオットは、少し目を見開いて、難しい顔をして顎に手を置いて考える。

しかしその日のうちに答えを出して、シャーリーは当日までの準備を済ませる。

そして例年通り、王都の催し物で大量の使い捨ての魔法具の注文がやってきたのを見て静かに実家を出たのだった。

シャーリーが実家を出て、エリオットの実家であるナイトリー公爵家へと身を寄せるとすぐさま焦った両親が追いかけてきて話を取り決めた。

両親との決着は自分でつけようと思っていたが、エリオットが取り仕切り、新しい婚約の話を決めてくれた。

必然的に今までの婚約は破棄する必要があったが、両親は新しい大貴族とのつながりに歓喜して、ヘンレッティ伯爵家への和解金は気前よく支払った。

それもこれも、今後、シャーリーがナイトリー公爵家へと嫁に行ったことによって得られる、ツテや利益という不明瞭なものを算出しての行為だったと思うが、なにかを与えるつもりは一切無い。

いくら騒いでも、その時になったら手遅れだ。たかが伯爵家が公爵家という大貴族相手に張り合えるはずがないのだから。

そういう面でもエリオットはシャーリーのことを守ってくれた。

それもこれも、シャーリーの腕があってこそだろう。これからも精進して恩を返したいと思う。

ただその前に、もう一つ片付けるべき問題が残っているだろう。

それはバーナードのことだ。

彼は血眼になってシャーリーのことを探している。

このままでは気軽に社交に出ることも出来ない。

彼のことだけは自分の手でと言う思いもあってナイトリー公爵邸の応接室へと彼を招いた。

「お前のおかげで大損だ」

彼は、ソファーに着いてすぐにシャーリーを睨みつけてそう言った。

「……」

「なぁ、わかるか? 俺がどれだけ困り果てたか、父も母もお前に相当頭にきてる。お前の協力があるからと受け入れた最大の案件を最悪の形でおじゃんにしたんだ」

ナイトリー公爵家の屋敷に入ったばかりの時は警戒していた様子だったのに、シャーリーと二人だとわかるとバーナードの態度は大きくなった。

そうしていらだった声で、責め立てた。

「損害の代金は今までお前が手伝いをしていた分を優に超えてる! 到底許されないことをしたんだぞ! シャーリー!」

もちろんどの程度の損害になるかは想定して家を出た。

しかしその損害について、彼はシャーリーの実家にもシャーリー自身にも請求できない。

なぜなら正規の契約を結んでおらず、報酬も発生していないからだ。

彼らは勝手に、実力以上の案件を受注し、当たり前の様に達成できずに損害を負っただけだからだ。

それは到底、シャーリーの実家からの婚約破棄の和解金だけではまかなえるものではない。

桁が違うのである。

さらに言えば、シャーリーは自分の作品すべてにサインを施していた。

それらも普通なら契約時に縛られることが多いのだが、契約がなかったからにはルールがなく罰されることも無い。

シャーリーの作品を良いと思ってくれた貴族はシャーリーがどこにいてもその作品を買いに来てくれる。

どの程度か予測はできないが、多少なりとも彼らの客を奪える算段だ。

「お前のせいでどれだけの人が苦しんだか、どれだけの人がこれからも苦しむことになるのか、まったくわからないのか、お前は!」

バーナードは続けざまに怒りをぶつけて、その気迫はやっぱりいつ見ても少し怖い。

シャーリーが表情をゆがめるとここぞとばかりに彼は続ける。

「どうせ、甘い言葉に惑わされて、作るしか能の無いお前は良い話に飛びついたんだろ! こんな馬鹿なことしやがって」

「……」

「ナイトリー公爵家も、公爵家だ! こんな馬鹿な女を跡取りの婚約者だと? そんなの嘘に決まってる! 条件だけでお前をおびき寄せて同業の俺たちを潰そうとしたんだ! そういう打算も見抜けなかったんだろ」

そうしてすべてを決めつけて、シャーリーのことを萎縮させて、次はどうするかもう見えていた。

「利用するだけしてお前は捨てられるだけだ、でも違うだろ、シャーリー俺たちの間には、もっと違うものがあった。そうだろ?」

少し声色が変わる。わかりやすくため息を吐き出して彼は言う。

「俺たちはそんな薄っぺらな関係じゃなくて、もっと家族同士として深くつながりあってた。俺はお前に怒ってもいたが案じてもいたんだ、シャーリー」

「……」

「昔からの付き合いで、お前は俺の未来を助けて俺も、お前のことを大切に思って、ときにはその力を示せる場所を用意してた。そこにあるのは、愛だろ、シャーリー」

「…………」

「だから信頼できる。だから怒るんだ。……今ならまだ許してやる。戻ってこい、俺たちはまだ再起を図れる段階にいるんだ」

そうして彼は最後に、にこりと微笑んだ。

その笑顔に、シャーリーは大きく息を吸った。

そしてそれからふっと短く吐き出して、しっかりと背筋を伸ばした。

「バーナード、私、ドレスを新しくしたんです」

「は?」

「ドレスです」

いいながらシャーリーは自身の胸元に手を置いて、ゆっくりとなで下ろした。

「あ? ……ああ、そうだな。俺が最後に会った時に言ったとおりにして、こうして俺が来るのを待って――」

「ええ、あなたに見せたくて、新しくしました。……私が新しい場所でどう扱われているのか、あなたがどれだけ私のことを搾取していたのか知ってもらうために」

シャーリーは、自身のドレスから視線を上げて、くっと顎を引いて彼を見据えた。

じっと、敵対心を込めて。

「私たちの間には愛があった? 私が困窮してドレス一着も新しくできない状況だとも知らずに、よくそんなことが言えましたね」

「……はぁ?」

「私たちの間にあったのは、ただ搾取する者とされる者という関係だけです。婚約者という搾取するのにちょうど良い条件があって、その中であなたは私を都合良く道具のように酷使していただけ」

強い感情に手が震える、拳を握ってただまっすぐと言葉を紡いだ。

「そんな道具扱いした私に今更情を説かれても見当違いです。私があなたに対して情を持って仕事を手伝ったのは最初の一回だけ、それ以外はすべてただの労働です」

「っ……ち、がうだろ。お前は将来のために、家族のためにだなっ」

「では、あなたは私のために何をしてくれたんですか、二人の将来の為に、家族の私のためにあなたは! なにをしたというのですか?」

「な、なにをってそんなのいろいろっ、そもそも! 俺が爵位を継いでお前がそれにあやかって暮らすんだからお前はそのお礼をっ」

彼の言っていることは一見正しい、しかしそんな理論は成り立たないだろう。

自分で稼げない、または雇ってもらう当てもない状態で彼と関係を結んで生活を保障してもらうしかない状況で、恩返しに労働するならば百歩譲ってその理論は成立する。

しかし、違う。

「私は、自分で自分の生活を立てられるだけの生産力と技術を持っています。そもそもその爵位に頼る必要が無いんです。それは私という人間を身一つで公爵家の跡取りが迎え入れてくれたことが証明している!」

「だから、なんだよっ」

「であれば、自分で自分の生き方を選ぶことができる。あなただけに頼る必要などどこにもないと言っているんです。私のことを道具として酷使するだけで、報酬の一つも与えない様な人、私は選ばない」

「……」

「よりよい条件で使ってくれる人の元へと行くだけです。あなたは家族や将来を盾にして、私から市場で通用する技能を使わせて利益だけを奪い取り一つの恩恵も与えてくれなかった」

「なんっ、なんだよ」

「愛も、情も、あったなら私がなぜドレスを用意できないのか簡単に気が付いたはず。しかしあなたは気が付かない、ただ私を使っていただけだから」

愛も情もない、ただ今いる条件を利用してうまく奪い取って、自分の懐だけを潤わせてにまりと笑っている。

それが彼だ。

誰がそんな相手など選ぶだろうか、好んで愛すだろうか。

もちろんシャーリーの胸の中にだって愛情なんてものは一つも無い。

かすかにあった希望はあの日に、砕けてもう元には戻らない。

「今更、愛などと言われましても、あきれた笑いが出るだけです」

「……っ」

「あなたの理論は破綻しているそれを声高に主張して、丸め込もうとする姿は滑稽ですよ」

「っ、なんだと! さっきから聞いてれば適当なっことを」

「違うのですか? 何が違うのです。反論があるならお付き合いしますよ。ただ事実はどこまで話をしたって変わりません。バーナード」

「っ、……っ~、偉そうなこと、言いやがって」

それからシャーリーはずっと彼のガタガタの理論を隅から隅までつつき回して、諦めて帰るまで言葉を尽くした。

言いたかったことはすべて口から吐き出して、割れて残った些細な破片もすべて処分することが出来た。

もう幻想は見ない。

やっと自分を本来の価値で買ってくれる人のところに来られたのだ。

現実を見て開けた視界で、まっすぐと自分の人生を見据えていこうと思えたのだった。

シャーリーは元々、ヘンレッティ伯爵家の夫人になる予定で教育を受けていた。

必然としてメイン事業の商会についてもそれなりに理解がある。

魔力量も多いので、高位の貴族とも見劣りしない。そして自身の武器を持っている。

ナイトリー公爵夫妻にもすぐに認められ、何不自由ない生活を送っていた。

加えて、ナイトリー公爵夫妻は口にはしないがシャーリーの作品に惚れ込んでついてきてくれた客は多い。

ヘンレッティ伯爵家は大きな案件に失敗しただけにとどまらず、ここ最近は客も減り火の車だそうだ。

しかし、こうして認められたからにはこれからもずっとシャーリーのことを娶って良かったと思ってほしい。

やっぱりそれには、得意分野の魔法具の制作だろう。

今以上に技術を向上させ、新しい魔法具の制作にも挑戦したいと考えて、作業部屋にこもりきりになって居た。

魔石をいじって、あれこれと考えながら新しい魔法具の構想を描いていく。

作業台の上に広げられた散らかった魔石から目的のものを探し出して手に取る。

いろいろなことが頭の中を駆け巡って新しい発想が浮かんでいく、至福の時間だ。

ひとしきり没頭すると、体が固まっていて肩が痛いことに気が付く。

ズズズと椅子を引いて「ふぅ」と息を吐きながら伸びをすると、バチリと上からのぞき込んでくるエリオットと目が合った。

「っ!!!」

叫び声も上げられないぐらい驚いて、椅子の上で小さく飛び上がると、作業台の背もたれがない丸い椅子のせいでそのままぐらりと体が大きく揺れる。

「あっ」

ぱっと肩をつかまれて丁寧に元の位置に戻される。

「ぶない……良かった。ごめん、驚かせたね」

「あいえ! わ、私の方が気が付かなくて……もしかして声かけてくれましたか?」

「うん」

シャーリーがハッとして問い掛けると、彼は少し困ったような笑みを浮かべて首肯する。

どうやら、気張りすぎてまた周りの声が聞こえなくなってしまっていたらしい。

恥ずかしさに、顔が熱くなってくる。

せっかく、彼らに喜んでもらおうと必死になってもこういう失敗をしていては、意味が無い。

きっと作業部屋にきたからには用事があったはずだと思い立ち、赤くなった顔を隠しながらシャーリーは問い掛けた。

「と、ところで、何の用事でしたか? お待たせして申し訳ありませんでした」

「ああ、用事……うんまぁ、用事ね……」

シャーリーの言葉にエリオットは歯切れが悪く答えて少し視線をそらす。

「私にできる事ならなんでも申しつけてください。得手不得手はありますが、それでも頑張ります」

「……うん。そうだね。……そうだな、そのことなんだけどシャーリー」

「はい」

「あのさ、君が頑張ってくれてることはちゃんとわかってる。それも、たくさん時間使っているのは、僕のためだよね」

エリオットは作業台に手をついてぽつりと言った。

好きでやっている部分がゼロかと聞かれたらそうではないが、概ね彼らに貢献するためで間違っていない。

「私を買ってくれたからには、後悔はしてほしくないので」

「…………あのさ、僕、君に言わなくちゃいけないことあるんだよ」

「はい?」

ふと彼の瞳がこちらに向く。

とても優しくて静かな瞳だった。

「君が勘違いしてることわかってたけど、わかってて、僕は君の技術を買ってるってことにした。もちろん打算が無いわけじゃないけど、ただ君の技術が、ほしかったんじゃなくて……僕は……」

すっとしゃがんでエリオットはごまかしもせずに言う。

「君が欲しかった」

至近距離で目が合って、シャーリーはなんとなく肩をすくめて小首をかしげた。

「最初はただのかわいい幼馴染みだと思ってたけど、婚約が決まってからの君はとてもまっすぐで、相手の家系のことを学んで自分でもその技能をすすんで勉強して」

「……」

「僕が、なんとなく跡取りの勉強してる間に資格取って魔法具作って、その作品見たときに、すごく美しいものを作るなって」

「……」

「君の心根みたいにまっすぐで、惚れちゃった。どれも丁寧で、君の情は素敵だなって」

「……??」

「だからチャンスを狙ってたんだけど、ちょうど、君がいい具合に勘違いしてくれたから、なら手に入れてから明かそうかなって」

そっと膝の上の手を取られて、優しくつつまれた。

「で、本題。君がいるだけで僕は今、すごく嬉しいし良かったって思ってるから、無理しない程度にしてね。シャーリー」

「……」

「新作楽しみにしてる」

それだけ言うとエリオットはぱっと手を離して、作業室を出て行く。

残されたシャーリーはぽかんとして、パチパチと何度も瞬きをしても、彼の言った言葉の意味をきちんと咀嚼できなかった。

しかし数十秒経って、やっぱり顔が熱くなって、うつむいて小刻みに震えた。

せっかく夢を捨てられたと言うのに、愛や恋なんて言うものは幻だと、知ったはずだったのに、シャーリーはいまだそのさなかにいるのか。

そして、嬉しくなってしまう自分をいさめようとするのに、どうしても言うことを聞かない。

それを盾にされて利用されるかもと言う気持ちがあるはずなのに、エリオットとならきっと大丈夫かもという予感もがもたげてくる。

どうしても胸の奥があたたかくなるのを止められなかった。