軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

終章

カナダ大森林の奥にあるエルフ族の住まう里の一つ、ララトイア。

その里の長老が住まう屋敷は、大樹と人工物である屋敷が融合したような建物だ。

大樹の屋敷の正面玄関を潜った中は吹き抜けのホールのようになって、屋敷の中心を巨大な柱が縦に貫いており、ホールの外周に設けられた渡り廊下が各部屋の扉を繋ぎ、それらの階層が三階まである。

一階の左右の階段からその渡り廊下に上がって行ける先の二階部分。その二階にある大きな一室は、奥に厨房が併設された食堂のような部屋があった。

大きな木製テーブルがその室内の中央に置かれ、その一席に腰掛けているのは長老のディランではなく、その妻のグレニスだ。

アリアンの母親でもある彼女は、アリアンと同じくダークエルフ族の特徴である薄紫色の肌と雪のように白く長い髪を三つ編みに結って肩に垂らしている。

その向かいに相対するように座っているのがアリアンで、その両脇に自分とチヨメが並んで腰掛けていた。ポンタはと言えば、今はテーブルの下でグレニスに貰った干した杏子のような果物に夢中になって嬉しそうに大きな綿毛の尻尾を揺らしている。

「今回は突然訪問するような形になってしまい、申し訳ありません」

最初にそう言って切り出したのはチヨメだった。

少し項垂れるようになった黒の猫耳と同じように、頭を下げて謝罪の言葉を口にする。

しかしグレニスは手の平をひらひらとさせながらチヨメに笑い掛けた。

「いいのよ、アーク君の転移魔法で直接この里に入る事になったんだもの」

神聖レブラン帝国のライブニッツァから長距離転移魔法である【 転移門(ゲート) 】を使ってララトイアへ戻る際に、チヨメを同伴した状態でいつものように長老の家の前に転移してしまったのだ。

エルフ族は里内に余所者を入れるのはかなり敏感だという話なので、今回の事は完全に自分の落ち度であり、チヨメが謝罪する必要は全くない。

それならここは素直に頭を下げて謝罪する。

「すまない、グレニス殿。以後、このような事がないように努める」

「そうして貰えると助かるわ。でも今回のお客さんは山野の民だったから、事後承諾でも大丈夫よ。ふふふ、除け者の種族同士、仲良くしましょ? チヨメちゃん」

口元を押さえてグレニスは悪戯っぽく笑うのを、チヨメはなんと返してよいのか少しばかり困ったような顔で返事をしていた。

「ところで父さんはまだ帰って来てないの?」

テーブルに出された白のカップに注がれたお茶を啜りながら、アリアンは周りに視線を巡らせて母親であるグレニスに尋ねた。

「あなた達が帝国へ向けて出発した日にメープルへ出掛けて、それからまだ一度も戻ってないわよ。一応向こうから連絡は来たけど、まずはあなた達の報告を私が聞くわ」

グレニスは向かいに座る娘のアリアンに目を向けて答えた。

アリアンはそれに首肯して、帝国のライブニッツァであった経緯を掻い摘んでグレニスに語って聞かせた。

グレニスはその話を黙って聞いた後、徐に息を吐くと視線を自分の方へと向けてきた。

「状況は理解したわ。連れ去られた五人の行方は、その街から行先が不明なのよね?」

「うむ、魔獣ヒュドラの件もあって今あの街は混乱の最中。一旦時を置いてから再度手掛かりを捜索する必要があると──」

グレニスの質問に肯定をし、今後の目途について口を開くが、彼女はそれを遮るように手を前に翳して首を横に振った。

「それには及ばないわ。今回の救出作戦はここまでとする事が決定しているから、アーク君はここで晴れてお役御免よ」

そう言ってにこやかに笑むグレニスだったが、それに異議を唱えたのは向かいの席に座っていたアリアンだった。

「ちょっと、それどう言う事!? 残りの五人はここで見捨てるって言うの!?」

勢いよく立ち上がったアリアンは、テーブルを叩いてグレニスに詰め寄った。

そんな娘に、グレニスは困ったような顔をして肩を竦める。

「東の帝国に関しては不穏な噂があるそうよ。これ以上何の当ても無く、エルフのあなたがあの国を動き回るのは危険という判断だからね。これはメープルからの指示でもあるから、その辺は聞き分けなさい」

宥めるような、それでいて有無を言わせないグレニスのその言葉に押され、アリアンは項垂れるように再び席に座った。

伏し目がちなその金色の瞳には納得したような色は見えず、テーブルに載せられた拳は固く握られたままになっている。

その横でチヨメが両者の顔色を窺うように、視線を彷徨わせていた。

「あとあなたには新しい任務があるわよ。今回の救出作戦の報酬として、アーク君に提案していた泉までの道案内をする人がいるでしょ? あなたにはその役をお願いするわ」

グレニスは努めて明るい調子で話しながら、アリアンの方へと目を向ける。

アリアンに付いて各地のエルフ族を救出する今回の作戦。自分がこの作戦に傭兵として参加する際、提案された報酬が 龍冠樹(ロードクラウン) と呼ばれる木の傍にあるという泉の在り処を教えて貰うというものだった。

ララトイアの里の長老であるディランが示したその泉は、あらゆる呪いを解くという噂があり、その泉なら自分のこの全身骸骨化した身体の呪いにも効果があるかも知れないと教えてくれたのだ。

隣のアリアンが僅かに身動ぎしたのを感じてそちらに視線を移すと、なんとも複雑そうな顔をした彼女と目が合う。

そんな彼女に何かを言おうとしたが、先に口を開いたのはアリアンの方だった。

「そうね……、アークには今回の件で随分助けられたしね」

大きく肩を下げて息を吐いたアリアンは、少し眉尻を下げて笑う。

「場所を教えて貰えれば、我なら一人でも大丈夫だが?」

彼女とここで別れるのは多少惜しいとは思うが、迷惑を掛けてまでわざわざ泉までの道案内を頼むつもりはない。

そう思って提案してみたが、アリアンはあっさりとその自分の提案を棄却した。

「方向音痴のアークを一人にしたら、何処行くかわからないでしょ?」

若干呆れたような目を向けて、そんな痛烈な一言を見舞ってくる。

そこへグレニスは割って入るように手を打って、満面の笑みを向けてきた。

「決まりね! 龍冠樹(ロードクラウン) の近くには 龍王(ドラゴンロード) もいる可能性があるから、その時はエルフのあなたが居れば交渉する余地もある筈よ。場所が結構特殊で、道中も危険だから心して行ってね?」

そう言えば以前にそんな恐ろしげな者もいると聞いたな……、と横道に逸れていた思考を戻しながら、一番肝心な事を聞く。

「して、その場所とは何処に?」

「場所はララトイアから北、風龍山脈を越えた先にある、氷龍山脈との間の地よ」

と、グレニスが自分の質問にそこまで説明した時、今迄ずっと会話には加わらず静観していたチヨメが勢いよく椅子から立ち上がり、いつもはあまり変わらない表情を驚きの顔に変えて彼女を凝視していた。

「グレニス殿! そこへは、その地へ到る道を御存知なのですか!?」

その勢いに押されてグレニスはやや背を後ろへ反らし、彼女の質問に首肯して応えた。

「え、ええ。風龍山脈は文字通り、風龍が多く住んでいて標高も険しくて越えるのは難しいけど、火龍山脈と風龍山脈が北西の位置で交わる場所に広い地割れがあるのよ。そこにある洞窟から山脈の下を抜けて越える道があるわ」

「そこに! そこにボクも同道させて貰えないでしょうか!?」

チヨメはグレニスと自分を交互に見るように、そして両手を胸の前で握りながら祈るような恰好で聞いてくる。

アリアンも戸惑いながらも、少し不思議そうな顔を彼女に向けていた。

そんなチヨメの様子を怪訝に思いながら、この場で皆が思っているであろう疑問を彼女に問い掛けてみる。

「その地に何かあるのか?」

「はい。ケーセックでアーク殿に頼みたい依頼があると言いましたよね?」

その尋ねに自分は首肯して応えた。たしか、ケーセックの街で彼女が自分にそれを頼む為に探していたと言っていた気がする。

「実は頼みたい事とは、風龍山脈と氷龍山脈に挟まれた地へ到るその道を探索する事でした……。そこにはかつての初代ハンゾウ様の隠れ家があるのですが、それをアーク殿の転移の術で探して貰おうと思っていたのです」

チヨメのその説明を、グレニスは興味深そうな顔をして聞いている。

アリアンはと言えば、此方に視線を投げ掛けてどうするのかと目が問い掛けていた。

どうやらこの三人組で旅はもう暫く続く事になりそうだ──と、そんな事を思いつつも、内心で少し楽しくなりそうだと心が弾むのを感じた。

そんな内心を悟られないよう、一息吐こうと目の前に置かれたカップに入ったお茶に目をやり、自分が兜をしたままだった事にようやく気が付く。

兜をテーブルの脇に置いて、いざお茶を飲もうとしたその時──、アリアンを挟んで並んで座っていたチヨメが驚愕の声を上げて飛び上がった。

「 不死者(アンデッド) !!?」

あ──、そう言えば彼女にはまだこの身体の事を話していなかったな……。

◆◇◆◇◆

ローデン王国王都オーラヴより東南へと伸びる街道の程近く、リンブルト大公国との交易路の要衝の地の一つであるホーバンとの中間地。

そこに今は多くの天幕が立ち並び、三千程の兵達が野営の準備に入っていた。

その中で周囲より一際大きく立派な天幕の中では、この国の第一王子であるセクト・ロンダル・カルロン・ローデン・サディエがここが平野の真ん中とは思えないような立派な椅子に腰掛けて、相対する者の話を気怠げな目で流し見ていた。

背が高く明るい茶色の髪に整った顔立ち、豪奢な軍装に身を包んだセクトが、相対する将兵が報告しに来た街道近くに屯していたホーンテッドウルフ討伐の成果と損害を聞き流し、鷹揚に手を振って下がらせる。

そこへ入れ替わるように一人の男が天幕へと入って来た。

茶色の髪と髭、大柄な身体つきに軍装姿は如何にも軍人といった風情で、あまり多くを語る事のない寡黙な姿も相俟って厳格な雰囲気を持っている。

彼はこの一軍を率いる将軍の一人で、名をセトリオン・ドゥ・オルステリオ。

かつて王軍の三将軍を纏める地位にいた大将軍、マルドイラ・ドゥ・オルステリオの嫡男でもあったが、王都の混乱に乗じて自ら父を手に掛けた男でもあった。

セトリオン将軍は静かにセクト王子に近づき跪くと、視線で周囲の人払いを要求してきた。

対するセクト王子もそれに手慣れた様子で周りに下がるように指示をしてから、大きな天幕内に二人だけになった所を見計らって口を開いた。

「火急か?」

セクト王子の手短な問い掛けに対し、セトリオン将軍は静かに首肯してから周囲に目を配る。

「先程ティオセラ領主からの知らせが届きまして、ユリアーナ殿下の御遺体を回収に出た部隊からはそれらしい方を発見出来なかったと」

その言葉に、相対していたセクト王子が目を剥いて反論した。

「馬鹿な!? カエクスからは遺品も受けて確かに事を成したと報告があったぞ!? あれからまださして日が経っていないとは言え、森に出る魔獣が食い荒らしたのではないのか!?」

彼の言うカエクスとは、セクト王子の立案した第二王女暗殺に加担した七公爵家の一つである、

ブルティオス公爵家の嫡男のカエクス・コライオ・ドゥ・ブルティオスという男の名だった。

カエクスは自らユリアーナの遺品を持ち帰り、事の成功を報告しに来たのだ。

それに偽りがあったのかと、信じられない面持ちで相手のセトリオン将軍を見返す。

「たしかに魔獣に食い荒らされた痕跡などもあったそうですが、護衛隊や賊などの複数名の遺体などは確認できたそうですが、肝心のユリアーナ殿下の乗っていた馬車が消えていたと……」

セトリオン将軍は声を潜めながらも、極めて冷静な態度としっかりとした口調で先程知り得た報告を主に告げて、僅かに目を伏せた。

その態度にセクト王子は苛立ちを覚えながらも、自らの職務を全うしている男から目を逸らして歯噛みする。

「王都へ至急知らせを飛ばしてカエクスに再度事の次第を問い質せ! それとティオセラ領主には折り返して再度周辺の捜索をさせるように言伝ろ! もしユリアーナが万が一生きていたりすれば面倒な事になるぞ……」

その命を受けて、セトリオン将軍は小気味良く返事をすると、静かに天幕から去って行く。

それを見やりながら、セクト王子は自分の置かれている立場に思いを馳せて、苛立たしげに椅子の肘掛けを打ち据えた。

「ホーバンの内乱をなるべく早く治めて王都へと戻らねば……、事の次第によっては今度は私の首が締まる」

そう言葉に零しながら、天幕の先にあるホーバンの街の方角を睨む。

この内乱も自分が金や武器を供給して煽った結果によるものだ。今は混乱している領内も、王軍が出張り、王子である自分が自ら平定する事を示せばすぐに混乱も治まる。

自らに言い聞かせるように言葉を漏らすセクト王子は東の地を睨み据えた。

◆◇◆◇◆

北大陸の東の地の多くを統べる、神聖レブラン帝国。その最も南方に位置する国境近くに置かれた街、ケーセック。

北西に連なるシアナ山脈の頂きを背景に背負い、西側にはレブラン大帝国との国境を分断するかのように深い森が広がっている。

そんな南はローデン王国、西はレブラン大帝国の二つの国との境に位置するこの街は、平面と直線で形成された高い街壁がかなり頑丈な造りで街を取り囲み、それはまるで城塞のような様相を呈していた。

その街の西側には簡易的に築かれた軍の駐屯地が置かれていた。

高さのある丸太杭を並べて外壁としたその駐屯地の一画、宿舎の置かれたある一室に一人の男が腰掛けていた。

室内は簡易的にではあるが、ある程度体裁を保つ為に飾りつけられていた。神聖レブラン帝国の国旗を背後に大きく掲げられたその前に置かれているのは、この駐屯地を統括する者の席であった。

その部屋に一人の男がノックをして、きびきびとした動作で入ってきた。

「お呼びですか、中佐?」

鍛え抜かれた身体と野性味溢れる目を持つその男は、目の前の大きな机に腰掛ける、この駐屯地を預かる司令官に敬礼を済ませて尋ねた。

中佐の階級を戴くその司令官は、目礼を返してから目の前のテーブルに一つの木箱を置いて、それを男の前に押しやった。

「少佐、これが今回の作戦に於ける要ともなる魔道具だ」

少佐と呼ばれた男は、その司令官の答えに居住まいを正した。

「失礼します!」

そう言いながら少佐は木箱を受け取ると、慎重にその箱の蓋を開けて中を覗き込む。しかし、その中身を見た少佐は眉を顰めてそれを取り出して見せた。

それは何とも形容しがたい代物だった。

透明な水晶球は表面が滑らかに磨き上げられて美しい光沢を放ち、それを透して向かいに座る司令官の顔も覗く事ができる程だ。しかしその水晶球の中心には、なんともグロテスクな事に、翠色の虹彩を持つ眼球がまるで宙に浮くような形で閉じ込められていた。

「中にある眼球を進行方向に向けると、その先の 魔素(マナ) の濃さを知る事が出来る魔道具だそうだ。魔法院が開発した代物で、 魔素(マナ) が濃ければ水晶が暗く曇るように出来ているらしい」

その司令官の説明を聞きながら、少佐は手の中にある不気味な水晶球をためつすがめつしてから向き直った。

「ではこれがあれば?」

「うむ、西にある森もこれで比較的安全に越える事が出来る──、と聞いたがな」

そう言いながら司令官は、肩を竦めて見せて席を立って窓際へと歩き、そこから西に広がる森へと目を向ける。

水晶球を手に持った少佐も、司令官のその言葉に少し含み笑いを漏らした。

魔法院が齎したこの不気味な魔法具を、彼同様に司令官である中佐も半信半疑である事が判ったためだ。

そんな彼の笑い声を背に聞きながら、中佐は窓から見える駐屯地の様子を見下ろす。

「だがまぁ、この光景を生み出したのも魔法院の連中だ。我々は上が決定した今回の作戦を成功させる為にここにいる、頼んだぞ」

そう言って中佐は背後に立っていた少佐に視線を戻した。

「ハッ、では行って参ります!」

水晶球を木箱に戻して小脇に抱えた少佐は、再度敬礼をするとそれを持って司令官の居る部屋を後にした。

駐屯地の中央の広場、そこには今や遅しと立ち並ぶ多くの兵達の姿が見える。そしてその背後には、それに付き従うかのように同じく整然と並んだオーガの姿があった。

二メートルを越える身長に大きな金属製の戦斧を背負い、首には鈍色に光る鉄の枷のような物が嵌められている。その魔獣の集団の中には少ない数だが身の丈三メートル程もある牛頭人躰の姿を持つ、ミノタウロスの姿までもあった。

唸り声などを一切上げずに魔獣が兵士の後ろに控えるその不気味な風景の中で、背後に広がる西の森の木々が突然の突風に煽られるように、大きなざわめきの咆哮を上げた。