作品タイトル不明
第28話「俺の連れに手を出さないでもらえる?」
俺は雨の中、路地へ足を踏み入れた。
雨粒が肩を打つ。
男たちが一斉に振り返った。
「あ?」
「なんだお前」
俺は静かに言った。
「そいつは俺の連れなんだ、離れてもらえねえか」
セレフィーナが、はっとしたようにこちらを見る。濡れた銀髪が頬に張りついていた。
泣きそうな顔をしている。
その顔を見た瞬間——胸の奥で、何かがはっきりした。
ああ.......
俺、やっぱり.........
この人が傷ついてる所を見るの、嫌なんだ。
セレフィーナが、息を呑む。
雨の中、銀色の髪が濡れて頬に張りついている。普段は凛としているその顔が、今は少しだけ弱々しく見えた。
それだけで——胸の奥が、妙にざわついた。
「……レイン」
小さな声だった。
でも、その声を聞いた瞬間、さっきまで頭の中を埋め尽くしていた後悔や苛立ちが、すっと静まっていく。
代わりに.......
冷たいものが、腹の底に沈んだ。男の一人が、舌打ちをする。
「なんだよ、お仲間か?」
「だったらなんだって話だよ」
「空気読めよ兄ちゃん。今、こっちは楽しくやって——」
「楽しく?」
俺が聞き返すと、男が少し眉をひそめた。雨音が、路地裏に強く響く。ぽたり、ぽたり、と屋根から落ちる雫が石畳を叩いている。
その中で、俺は静かにセレフィーナを見た。
「怪我、してないか?」
「……してません」
「そうか......」
よかった、と胸の奥で思う。
しかし......
男が、その様子を見て鼻で笑った。
「ははっ、なんだお前。彼氏気取りか?」
「違うだろ、見ろよこいつ。学生じゃねえか」
「女の前だからカッコつけてんだよ」
三人が下卑た笑いを浮かべる。
その瞬間、セレフィーナの肩が小さく震えた。
怖かったのか、それとも、まださっきの喧嘩を引きずっているのか。
どちらにせよ——その顔を見た瞬間、俺の中で何かが切り替わった。
「……一つ、訂正しようか」
「あ?」
俺は男たちをまっすぐ見た。
「俺、別にカッコつけたいわけじゃないんだよ」
静かに言う。
でも、その声に混じった冷たさに、男たちの笑みが少しだけ止まった。
「ただ」
雨が、強くなる。
黒い雲が空を覆い、路地裏の空気が急速に重くなっていく。
「その人を怖がらせた時点で、ちょっとばかし許す気なくなっただけだ」
ぞわり、と空気が揺れた。男たちの顔色が変わる。
「……は?」
「なんだ今の」
俺の右手の甲。そこに刻まれた紋章が、じわりと黒く滲んだ。“死神紋章”
——いや。
【冥境の門印】
黒い光が、雨の中に溶けるように広がっていく。街灯の明かりが、一瞬だけ暗くなった。
男の一人が、息を呑む。
「お、おい……まさか」
「死神紋章持ち……!?」
その言葉が出た瞬間だった。男たちの顔から、血の気が引く。学園での騒ぎは、もう街にも広がっているのだろう。
魔鳥を止めた“死神紋章持ち”。上位魔物を一人で制圧した化け物。最近、王都で一番有名な噂話だ。
男の一人が、震える声で言った。
「う、嘘だろ……」
「なんでこんなとこに——」
「逃げ——」
「逃げる?」
俺が一歩前に出た、その瞬間、男たち全員の足が止まった。まるで、地面に縫い付けられたみたいに。
「——っ!?」
男の一人が顔を歪める。
「な、なんだこれ……動け——」
「そりゃ動かさないようにしてるからな」
俺は静かに言った。黒い光が、石畳を這う。雨水の上を滑るように広がったそれは、まるで影そのものが意思を持ったみたいだった。
空気が重い、呼吸が浅くなる。男たちの顔が、恐怖で引き攣っていく。
セレフィーナが、少しだけ目を見開いていた。
きっと......俺がここまで露骨に怒っているのを、初めて見たんだろう。
「お前ら」
俺は男たちの前で立ち止まった。
「今、こいつに何しようとしてた?」
「ち、違っ……」
「ここは危ないから送っていこうと——」
「嫌がってたよな」
「それは、その……」
男たちの声が震える。さっきまでの余裕は、もうどこにもなかった。
俺は静かに続けた......
「あと」
黒い光が、少しだけ濃くなると同時に、路地裏の温度が一段下がった。
男たちの肩が跳ねる。
「まあ、俺が言えることじゃないかもだけどな、その人、今すごい落ち込んでるから」
「……は?」
「余計なことしないでもらえると助かるな」
次の瞬間だった。
——ゴッ!!
路地裏の壁が、大きく軋んだ。
男たちのすぐ横。
石壁が、黒い圧力だけで抉れたのだ。
雨に濡れた石片が、ばらばらと地面へ落ちる。男たちの顔が完全に青ざめた。
「ひっ……!」
「う、うわぁぁっ!?」
「ば、化け物——!!」
三人が転ぶように逃げ出そうとする。
水たまりを蹴散らしながら、悲鳴みたいな声を上げて路地裏を飛び出していく、はずだった。
こいつらの処遇はあとで決めるとして、今はとりあえずセリフィーナの近くへ行かなければ、そう考えて、黒い光を消す。
すると、路地裏の重苦しい空気がゆっくり元に戻っていった。
雨音だけが残る。
さっきまで騒がしかったのが嘘みたいに、静けさがこの路地裏全体を包み込んだ。
「……レイン」
後ろから、セレフィーナの声が聞こえた。
振り返ると彼女は、呆然とした顔でこちらを見ていた。
雨に濡れた銀髪、震える睫毛、その瞳が、真っ直ぐ俺を映している。
「……大丈夫か」
俺がそう聞くと。
セレフィーナは、しばらく黙ってから——。
ぽろり、と。
一粒だけ涙を零す。雨なのか涙なのか、一瞬わからなかった。しかし......その顔を見た瞬間、胸が締めつけられる。
「……なんで」
彼女の声が、小さく震える。けれど、彼女の表情は先ほどとは全くと言っていいほど違っていて......
「なんで、そういう時だけ……そんなに、かっこいいんですか……」