作品タイトル不明
第29話「本当に守りたいのは君だ!!!」
雨は、まだ降っていた。
路地裏に溜まった水たまりへ、ぽつ、ぽつ、と雫が落ちる。その音だけが静かに響く空間の中で、男たちは完全に固まっていた。
目の前の光景が、理解できないという顔だった。
無理もない。
ほんの数秒前まで優位に立っていたはずなのに、今は全員、石畳の上に転がされている。
しかも——何をされたのか、誰一人わかっていない。
俺はゆっくり息を吐いた。
右手に残る、淡い黒銀色の光。
死神紋章——いや。
【冥境の門印】
その紋様が、雨の中で静かに脈動していた。
「……ば、化け物……」
一人の男が、震える声を漏らした。
その瞬間........ぴたり、と空気が止まる。
俺は男を見下ろした。ただ、それだけだった。でも男は、喉を引き攣らせるように息を呑んだ。
まるで——“見られた”だけで、本能が死を理解したみたいに。
「セレフィーナを怖がらせた時点で、もう十分だ」
自分でも驚くほど、静かな声だった。
怒鳴っていない、威圧したつもりもない。
それなのに.......
男たちは、顔を青ざめさせながら後ずさる。
「ひ、ぃ……っ」
「お、お前……なんなんだよ……!」
「ただの......“ 運命の相手“(番) だよ」
俺が一歩前に出る。
それだけで、男たちが肩を跳ねさせ、雨が黒い髪を濡らしていく。視界の端で、セレフィーナがこちらを見ていた。
その真紅の瞳が、少し揺れている。
自分でも、わかっていた。今まで、こんな感情になったことはほとんどない。
でも.........胸の奥が、ずっと熱かった。
セレフィーナが傷ついているのを見た時から、あの声を聞いた時から。
「離してください」
あの言葉が、頭から離れない。
俺は男たちを見下ろしたまま、静かに口を開いた。
「次、同じことをしたら」
男たちの顔が、一斉に引き攣る。冥境の門印が、淡く明滅していく。雨音すら遠のいた気がした。
「今度は、二度と立てなくしてやる」
その瞬間だった。男たちが、弾かれたように立ち上がる。
「ひっ……!」
「に、逃げるぞ!!」
「こんなの相手にできるか!!」
三人は転がるように路地を飛び出していった。
雨の中へ消えていく背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
……逃げ足だけは速かったな。
静寂が戻り、残ったのは雨音だけだった。俺はゆっくりセレフィーナの方を向く。
「……大丈夫か」
セレフィーナは答えなかった。
壁際に立ったまま、濡れた銀髪を揺らしながら、ただこちらを見ている。
その表情が、読めない。
怒っているのか、呆れているのか、泣きそうなのか........
わからなかった。
だから俺は、一歩近づいた。
「怪我は」
「……ありません」
少し掠れて入るものの、いつもの静かな声だった。
「そうか......」
会話が、そこで止まる。
さっきまであんなに言い合っていたのに、今は何を言えばいいのかわからなかった。それによって妙な気まずさだけがこの空間を緩く囲んでいる。
セレフィーナが視線を逸らす。
「……助けに、来てくれたんですね」
「探しに来た」
「怒っていたのに.......?」
「怒ってた、さっきまではな」
「じゃあ、どうして」
どうして。その問いに、俺は少し黙った。雨が肩を濡らしていく。でも、不思議と寒くなかった。胸の奥が熱かったからだ。
俺はゆっくり、言葉を探した。
「……わかったんだよ」
「何がですか......?」
「俺、自分で思ってたより——ずっと、セレフィナ、お前のことを特別に思ってたみたいだ」
セレフィーナの瞳が、揺れた。
雨粒が頬を伝う。それが涙なのか雨なのか、もうわからなかった。
「さっき、お前が誰かに囲まれてるのを見た瞬間」
俺は小さく息を吐く。
「頭が、真っ白になった」
「……」
「怖かったんだよ」
「レインが?」
「俺が、なわけないでしょ.......」
俺は少し笑った。自嘲みたいな笑いが出る。
「お前がいなくなるかも、と思った」
セレフィーナが、息を呑む。その反応を見て、俺はようやく理解した。
ああ。
俺、本当に——。
「俺、鈍かったですね」
「……今さらですか」
「ですね」
「女の子泣かせすぎですよ、最低です........」
「反省してます」
セレフィーナが、少しだけ俯いた。
肩が震えていて、泣いているのか、笑っているのかさえわからない。
だから俺は、もう一歩近づいた。
「セレフィーナ」
「……なんですか」
「俺、自分の力のこと、まだちゃんとは理解できてない」
雨の中、冥境の門印が静かに明滅する。
世界の境界に立つ力、世界を変えるかもしれない力。正直、今でも実感なんてない。
でも......
たった一つだけ、わかったことがある。
俺は静かに言った。
「でも、この力を何のために使いたいかは、今よく理解した」
セレフィーナが、ゆっくり顔を上げる。俺は真っ直ぐ彼女を見た。
逃げずに........今度こそ、ちゃんと。
「これからは」
雨音の中で。
胸の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。
セレフィーナの瞳が、大きく見開かれる。時間が止まったみたいだった。
「本当に守りたいのは.......君だ!!! セレフィーナ、君のそばで守らせてくれないか!!!」
雨も、風も、全部、遠い。彼女の唇が、小さく震え。そして........
ニコッと静かに微笑みが溢れる。
「……それ、ずるいじゃないですか」