軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第37話「自意識過剰は引っ込めよ!!!」

学校の大広間には、季節外れの冷気が満ちていた。

壁際に並ぶ巨大な燭台は確かに火を灯しているはずなのに、その光は妙に白く、まるで凍った月光を無理やり閉じ込めたような冷たさを帯びている。

磨き上げられた床には豪奢なシャンデリアの輝きが反射していたが、その中心に立つ人間たちの表情は、誰一人として華やかではなかった。

空気そのものが張り詰めている。

今この場で交わされる言葉ひとつで、国の均衡すら崩れかねない——そんな緊張感が、重く沈殿していた。

玉座へ続く赤い絨毯の中央。

そこに、セレフィーナは静かに立っている。

銀糸のような髪はいつも通り美しく整えられている。王族の正装に包まれた姿は、誰よりも気高く、誰よりも凛として見えた。

だが、その横顔だけは、ひどく静かだった。

感情を押し殺している。

そう気づけたのは、きっと俺だけだろう。

「……セレフィーナ・アルシェリア」

低い声が響く。

第一王子、アルヴェイン。

王国の次代を担うと謳われる男は、ゆっくりと前へ歩み出ながら、まるで舞台の幕を上げる役者のように口元を歪めた。

金色の髪、整った顔立ち.......

確かに見た目だけなら、誰もが憧れる“理想の王子”なのだろう。

だが、その瞳の奥には、自分以外の生き物を見下すような、人間特有の濁りがあった。

俺は、それが死ぬほど嫌いだ。

「……随分と好き勝手をしてくれたようだな」

アルヴェインは玉座の前で立ち止まり、静かにセレフィーナを見下ろした。

「婚約関係の解消を申し出たかと思えば、その直後に死神紋章持ちなどという得体の知れない男を側へ置くとは......王族として、あまりにも軽率だ」

ざわり、と周囲の空気が揺れる。

ーーー数ヶ月前

正式な場でこそ発表されていないものの、セレフィーナは確かにアルヴェインとの婚約解消を申し出ていた。

理由は、表向きには“価値観の不一致”。

だが、本当は違う。

もっとずっと静かで、もっとずっと深い理由だった。セレフィーナはもう、とっくに気づいてしまっていたのだ。

隣に立っていても心が通わない相手と、この先の人生を歩くことはできない、と。

そして同時に。

別の誰かの隣にいる時間が、自分でも驚くほど心地よくなっていることにも。

けれどアルヴェインは、それを認めなかった。

いや........認められなかったのだろう。

常に自分が選ぶ側だった男にとって、“選ばれなかった”という事実そのものが、許し難かった。

だから今こうして、この場を作った。

貴族たちを集め、半ば公開処刑のような形で、セレフィーナを再び自分の隣へ引き戻そうとしている。

「セレフィーナ、お前は少し周囲に流されすぎた」

アルヴェインがため息混じりに言う。

まるで聞き分けのない子供を諭すみたいな声音だった。

「死神紋章持ちなどという異端に惑わされ、一時の感情で婚約解消など口にしたのだろうが……その程度のことで、私はお前を責めたりはしない」

その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。

責めない?

何を言っている。

まるで、セレフィーナの意思そのものを最初から存在しないものとして扱っているみたいだった。

「アルヴェイン様……」

隣に立つリリアナが、不安げに王子の袖を掴む。

柔らかな茶髪を揺らしながら、今にも泣きそうな顔を作っていた。最近になって急激に王子へ近づき始めた子爵令嬢。

だが、その瞳の奥には、妙に粘ついた優越感が滲んでいた。

アルヴェインは彼女の肩を軽く抱き寄せながら、しかし視線だけはセレフィーナへ向けたまま続ける。

「私は寛大だ。たとえ道を踏み外したとしても、一度くらいなら許してやれる」

ぞわり、と空気が冷えた。

許す?

誰を?

セレフィーナは、何一つ間違えていない。

それなのに、この男は、自分が上に立っている前提でしか言葉を発していない。

「だから戻ってこい、セレフィーナ」

アルヴェインが手を差し出す。

「お前の居場所は、本来こちら側だ。そんな異端の隣ではなく、未来の王である私の隣こそが、お前に相応しい」

静まり返った大広間の中で、その言葉だけが妙に大きく響く。

周囲の貴族たちは固唾を呑みながらセレフィーナを見つめていた。王子の手を取るのか、それとも拒絶するのか。その答えひとつで、この場の空気が完全に変わることを、全員が理解しているのだ。

セレフィーナは静かに息を吸った。

銀色の睫毛が伏せられ、白い指先がドレスの裾をわずかに握る。

そして、その唇がゆっくり開いた。

「……お断り——」

「お取り込み中のとこ悪いんだが、それは無理な話だな」

俺の声が、彼女の言葉を遮るように大広間へ落ちた。

瞬間、空気が止まる。

セレフィーナが驚いたようにこちらを振り返り、アルヴェインの眉が露骨に歪んだ。

だが、そんな視線は気にならなかった。むしろ、今さら黙って見ている方が性に合わない。

俺は壁際からゆっくり歩き出し、赤い絨毯の中央へ向かって進んでいく。磨き上げられた床へ靴音が響くたび、周囲の視線が集まってくるのがわかったが、不思議と胸の内は静かだった。

いや、違う.......静かなんじゃない。

腹の底が、妙に熱かった。

「……何だ、貴様」

アルヴェインが低く言う。

その声音には、明確な苛立ちが滲んでいた。

自分の話を死神紋章持ちに割って入られたこと自体が気に食わないのだろう。

けれど俺は、そんな王子の視線を真正面から受け止めながら、ゆっくり口元を歪めた。

「さっきから聞いてれば、“戻ってこい”だの“許してやる”だの、随分好き勝手言ってくれてるが......」

赤い絨毯の途中で立ち止まり、俺はアルヴェインを真っ直ぐ見据える。

「お前、勘違いしてねえか?」