作品タイトル不明
会合1
アスパルフ国王がブラニエ辺境伯の使者から受け取った書状に返事を書き、それを受け取った使者達はその日の内にブラニエ領へと戻る為に王都を発った。
彼らがブラニエ領へと辿り着き、書状を受け取った辺境伯がすぐにこちらに向けて出発したとして、距離を考えれば最低五日後以降になるだろうと予想されていた。
しかしその予想は大きく覆され、僅か三日後にブラニエ辺境伯を伴った使者の一団が王都へと現れたとの報告が、雑務を片付けていたアスパルフ国王の下に齎された。
「距離的な日数を勘案すれば、この日数で辺境伯が王都に見える筈はありません。騙りでしょうか?」
ちょうど城下でのアーク一行の行動などを報告に見えていたザハルが、その一報を不審に思って口を開いたが、アスパルフ国王の方はそうは考えなかったようだ。
「いや、ここまであからさまに怪しい程早い日数での訪問、それが何より本物である事の証左だろう。恐らくだが、使者の返事を待たずに既にこちらへと向かっていたのだろう」
半ば確信めいた国王のその言葉に、ザハルは成程と内心で合点したように頷いた。
確かに、工作などで偽の使者を送るなどするならば、もっとそれらしい時期に使者が訪れなければ相手に不審に思われて、その計略は無駄になる。
使者が寄越した辺境伯からの書状には、切羽詰まったような雰囲気を漂わせていた。
それが返事も待てない、しかも長年の敵対関係にあった国への申し入れとなると──それらの事実だけでも今回の辺境伯訪問は異常事態だった。
「国王様、今回のブラニエ辺境伯との会談、非常に嫌な予感がするのですが……」
顔を曇らせて語るザハルを横目にしつつ、アスパルフ国王もそれに同意を示す。
「……私もだ。すぐに会見の場を開く。非公式の場だ、すぐにブラニエ辺境伯も通せ!」
そのアスパルフ国王の命に、部屋の隅に控えていた一人の衛兵が駆け足で退室する。
そして国王の指示から数十分と経たない内に、王城のそれ程大きくない一室で長年敵対してきた両者が相見える事になった。
部屋の中央に置かれた小さなテーブルに対面する形で座る両者は、互いに初めて見る相手の顔を静かに見つめる。
まだ壮年に差し掛かった頃の、辺境伯から見れば若い年頃の隣国の国王──しかし威厳に満ちた雰囲気と相手を見据える眼力には支配者としての矜持が見える。
対して既に老年にも入ろうかという年でありながら、鋭い眼光と鍛え抜かれた大柄の体躯を持つ隣国の辺境伯は、如何にも歴戦の武人を思わせる迫力に満ち満ちていた。
両者は互いを見据えながらも、その口元に微かな笑みを浮かべた。
──自国の私腹を肥やす事に余念がない諸貴族を思えば、目の前に堂々たる姿で座る辺境伯はなんとも佇まいが潔く、その大器の片鱗を覗かせる事か。
──政を疎かにして派閥争いに耽る諸貴族を戒める処か、自らその中心となって享楽に耽り、緩みきった現王に比べて、厳しい雰囲気を持つ王の何と眩しい事かと。
「ノーザン王国、アスパルフ・ノーザン・ソウリアである」
「サルマ王国辺境伯、ウェンドリ・ドゥ・ブラニエと申す」
二人が互いに名乗りを上げると、両者が互いに固い握手を交わす。
今居る会談の場には、両者以外にはアスパルフ国王の護衛という名目でザハルだけが後ろに控えており、驚いた事にブラニエ辺境伯には護衛すら付けずにこの場に臨んでいた。
「このような非公式の、しかも前例のない会談の申し込み。余計な挨拶はいらぬだろう、目的は?」
国王のその単刀直入の問い掛けに、辺境伯は一礼してから口を開いた。
「では、ありがたく。この王都ソウリアを襲った化け物の数、それを一先ずお教え願えますか?」
その辺境伯の返答に、国王の視線が鋭くなる。
しかし相手がある程度の情報を掴んでいるだろう事に思い到り、その問いに答えを返した。
「おおよそだが、十万ほどだ」
端的に、かつ簡潔に、国王が齎した答えに辺境伯は思わず膝を打って、髭の下の口角を上げた。
「それは朗報だ。だが、失礼を承知で申し上げるが、この王都の守護は随分と痛手を負っているように思われる。十万からなる化け物の集団を、あの被害だけで防げたというのは奇跡と言えるが、もし同数の化け物がここに攻め寄せた場合、防ぐ事は叶いましょうか?」
辺境伯の顔から笑みが消え、低く張り詰めたような声で吐き出される彼の言葉に、国王は黙って耳を傾けて聞いていたが、その脳裏では彼の言葉の意味を正しく理解しており、首筋の冷や汗を隠すのが背一杯であった。
「……其方にも現れたのか。あの 不死者(アンデッド) の大群が。数は?」
「恐らく、二十万ほど」
重苦しい部屋の空気の中、それを掻き分けるかのようにして問われた国王の言葉──そしてそれに答えた辺境伯が口にした数字は、その場の時を止めたかのような静寂を齎した。
ゴクリと誰かの喉が鳴るのを、その場の三者が耳にする。
それを合図にするかのように、先に口を開いたのは辺境伯だった。
「現在その化け物の大群は、サルマ王国の王都ラリサを襲撃している真っ最中だ。今から救援に向かっても為す術はない……。こちらは我が領地をひっくり返しても二万の兵数に届かない、それだけの数で王都の救援など無謀のする事。ならばここで我々が協力してこれを迎え討ち、勝利する事でしか我が領にも貴国にも未来はない……そうではありませんか?」
辺境伯の鋭い眼光が、国王に答えを求めるように向けられる。
ここで目の前の辺境伯の提案を拒否し、彼の領地が二十万のあの 不死者(アンデッド) の軍勢に飲み込まれたとして、その二十万の敵はそこで引き返すのか……その答えは考えなくても分かる。
一度攻めて落とせなかった王都ソウリアは必ず狙われる、そう確信できた。できてしまった。
「確かに、ここで過去の因縁を兎角言っている場合ではないだろうな」
国王は重々しくも一度大きな溜め息を吐いて、そう返事をする。
すると、対面に座る辺境伯は相好を崩して息を吐き出した。
「おぉ、これは心強い! それでは早速なのだが、貴国が十万の敵を退けたという戦術、それを我らにも伝授願えないだろうか? 事は一刻を争う、準備などがいるなら早々に始めねばならない。壁外の様子からすると、火炎系の罠や魔法を使ったと思われるが──」
そこまで言って辺境伯は、相手の国王の顔色が優れない事に気付いて言葉が途切れた。
辺境伯はその国王の態度から、既に十万の敵に秘策を使い切ってしまい、それがすぐに用意できるような代物ではないのではないか──そんな嫌な予想が脳裏を過った。
しかし国王が齎した答えは、辺境伯が予想だにしない答えだった。
「今回の我が王都を襲った大襲撃、我ら人族の力ではどうする事もできなかったのだ。今回の大襲撃からこの王都の窮地を救ったのは二人のエルフ族と、一人の獣人族なのだ」
国王のその答えに、辺境伯は真顔のまま首を傾げた。
ノーザン王国がエルフ族や獣人族と深い交流があるなど聞いた事が無く、辺境伯が首を傾げるのは無理ならざる事だった。
そもそも獣人族は隣国のヒルク教国が教義を盾に、周辺国の獣人族などを狩り集めるなどしてその数は僅かになっていたし、エルフ族は大部分がローデン王国の東に広がるカナダ大森林の奥地に居を移していて、普段は見かける機会さえない。
可能性があるとすれば──、
「それは、ルアンの?」
辺境伯の端的な質問に、国王は軽く首を振って二人のエルフ族はカナダの出である事を告げた。
それよりも何よりも辺境伯の頭を混乱させたのは、種族などではなく、今回の王都ソウリアの窮地を救ったというのが、たった三人の手によって齎されたという話の方だった。
この話には流石の辺境伯も動揺を隠せず、むしろ揶揄われているのかと思った程だ。
「待て、待ってくれ。この王都を襲った十万の敵を、退けたのがそのエルフ族と獣人族の三人だけだというのか? 私を 謀(たばか) っておられる……という訳ではない、のだな?」
辺境伯の尋ねるような視線を受けても、相対する国王の顔には揶揄う色どころか、これからの危機的状況にどうやって対処するか──そんな苦慮ばかりが垣間見えた。
ややあって国王は諦めたような深い溜め息を一つ吐くと、背後に控えていたザハルに声を掛けた。
「ザハル、すまぬが、アーク殿らをこの場にご足労願えるか、聞いてきてくれぬか?」
国王のその願いにザハルはすぐに一礼すると、その部屋を足早に退室していく。
そんな彼の背中を見送っていた辺境伯に、不意に国王が質問を投げ掛けてきた。
「ところで、ウェンドリ殿は敵の正体を把握しておるか?」
その問いは辺境伯も気にしていた事であったが、差し迫った二十万もの 不死者(アンデッド) の脅威の対処が最優先となっていた為に 止(とど) め置かれた問題でもあった。
しかしその圧倒的なまでの数、二十万の 不死者(アンデッド) という事が問題だった。
本来ならば、自然発生的に生み出される数では決してないのだ。
そこで彼が最初に思い到った存在が“冥王”だったが、その事を目の前の国王に告げてみるが、彼は小さく首を振ってそれを否定して見せた。
「確かに我が国の宰相も最初にその存在を思い浮かべた。しかし、あの伝説が本当だったとして、冥王は帝国によって討ち滅ぼされた事になっている。もしかすれば当時、冥王を討ち滅ぼす事ができずに封印されていたものを解き放ち、それを利用しているのかも知れぬ……」
国王はそこで言葉を区切ると、首を項垂れて大きく溜め息を吐いた。
「だが、今回の敵は存在自体が不確かな伝説ではない。無数の 不死者(アンデッド) を生み出し、それれを差し向けている明確な存在がいる。其方の領にも根を下ろしている存在、ヒルク教国だ」
その国王の告げた今回の敵の正体に、ブラニエ辺境伯は瞠目して声を詰まらせた。
目の前の国王の発する雰囲気からは微塵も冗談を語ったという様子は一切窺えない。
「……後ろにいるのがヒルク教国だとして、その確信を得た理由を尋ねても?」
まるで予想もしていなかった敵の正体に、それでもそれが本当かどうかという確証を得ようと、辺境伯は目の前の国王から視線を逸らさずに問い掛けた。
そこで国王は、つい先日この王都で起こった出来事──来訪していたヒルク教国のパルルモ枢機卿がエルフ族を始めとした者達に正体を暴かれ、その場で化け物となり果てた際の話を語って聞かせると、辺境伯はただ目を見開いて喉を鳴らすのみだった。
「……では、儂らは奴らの言に従って、奴らを見定められる目と鼻を自ら摘み取っていたと?」
その辺境伯の問いに国王は肯定するように頷く。
「人の中に紛れ込んだ 不死者(アンデッド) 、それを見つける力を持つのは、現状はエルフ族と獣人族の二種族のみ。しかし既にこの地にはエルフ族も獣人族の姿も滅多に見かけない程に少ない」
呻くように言葉を漏らす辺境伯だったが、そこに入室の許可を求める声が入ってきた。