軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ヒルク教国へ

ノーザン王国の王都へと一度帰還した自分とディラン長老を一番初めに迎えてくれたのはリィル第一王女だった。

彼女は自分達が帰還した事を聞くや、護衛騎士の二人を連れて現れ、デルフレント王国での状況を聞いた際には、その大きな瞳を丸くして驚くも歓喜の声を上げていた。

「こんな短期間にすごいのじゃ! 流石はアーク殿じゃな!」

そう言って何故か誇らしげに胸を張るリィル王女を見て、こうして手放しに誰かに褒められるというのも存外悪いものではないなと改めて思う。

自分はその後にサルマ王国へと向かう事を彼女に告げ、ディラン長老をソウリアに置いて、すぐに【 転移門(ゲート) 】を使ってサルマ王国のブラニエ領境界にあるウィール傍の砦へと転移する。

するとそこは既に自分が転移図画に写した際の風景とは一変していた。

足元に無数に散らばるのは 不死者(アンデッド) らが身に着けていた装備の類だろう、 不死者(アンデッド) が消滅した後、残されたそれらが敵の数の多さを物語っている。

そんな無数の武具が転がる平野部には、何故か見覚えのない岩塊が大地に突き刺さり、ちょっとした岩山までできている場所があった。

激しい戦闘があったのだろう──その光景は戦場跡と呼ぶに相応しい光景だ。

そしてもっとも風景が変容した場所はと言えば、砦の傍を流れていたウィール川が途中で断ち切られ、そこに巨大なすり鉢状の窪地ができていた事だろう。

「これは……流石と言うべきか」

ウィール川は上流からの流れは止まっていないのか、その巨大な窪地に滾々(こんこん)と水を注ぎ続けており、既に窪地の下部にはちょっとした湖となりつつあった。

短時間でこれ程の地形変化を引き起こす事ができる存在など、自分は一人しか知らない。

龍王(ドラゴンロード) フェルフィヴィスロッテ──その巨大な窪地の大きさから見て威力は自分がデルフレント王国で放った【 断罪者(テトラグラマトン) 星源の熾天使(ウリエル) 】の一撃に匹敵するか、それ以上かも知れない。

四大天使の技と同等の力を有すると考えると、フェルフィヴィスロッテの存在の理不尽さはなかなかに饒舌に尽くし難いと言える。

彼女の一撃は敵だけを吹き飛ばした訳ではないようで、よく見れば二つの砦の外壁の一部が崩落したり、街道を繋いでいた筈の石橋は全て土台だけになっていたりと、自分が言うのも何だが、なかなかに酷い有様だ。

そこにはこの現状を創り出した張本人──いや、張本龍が人型の姿でゆっくりと空を飛んでいる姿を見つけたポンタが反応して鳴くと、彼女は此方に視線を向けて舞い降りて来た。

「きゅん! きゅん!」

「おやぁ、アークはん。こっちに顔見せにきはったちゅう事は、向こうも恙なく片付きましたんえ?」

青紫色の長髪を風に靡かせながら、少しばかりゆっくりとした独特の口調で尋ねてくる彼女に、自分は小さく頭を下げてそれに答えた。

「フェルフィヴィスロッテ殿。我らの方も無事に事が一段落した故、一度ここでノーザン王国へと戻り、互いの進捗と今後の動きを相談しようかと思い、代表者を探していおるのだが、ファンガス大長老や、ブラニエ辺境伯、セクト王子らは今どこに?」

自分はここを訪れた用件を簡潔に答え、こちらの代表者達の居場所を彼女に尋ねた。

すると彼女は背後の砦と、少し離れた砦の二つに視線をやる。

「ファンガスと辺境伯とやらはそこの砦で後処理の指示を出してはりますえ。セクト言う小僧なら負傷して、向こうの砦で安静しとりますなぁ」

彼女はそう言って小さく微笑む。

辺りに散らばる装備品の数々を見れば、ここでの戦闘がデルフレント王国の時のような一網打尽にできるような侵攻ではなかった事が窺える。

負傷者もそれなりの数が出ているのだろう。

中でもローデン王国からの援軍の総指揮を執るセクト王子が負傷したのでは、今後の彼らの運用に大きく影響が出るのは避けられない。

「では我は先にセクト殿の下へと向かい、彼を治療してからこちらに顔を出すとしよう」

まずはセクト王子を治癒魔法で治療し、後は重症な者から【 大治癒(オーバーヒール) 】などを用いて治療すれば、部隊の大きな戦力低下は免れるだろう。

流石に全員の治療までは手が回らないので、軽症の者は少し我慢して貰うしかない。

「ほな、うちは二人に先にアークはんの到着を報せといたるわぁ」

彼女はそう言って一方的に決めると、再び空へと浮かんで砦の方へと姿を消した。

龍王(ドラゴンロード) のフェルフィヴィスロッテを伝令の使いっぱしりにするのはどうかと思ったのだが、ここは彼女の善意に素直に甘える事としよう。

セクト王子の怪我は外からでは分かり難かったが、どうやら肋骨の何本かが折れていたようで、

【 大治癒(オーバーヒール) 】を使っての治療を試みて、無事完治したようだった。

彼は自分の治癒魔法の威力に目を丸くして、自らの治った身体を何度も叩いて確かめ、周りの部下からそれを止めに入られるなど、セクト王子のいつもとは違う面を見た気分だ。

その後は彼の 達(たっ) ての頼みとして、部下達の治療を数十人程請け負い、それが終わる頃になるとファンガス大長老とブラニエ辺境伯の二人がこちらの砦に姿を現した。

「アーク殿、フェルフィヴィスロッテ様より言伝を頂いた。どうやらそちらは無事にデルフレント王国の王都の解放に至ったとか、素晴らしい」

そう言って畏まった態度で部屋へと入って来たのはブラニエ辺境伯だ。

「一旦ノーザン王国へ戻って戦況の報告だったか。アリアンらも無事なんだな?」

ファンガス大長老は自身の獲物である巨大な戦槌を肩に担ぎながら、此方に真っ先に孫娘の安否を尋ねてくる。

ここで自分が魔法の一撃で吹き飛ばしそうになったと言えば、どうなるのやら──そんな想像をして軽く身震いするが、そこは自身の身の安全を確保する事に執心する。

「アリアン殿やチヨメ殿らにはあちらの王都リオーネで、街に残った 不死者(アンデッド) の掃討と生き残った者の救助の陣頭指揮を執って貰っておる」

自分のその言葉に、ファンガス大長老はしばらく此方を見てから納得したように頷いて返した。

「ではこちらの対応は部下の者に任せて、俺とウェンドリ殿はアーク殿と一緒にノーザンのソウリアへと一旦戻るとするかな……」

ファンガス大長老がそう言って提案すると、そこにセクト王子が困り顔で口を挟んだ。

「待って下さい、ファンガス殿。ローデンの代表として私も勿論同行させて頂きますよ?」

いつもの調子が戻ったのか、柔和な笑顔を浮かべて意見を差し挟んできたセクト王子に、ファンガス大長老は片眉を上げて彼と視線を交わすと、少しして鼻を鳴らし同意を示した。

「そうだな、問題がないならそれで構わん。ではアーク殿、移動の方は頼むぞ」

「了解した」

怪我は治癒魔法で治したとはいえ、もう少し安静にしていても良かったのではと思いながらも、どうも意見を変えそうににない雰囲気を理解して頷いた。

再びのノーザン王国、王都ソウリア。

王宮の一室に集まる面々の顔色は随分と明るいものとなり、今回の種族連合の発起人となったリィル王女も大きな瞳を輝かせてその席に着いている。

「それではもうこの短期間に、デルフレントの王都を解放したと!?」

そんな驚きの声を上げて前のめりになっているのは、ノーザン王国のアスパルフ国王だ。

「まぁ、何といいますか、思った以上に作戦が上手く嵌まりましてね……」

アスパルフ国王の問いに、少し歯切れの悪い返しをしているのはディラン長老だ。

彼の視線が僅かに此方に向くが、自分は敢えてそちらには目を向けずに、眼前のテーブルに広げられた地図に意識を向けてその視線をやり過ごした。

ディラン長老が苦笑する気配を見せるが、彼はすぐにその視線を卓上へと戻した。

次に口を開いたのはブラニエ辺境伯だ。

ファンガス大長老やディラン長老に向かって深々と頭下げると、神妙な顔で報告を口にする。

「こちらのブラニエ領の領境での防衛線も相手を壊滅させ、ヒルク教国からの侵攻は食い止める事ができた。あのフェルフィヴィスロッテ殿の御力はもはや人智の及ぶ所ではありませんな……」

そう言ってブラニエ辺境伯は自身の少し後退した白髪頭を撫で、感慨深げな様子で溜め息を吐く。

その感情にはおおいに同意できるものがある。

大地に湖を創り出すような強力無比な力を持つ者が、確固たる意志を持ってそこに居るという感覚は、なかなかに言葉で語るには難しい。

この世界では魔獣という人にとっては理不尽な存在が数多く生息しているが、彼女のそれは理不尽のそのさらに外側──それこそ神や悪魔の領域に居るような存在なのだ。

こんな事を語って、傍にアリアンが居れば「その言葉、そっくり返すわよ?」などと言われてしまいそうだが、自分が彼女──フェルフィヴィスロッテと比肩しうる力となる天騎士のあれは、どちらかというと呼び出した|存在(天使)の力を借りたもので、自分の力という意識はあまりない。

その他の技や魔法はここ最近、随分と自分の力としての認識が強まってきたが、あの天騎士の力だけはそういった感覚にはまったくならない。

むしろ今回、 星源の熾天使(ウリエル) を呼び出した際により一層その思いが強くなった。

この感覚は恐らく、自分にしか伝わらない類のものなのかも知れない──。

「──ではこの後のヒルク教国への進軍には問題ないという事で、再び部隊を転移魔法で移動させ、今度はヒルク教国の中枢、聖都フェールビオ・アルサスなる地を攻めます」

思考の海から浮上して来ると、協議でディラン長老が次の目標となる地点を地図で示し、その内容にその場にいた者──特に人族側から驚きの声が上がった。

「少し待ってくれぬか、ディラン殿。我らヒルク教国に攻め上る事については既に覚悟は出来ているが、ヒルク教国内の進路上の街などを攻略せずに、直接聖都を攻めるというのは──」

最初に声を上げたのはアスパルフ国王だ。

彼が指摘した懸念──それは相手国の本拠地に侵攻する場合、そこへ至る進路上の街や拠点を攻略、ないしは調略するなどして侵攻するのが一般的で、それらを無視して進めば普通の軍隊ならば補給路も確保できない上に、敵地で包囲殲滅させられる事にもなりかねない。

だがそれは、普通の軍隊ならばの話だ。

「アスパルフ殿の懸念はもっともですが、我々は人族の方々が運用する軍とは違います。転移魔法での局所短期決戦で聖都のみを攻めます。こちらには補給路は必要がありませんし、敵側が挟撃を狙って各地から兵力を結集しようとも、我々には退路も必要ありません。直接この地へと帰還する事ができるのですからね。我々の狙いはヒルク教国から現教皇を排除する事、ただそれだけです」

ディラン長老がそう語って、地図上の一点、ヒルク教国の首都に置かれた|黒駒(教皇)を指し示す。

その説明を聞いていたアスパルフ国王、ブラニエ辺境伯、セクト王子はそれぞれに難しい顔して押し黙ると、卓上に置かれた黒駒を無言で睨む。

彼らが唸りを上げているのは、何も作戦の実現性などではないのだろう。

エルフ族が強力な戦力を保有し、それらを人族の軍隊では到底真似できない速度での展開、撤退を可能にする驚異的な機動力が、彼らの目には脅威に映っているのかも知れない。

将棋で例えるなら、相手の王駒の周辺に直接自駒を送り込んで王手を掛けるようなものだ。

しかも歩駒ならまだしも、無敵の龍王駒などを配置されれば、人族の国──王駒に勝てる見込みなどない。その恐ろしさを実感しているのだろうか。

最初に卓上から顔を上げて口を開いたのはセクト王子だ。

「短期決戦、大いに結構じゃないですか。今回もフェルフィヴィスロッテ殿や、ウィリアースフィム殿らに御助力頂けるのでしょう?」

いつもの様な含む笑みを浮かべたセクト王子のその問いに、ディラン長老は大きく頷いて返した。

「それならば問題ないでしょう? 遠征期間は短い方が私達も、兵らにとっても幸いですしね」

彼のその言葉にアスパルフ国王は同意するように首肯するが、ブラニエ辺境伯は地図のある一点──サルマ王国の王都ラリサに目を向けて室内にいる面々に向かって一つの提案を願い出た。

「その聖都を攻める策には異論はないが、儂としてはこの王都ラリサの解放に少しばかり手を貸して頂けないものかと。アーク殿らの話では未だ街を占拠する 不死者(アンデッド) がいると聞く。儂としては今後の事も鑑み、なるべく生存者を保護しておきたい」

彼の申し出は、サルマ王国の人間としてはごく当たり前のものだ。

デルフレント王国の王都は既に解放済みだが、サルマ王国の王都はブラニエ領境での戦いが原因で王都への道であったウィール川を渡る石橋が使えなくなった為、普通の方法で進軍するにはかなりの時間を要する。

だが王都ラリサへの転移座標となる場所は既に確保しているので、行こうと思えば今からでもすぐに行って街を解放するだけの戦力を送り込む事は可能だ。

今後の事を考慮するなら、サルマ王国の王都も解放しておいた方がいいだろう。

ディラン長老は彼のその提案に少しばかり黙考した後、小さく頷いて顔を上げた。

「街中の 不死者(アンデッド) 捜索はなかなかに骨の折れる仕事です。今デルフレントの王都でそれらの対処にあたっているエルフ族、 刃心(ジンシン) 一族の半数をラリサへと向かわせましょう。二日もあればおおよその排除は成り、あと一日は兵や戦士らの休息にあてます」

デルフレント側から多くのエルフ族の戦士や獣人族の 刃心(ジンシン) 一族をサルマ側へと移すのは、彼らが入り組んだ街中でも 不死者(アンデッド) の位置を的確に補足できる能力を有しているからだ。

普通の人族の兵士らのように、全て目視で敵を探す事になれば広い街中、それも王都ともなれば月単位の時間を要する事になる。

ディラン長老は自身の提案を述べると、皆の意見を尋ねるように周囲に視線を巡らせた。

「では王都ラリサの陣頭指揮はブラニエ辺境伯に一任し、今駐屯している領境の砦から領軍も移動させましょう。同国の者が代表をしている方が何かと都合がいいでしょう」

ディラン長老はそう言ってまとめると、再び周囲に視線を向けて特に異論なしと見ると、その提案は即日実施される事となった。

それぞれが準備の為に皆、慌ただしく議場を去って行く背中をぼんやりと見送る。

いよいよ三日後はヒルク教国との決戦かと、ふと議場の窓から覗く青空を仰ぎ見て目を細めた。

そこに広がる空の青さはいつもと変わらず、これから起こるだろう大規模な戦いの予兆も、ここから遠く離れた地の二つの国の王都の惨状も何も映してはいない。

そこにあるのはいつもの、どこにでもある空の色だった。