軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

隠れ潜む異形

翌日、まだ夜が明けきらない早朝。

また少し数を増やした騎馬隊を先頭に、街道沿いを朝露で湿った草葉を蹴散らしながら一行はさらに北へと向かっていく。

騎馬隊の数は既に百五十騎ほどだ。

それだけの数が揃えば、馬蹄が踏み鳴らす地鳴りも大きくなる。

街道には擦れ違う旅人も行商人の影すらおらず、ただ馬が響かせる音以外はいたって静かな世界がそこには広がっていた。

それを妙に感じたのか、アリアンが後ろから身を乗り出し、灰色の外套の奥から尖った耳を外へと露出させると何やら集中するように瞳を閉じた。

「何か聞こえるのか、アリアン殿?」

「しっ!」

そんな彼女の様子を不思議に思って肩越しに尋ねると、アリアンは人差し指で此方の口を閉じるようにする仕草で注意を促がしてきた。

街道の周囲は見晴らしのいい雑木林になっており、特筆すべきものは何も見つからない。

「……何かいる!」

しかし、一瞬の間を置いてアリアンが目を見開いて口を開いた瞬間、先頭の騎馬隊近くの落ち葉の下や灌木の茂みの中から、得体の知れない物が飛び出してきていた。

「うあぁああぁあぁあ!!」

「な、何だコイツらは!!!」

騎馬隊の何騎かが悲鳴を上げて、その飛び出してきた存在に襲い掛かられて転倒すると、その後続を走っていた騎馬も次々と転倒していく。

それを待っていたかのように、さらに雑木林の死角となる影からそれらが姿を現した。

形態で言えば人の形をしていると言えるが、その異様な形状は決して“人”とは呼べない得体の知れない何かだ。

全身がくすんだ灰色の肌、奇形なのか関節の数が多い手が三本であったり、一本であったり、個体によって様々だ。

そして特筆すべき形状は首から上の造形だろう。

まるで首から臓物が飛び出したような、それでいて意思を以て脈動するそれは何と言い表せばよいのか、長く伸びたそれはミミズのようにも見えるが、首のように太い動く腸のようにも見える。

そしてその先はまるでイソギンチャクのような艶めかしい口が開いており、転倒して馬の下敷きになった兵士や、骨を折って動けなくなった馬に圧し掛かるようにして、食らい付き始めた。

「ぎゃぁぁああぁああああぁああぁぁぁ!!!」

兵士の断末魔と共に、右半身を齧り取られた兵士の躯が雑木林の中に転がる。

転倒を避けて街道からはみ出して雑木林に足を踏み入れた騎馬隊の一部は、突如藪の中から現れたその 蚯蚓(ミミズ) 人間に馬の横腹を食い破られて林の中に放り出された。

「くそっ! なんだアレは!?」

護衛騎士のザハルはその光景に思わず顔を顰めて、吐き捨てるように声を荒げた。

先頭の騎馬隊が襲い掛かられた事によって、後方を走っていたリィル王女らの近衛隊は難を逃れたようだが、彼らは一様に目の前で起こっている光景に馬の脚を止めて絶句していた。

騎馬隊を率いていた隊長らしき男が必死に体制を立て直そうとして声を張っているが、辺りに次々と現れる 蚯蚓(ミミズ) 人間に対処するだけで精一杯になっている。

「アリアン殿、あれが何か知っておるか?」

自分はその光景に背後のアリアンに問い掛けたが、彼女は静かに首を横に振った。

「見た事もないわ……でも、あれは 不死者(アンデッド) よ」

「嫌な死臭がこちらにまで漂ってきますね……」

アリアンが形のいい眉を顰め、まるでゾンビのように湧いて現れたそれを不快げに睨む。

その彼女に同調するようにチヨメも自らの鼻を摘まんで顔を顰めている。

どうやらまた新たな 不死者(アンデッド) が現れたらしい。

これらの 不死者(アンデッド) もあの蜘蛛人と同じ出処だとすると、王都に向かおうとする者を排除する為に配置されていたのかも知れない。

そんな事を考えている内に事態はどんどんと進行していく。

「皆、友軍を助けるぞ!! 化け物の射程は長い、槍を構えよ!!」

そんな混乱の中でザハルが声を上げて、背後の近衛兵らに指示を飛ばすと、それぞれ持っていた荷物の中から二本の棒を取り出して繋げて、先に刃物を取り付け始めた。

どうやら組み立て式の槍のようだ。

ものの一分も掛からず槍を組み立て終えた近衞隊に、ザハルは突撃の合図を送る。

それを機に近衞隊が気合いの声とともに槍を前に押し出して突っ込んでいく。

自分も何かしようと紫電の手綱を取ったが、ザハルはそれを見て此方に向かって「リィル王女様を頼む、アーク殿!」と、それだけを言うと自らも槍を構えて目の前の阿鼻叫喚の地獄絵図の中へと駆けこんで行った。

ニーナの馬に同乗しているリィル王女の様子を見ようと紫電を進ませると、彼女は目の前で起こっている光景に青褪めた顔をして震えていた。

それは仕方のない事だ。

目の前で起こっているのは完全にリアルなホラーだ。

蚯蚓(ミミズ) 人間の先端がにちゃりと口を広げ、人の肉に食らい付く様を目の当たりにすると、背筋がぶるりと冷えるような気分がしてくる。

「アリアン殿、チヨメ殿」

そんなリィル王女を見て自分は二人の名を呼ぶと、彼女達は何を言うでもなく紫電から飛び降りて自らの武器を抜き放った。

「王都周辺の敵はアークが担当してよね」

そう言ってアリアンは軽口を叩くと、獅子の意匠が施された細身の剣を構える。

『──業炎よ、全てを飲み込み、全てを焼き屠れ──』

静かに響く、そして歌うようにも聞こえる彼女の言の葉に、火の精霊が力を貸して彼女の銀色に輝く剣身からまるで炎が噴き上がるように燃え上がった。

それと同時にアリアンが一足飛びに加速する。

灰色の外套のフードが後ろへと外れ、まるで糸を引くように彼女の髪が一筋の軌跡となって一番手前にいた 蚯蚓(ミミズ) 人間に襲い掛かった。

剣身に纏わりついた炎がまるで意思を持ったかのようにのたうち、走る剣閃を追い掛けるように炎の蛇が 蚯蚓(ミミズ) 人間の身体を容赦なく飲み込んでいく。

『水遁、水手裏剣!!』

チヨメが印を結び発動させた術は、彼女の周囲に幾つもの水塊を出現させ、それを回転する手裏剣の形へと変質させて打ち出す術だった。

空を切り裂く鈍い音を響かせて、チヨメはアリアンの剣の間合いの外にいる 蚯蚓(ミミズ) 人間に向かって次々とそれを射出していく。

それはまるで高密度の水圧レーザーの如く標的を貫通し、さらに奥の敵へと突き刺さる。

「きゅん!」

そんな彼女らの奮戦に興奮したのか、やる気を漲らせて大きな綿毛の尻尾を大きく膨らませたポンタが自らの周囲に風を生み出し、それを被膜で受けて浮き上がろうとした──。

「今回は危ないから駄目だ」

そう言って自分はポンタの首根っこを掴まえて大人しくするように注意する。

今回の相手は首から上の蚯蚓部分が意外に素早い動きをするので、空中に浮かんだポンタなどあっという間に丸呑みにされてしまう。

「きゅ~ん……」

後ろ足をぶらぶらとさせながら此方を恨めしそうに見上げてくるポンタを無視して、傍に寄って来た蚯蚓人間を無造作に発動させた【 審判の剣(ジャッジメント) 】で貫く。

蚯蚓人間の足元に展開した魔法陣から 聳立(しょうりつ) した光の剣は、動きの鈍い胴体部をあっさりと貫いて蚯蚓人間の活動を止めた。

蚯蚓人間もまた蜘蛛人と同様に、活動を停止した肉体は腐臭を発しながらその場で形が崩れるようにして溶けていく。

首から上のイソギンチャクミミズは動きが素早いが、胴体の方は然程でもないようだ。

間合いの外から攻撃出来ればそれ程の脅威ではない。

現に近衛兵らは間合いの外から槍で胴体を刺し貫き、地面に縫い付けられたそれらを他の兵士らが剣で止めを刺すという連携で、先程までの劣勢を覆していた。

勿論、彼らが体制を立て直せたのはアリアンとチヨメの強力な援護があってだが。

そんな戦闘の様子を紫電に乗って観察していると、背後から忍び寄っていた 蚯蚓(ミミズ) 人間が紫電に噛り付いた──しかし、頑強な鱗の鎧に守られた 疾駆騎竜(ドリフトプス) には歯が立たなかったのか、吸盤で吸い付いたヒルのように身体をジタバタとさせるだけだ。

それを紫電は鬱陶しそうに自らの尻尾を振って、張り付いていた蚯蚓人間を弾き飛ばした。

まるで巨人の鞭のようにしなる尻尾が、蚯蚓人間を容赦なく叩き潰した。

「うっ、強烈だな……」

辺りに盛大に飛び散る肉片と、原形を止めない程に形を変えた肉塊がその場に転がる。

そんな紫電を隣で見ていたニーナとリィル王女が目を丸くして見ていた。

疾駆騎竜(ドリフトプス) は完全に生体装甲車のような存在だな。

虎人族の戦士達を恐れて長大な壁を築いていたタジエントの人族らの気持ちが分かろうものだ。

そんな感慨に耽りながらも、しばらく後には辺り一帯から這い出してきていた蚯蚓人間の掃討が終わったようだった。

「数ばっかりで気持ちの悪い見た目以外は特筆すべきものはないわね……」

アリアンは剣身に纏わりついていた炎蛇を振り払うと、周囲を見回して肩を竦めた。

「体表が人のそれと同じで、柔らかかったですね。これならタジエントで相手をした 不死者(アンデッド) 兵士の方が鎧を着ていた分だけ面倒でした」

そう言ってチヨメもアリアンの言に同意を示しながら、ずれた帽子を被り直す。

そんな彼女らの姿を騎馬隊の面々らは驚愕の目で見ていた。

「さて、我は怪我人の治療にでもあたるとするか」

リィル王女の周囲の危険が無くなったと確認してから、自分は先程の襲撃で怪我を負った兵士らの治療に乗り出した。

売れる恩は売っておくべきだ。

そんな打算に彩られた治療行為でも、重症の傷がみるみるうちに回復していく様子を見せられれば皆驚きと感謝の念を向けてきてくれる。

一応今回の遠征の野営時に兜を脱いで、 龍冠樹(ロードクラウン) の霊泉を飲んだ状態であるダークエルフの顔を表に晒しているので、此方がエルフ種族である事は認識されている筈だ。

異種族に助けられた命と、ヒルク教国の教義──彼らはどちらを選ぶだろうか?

──ふふふ、我ながらなかなかの策士だな。

自画自賛しながらも視線を周囲の雑木林に向けると、そこには先程まで兵士として王都を目指していた者達の亡骸が転がっていた。

彼らは自分の持つ治癒魔法では対処出来なかった者達だ。

腕を喰われたような兵士ならば、腕の再生は無理でも治癒魔法の効力で出血を止めて、喰い千切られた断面を皮膚で覆うように再生させる事は出来る。

腕は失うが、死ぬよりかはマシだろう。

しかし、中には治療不可能な者達もいる。

蚯蚓(ミミズ) 人間に身体の半分を食われた者や、頭を食われた者など、肉体の欠損部分が大きい場合は自分の持つ蘇生魔法で以てしても復活させるのは不可能。

そして流石にこんな人前で蘇生魔法を披露するのは避けた方がいいというのは自明だ……。

今回の襲撃で死者は十名弱、負傷者は十数名といったところか。

「すまぬのじゃ、アーク殿。……もしや、あの得体の知れない化け物共も王都を襲った 不死者(アンデッド) の仲間なのじゃろうか?」

ようやく落ち着きを取り戻したのか、兵士らの治療から戻った自分に対してリィル王女から労いの言葉を掛けられた。

しかし、後の口から呟くように漏れた言葉は自問のようだ。

そして彼女が口にした懸念はどうやら当たりだろう。

「アーク殿、これを」

少し離れた藪の中から出て来たチヨメが、その手に持っていた物を此方に示す。

それは血の付いた背負子だ。

背負子にはぎっしりと薪となるような枝木が括りつけられていたが、背負う為の肩紐が半ばで喰い千切られていた。

恐らくこの雑木林に枝木を取りに来た者の荷物だろう。

「王都へと近づく者はここで伏せていた連中に 悉(こどごと) く喰われていたようだな……」

チヨメが見つけてきたような物が、他の兵士らの探索によっても見つかった。

「……早う、急ぐのじゃ!」

それを見たリィル王女は、さっと顔色を変えて背後で手綱を握るニーナを振り返った。

彼女はそれに黙って頷くと、傍らのザハルへと視線を向ける。

ザハルはそれに応じるように頷き返して、散らばっていた者達へと指示を下した。

「負傷して戦えない者はここまでだ! 騎馬隊から五、六名を選出して彼らを今朝の街にまで送り届けろ! 他の者は装備を整え次第、出発する!」

「ハッ!!」

皆それぞれ与えられた役目を全うしようと動き始め、負傷者とその付き添いの者らを置いて、一行はさらに王都へと、急ぎ駆け始めた。

先行する騎馬隊からは余裕の笑みが消え、周囲の流れる風景にも注意を向けている。

馬蹄が辺りに響き、先を急ぐ騎馬隊には無言の緊張感が漂っていた。

やがて雑木林を抜けて、街道は緩やかな上りとなると騎馬隊の速度が下がった。

見通しの利かない坂の頂上付近を警戒しての事だろうか、やがて先頭の騎馬隊が頂上付近に差し掛かると、その騎馬の脚が急激に速度を落とした。

それに倣うように後続の騎馬達も頂上付近まで来て、その速度を大幅に緩める。

兵士らの反応に、リィル王女がはっと何かに気付いたように顔を上げた。

「ニーナ! わらわ達も急ぐのじゃ! あの坂の上からなら王都が見える筈じゃ!」

兵士らの顔に浮かぶ表情、それに胸騒ぎを覚えたリィル王女が自らの護衛騎士であるニーナを振り返って先を急かした。

その彼女の言葉に従って、ザハルを先頭に近衞隊が頂上で足を止めた騎馬隊を押しのけて坂を越えると、その誰もが同じように息を飲んで前方に広がる景色に目を釘付けにされていた。

「紫電」

そんな彼らの様子に誘われて、リィル王女を追い掛けるように紫電を坂の上へと導く。

「……なんと」

そうして彼らと同じ風景を目の当たりにして、自分から漏れた声はそんな言葉だった。