作品タイトル不明
アークの深謀2
しかしそこに間髪入れずに反論したのは、凛々しい顔つきを怒りの表情に変えたニーナだ。
「馬鹿な! 今、王都を包囲しているのは十万からなる 不死者(アンデッド) の軍団だぞ!? そんな所にリィル姫様を連れて戻るなど、承服しかねる!!」
怒りに震えた声での抗議だったが、その彼女が発した内容に周囲の人々に動揺が走った。
それは自分やアリアン、チヨメなども同様で、敵の数のあまりの多さに唸り声が上がる。
「ふむ、王都を攻める 不死者(アンデッド) がまさかそんな膨大な数だったとは……」
王都を 不死者(アンデッド) の軍団に攻められていた事は知っていたが、まさかそれ程の数の 不死者(アンデッド) が王都に押し寄せていたというのは全くの想定外だった。
ディモ伯爵や周囲の使用人達もそこまで具体的な数を聞いていなかったのか、大いに動揺した表情で挙動が不審になっている。
「な、ほ、本当なのか? 十万もの 不死者(アンデッド) など、現実にありうるのか……?」
ディモ伯爵が二人の護衛騎士や、その彼らが率いて来た近衛兵らの方に目を向けて、答えを探すように視線を彷徨わせる。
そんな視線を避けるように、ザハルやニーナ、近衛兵らが僅かに顔を伏せた。
どうやらニーナが先程放った言葉に、大袈裟な誇張があるという訳でもなさそうだ。
「や、やはり行くのは無理じゃろうか……?」
周囲の押し殺したような反応に、自分の背後に隠れていたリィル王女は恐る恐るといった風に此方を見上げて尋ねてきた。
(流石に十万の 不死者(アンデッド) の軍団に攻められたら、多少の防壁程度じゃ持たないんじゃないの?)
傍に立って聞いていたアリアンが小声で話し掛けて来た内容を、リィル王女は 聳(そばだ) てていた耳で敏感に察知すると、彼女に向かって反論の声を上げた。
「父上は早々に負けはせぬのじゃ! きっとわらわや、二人の兄様達が援軍を連れて戻るのを信じて、王都で耐えておる筈じゃ!!」
リィル王女のその言葉に、気になる点を見つけて彼女へと振り返った。
「リィル殿には二人の兄上がおられるのか? その二人も今回の援軍要請に向かっておるのか?」
自分の質問に、彼女は大きく頷いて返す。
「そうじゃ! 兄様らの援軍と合流すれば、あんな化け物連中など──!」
そう言って彼女は小さな拳を振り上げて力説する。
二人の兄が連れて来るという援軍が、十万の大軍をどうにか出来る程の数を揃えらえるとするなら、その準備にもそれなりの時間を要する筈だ。
それならば此方は逸早く王都へと向かい、少しでも 不死者(アンデッド) の数を減らして王都陥落を遅らせる事に集中すれば──。
街の規模にもよるだろうが、王都となればそれなりの人数を収容出来る程の大きな街の筈だ。
そんな街を十万からなる 不死者(アンデッド) の軍団といえども、強固に包囲する事などまず不可能とみて間違いないだろう。
厚みの薄い包囲網を破り、一旦王都内へと入って中から持久戦に持ち込めれば十分に勝機はある。
そう思って傍らのいつもの仲間を見やる。
精霊魔法を得意とし、剣技も卓越したダークエルフ族のアリアン。
同じく精霊魔法を忍術として用いる“ 刃心(ジンシン) 一族”の六忍の一人でもあるチヨメ。
強力な突進力に、千里を駆け抜けようかという程の体力、この世界においては重装甲車のような 疾駆騎竜(ドリフトプス) の紫電。
あとはおまけの食いしん坊ポンタ。
防壁を挟んでの持久戦がどれ程のものか──正直経験した事はないが、これだけの面子がいれば早々に後れをとる事はない筈だ。
視線をそれぞれに向けると、アリアンは何やら諦めたような顔をし、チヨメは力強く頷き返し、紫電は何を考えているのかは不明だ。
ポンタは、いつも通り次のご飯の事でも考えているに違いない。
「では決まりだな、我らはノーザン王国の王都へと直接向かうとしよう」
その自分の発言に、リィル王女を始めとした全員が驚きの顔で此方を向く。
「待て、待つのじゃ! 王都へ向かう前にわらわは所領を回って援軍を集めねばならんのじゃ!」
今までザハルの手を逃れる為に背後に隠れていたリィル王女が、慌てたように飛び出して来て彼女が計画した作戦を今一度自分に語って聞かせる。
しかし自分はそんな彼女の言葉を、首を横に振って遮った。
「リィル殿、王都の守護がどれ程のものかは我は知らぬ。しかし、リィル殿がこうして危険を冒してまで他所から援軍を引っ張って来なければならない程度には逼迫している事は分かる。二人の兄上殿が如何ほどの援軍を連れ帰って来れるかは定かではないが、その編成にも幾らか時は必要だ。ならば我らは先に最低限の足の速い兵だけを率いて王都へと戻り、援軍がやって来るまでの間、王都が陥落しないように時を稼ぐ必要がある──と我は思ったのだが、どうか?」
自分のその言葉に、リィル王女は何度か瞬きをしてから、語られた内容を吟味するようにしてから小さく頷き返した。
「……確かに、そうなのじゃ! 援軍を率いて来れても、王都が落ちていれば──!」
そうやって言い募るリィル王女の言葉に、慌てて口を挟んだのは護衛騎士の筆頭ザハルだった。
「お待ちください、リィル様! 十万の敵に外から少数の遊撃など瞬く間に磨り潰されるだけです! 時を稼ぐとなれば王都の包囲の薄い部分を破って王都内に入る必要がありますが、それでもし援軍が来ない──いえ、遅れたりすればどうなるか!」
ザハルの大音声にリィル王女が僅かにたじろいで、声を飲み込んだ。
そうして此方を見上げるリィル王女に、自分も兜の奥から彼女に視線を向ける。
「どうするかは、リィル殿次第だ。ちなみに既に知ってはいると思うが我を含めたここにいる三人はなかなかに腕が立つと自負している、誰もが百人分の兵の働きはするぞ?」
自分のその言葉を受けてか、リィル王女は先の蜘蛛人との戦闘を思い出したのか真剣な眼差しで頷き返していた。
一方、周囲にいたリィル王女の護衛である近衛兵達からは剣呑な気配が漏れ出して、此方や傍らで迷惑そうな顔をしているアリアン、澄ました顔のチヨメなどにも向けられる。
彼らにしてみれば侮りと取られたのだろう。
しかし、それはそれでいい機会かも知れない。
エルフ種族としてここに立つ自分達が周囲に力を示す事は、今後のエルフ種族などに対しての人族への牽制にもなる筈だ。
それに相手が 不死者(アンデッド) ならば、恐らくあれを使えば一万ぐらいの数ならば殲滅する事が出来ると踏んでもいた。
ぶっつけ本番になるだろうが、流石に試し撃ちが出来るようなスキルでもない。
ならばこの場面で使う事が一番の試しになる。
「リィル殿」
「リィル様!」
自分とザハルの二人から返答を求められたリィル王女が、少しの間視線を左右に配るが、やがて意を決したようにその場で胸を張って口を開いた。
「わらわは王都に向かうぞ! ザハル、ニーナ! これは決定事項なのじゃ! ノーザン王国の中枢を失い、わらわだけとなったノーザン王国など周辺国が放っておく訳もないのじゃからな!」
「……はっ!」「っ!」
彼女のその決意の言葉に、二人の護衛騎士、ザハルとニーナは下唇を噛んでその場に跪いた。
その二人の怒りを露わにした視線が此方へと何憚ることなく注がれている。
彼らにしてみれば幼い王女を死地へと焚き付けた余所者──否、ヒルク教の教義が根強いこの地でエルフ族や獣人族などは唾棄すべき存在として見られている可能性が高い。
少々種族間の溝を深めた気がしないでもないが、この際は仕方がないか。
それに、人族の前で転移魔法を使う事は出来るだけ避けるつもりではいるが、いざとなればリィル王女らだけでも逃がす事はするつもりでいる。
彼女を利用する形となったのだから、せめてもの保証ぐらいはしないと自分の中でも色々と障りがあるのだ。
特に先程から金眼のジト目が真っ直ぐに背中に突き刺さってくるのを感じていると猶更だ。
「きゅん?」
自分とアリアンの間に生まれた微妙な空気にポンタが首を傾げる。
そんな中でリィル王女は、跪いた己の護衛騎士と背後に控えた近衛兵らを見回すと、その視線を次いでディモ伯爵らに向けた。
「それとディモ伯爵!」
「……はっ、はい!」
「今すぐに用意できるだけの足の速い──そうじゃな、騎馬隊を用意せよ! 王国の伯爵であるお主が、このままわらわに護衛も出さずに王都へと戻す事など、間違ってもせんじゃろうな!?」
リィル王女は堂々とした態度でそう宣うと、その言に同意を示した護衛騎士や近衛兵らからも無言の圧力が伯爵へと向けられる。
やはり小さくても王族だ。
王国の貴族の伯爵である彼が、リィル王女の道中に一兵も付けずに送り出したとなれば、後々に叛意有りと言われかねない問題になるのだろう。
国が無くなればそんな事を言われる事もないのだろうが、万が一この国難をノーザン王国が乗り切った際には、彼は間違いなく伯爵の座を追われる事になる。
そこで彼女はさらに譲歩して、足の速い騎馬隊のみだけで護衛を編成する事を許可した。
今すぐに用意できる騎馬部隊など、そんなに数は多くない筈だ。
騎馬隊なので丸々失えばそれなりの損失だろうが、万が一の場合に伯爵の座を剥奪される事への保険と思えば高くはない──といった所か。
「はっ、か、畏まりました。ただちに準備に取り掛からせます! おいっ、誰か兵長を呼べ!」
ディモ伯爵はリィル王女の気迫に負けて、転がるように屋敷へと駆け出していき、言われた騎馬部隊の編制に奔走する。
「……頼りにしてもいいのじゃな?」
そんな彼の背中を見送っていたリィル王女は、周囲に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で此方に問い掛けてきた。
彼女の不安に揺れる灰色の瞳に、何やら言い知れない罪悪感が湧いてくる。
この場面でこの言葉をリィル王女に投げ掛けるのはなかなかに偲びないが、彼女は小さい身でありながら国を背負っているのだ。
ならば此方もそれ相応の付き合いをせねばならない。
「ふむ、では早速で悪いのだが、報酬の話をしようと思うのだが」
此方のその言葉に、リィル王女の表情に緊張が走ったのが分かった。
何だが幼気な少女を騙す悪いおじさんの気分だが、こちらとしても請求できるものは請求しておかなくてはならない。
「そ、そうじゃったな。道中の護衛と合わせて幾ら欲しいのじゃ?」
何とか自身の焦りを見せずに応対しようとしているのだろう、振るえる手先を必死で抑えながらも毅然とした態度で此方を見上げてきた。
だが自分が今回の件で金を要求するつもりはない。
「まずは我らへの報酬は成功報酬のみでかまわぬ。そして一つ目に要求するのは、王都解放のあかつきに王都にあるという宝物庫、そこを見学させて欲しいのだ」
要求の額に身構えていたリィル王女と、背後に控えていた護衛騎士らは此方が提示した報酬の内容に目を丸くした後、訝し気に首を傾げた。
「王都ソウリアの宝物庫にある 宝物(ほうもつ) ではなく、宝物庫内の見学……だけで良いのじゃな?」
リィル王女が一言一句確かめるようにして聞いてくる問いに、自分は頷いて答えた。
「うむ、少し宝物庫で調べものをさせて貰えればそれでいい」
自分のその言葉に、チヨメが頷いているのが横目に映った。
「わかったのじゃ、わらわの名の下に宝物庫のへ立ち入りを許可するのじゃ! ……それで二つ目はなんなのじゃ?」
宝物庫への立ち入りに許可を出したリィル王女は、次の要求の内容を此方に促してきた。
流石に最初の軽い要求内容に浮かれて、「一つ目」と言った事に注意が向いていないという事はないようだ。
後ろの護衛騎士のニーナの方は、あからさまに報酬内容を聞いてほっとしていた顔を見ると、聞き逃していたに違いない。
「二つ目だが、ノーザン王国に囚われているエルフ族と獣人族の全解放と今後の捕縛への厳罰化を確約願いたいのだ」
この要求に驚きの表情をしたのは二人の護衛騎士らと、自分の後ろにいたアリアンとチヨメだ。
要求を突き付けた当のリィル王女の方はと言えば、怪訝な顔でその要求内容を一人咀嚼するように繰り返して呟いていた。
やがて一つ頷いて顔を上げたリィル王女は満面の笑みで答えを口にした。
「解放した者達は勿論そちらで引き受けてくれるのじゃろ? それならば問題な──」
「お待ちください! リィル姫様!!」
そこまで答えを口にしたリィル王女の言葉に、割り込むようにして声を上げたのはニーナだった。
「その要求に対する返答は、リィル姫様個人で約束出来る範疇を越えています!」
その彼女の言葉に、リィル王女は不思議そうに首を傾げて見せた。
「何故じゃ? アーク殿らはエルフ族と獣人族の罪人引き渡しを要求しておるのじゃろ? 国の一大事を思えばこれくらいの決断ならばわらわの判断で融通が利く筈じゃ」
「違います、姫様! この者が言っているのは国のど──、奴隷の事です!」
何やら二人の間の会話が微妙に噛み合っていないようだ。
「奴隷? 奴隷は確か借金奴隷や囚人奴隷、あとは戦争時の捕虜などの奴隷だけではないのか?」
リィル王女の尋ねに、ニーナがやや怯んだように口篭る。
二人のやり取りから何となくだが事情を窺う事が出来た。
「貴国には我らエルフ族や我が友人の獣人族の者らの奴隷はいない──という見解で良いのか?」
自分のその言葉に、ニーナが何を言うでもなく歯噛みする。
恐らくリィル王女には表向き、エルフ族や獣人族の奴隷の存在を隠していたのだろう。
隣国にエルフ族や獣人族の存在を良く思っていない教義を説く本山、ヒルク教国の影響からか表立ってエルフ族や獣人族の所有を公表しない暗黙の了解でもあるのかも知れない。
わざわざ隣国から神殿騎士を率いて来て獣人狩りを行う勢力だ、表立って所有が明らかになれば教義を理由に供出を求められたりしているのだろう。
そしてそんな彼らの振る舞いに、異議を申し立てる事も出来ないのは国家間の武力差だ。
「どういう事じゃ!? 我が国はローデン王国同様に、エルフ族の奴隷所有は勿論、獣人族の奴隷所有も行っていないと教えられたのじゃ!」
リィル王女はやや慌てたような顔で、此方とニーナの双方を見比べるように顔を向けた。
公式には存在しないとされている奴隷の解放を条件に、エルフ族と獣人族の協力を取り付ける。
表向きの見解がそのまま事実ならば、今回の条件はノーザン王国にとってなんの痛痒にもならないのだが、もしこの条件を飲んで奴隷を所有していた場合、王家は国中の個人が所有している奴隷を強権で没収、ないしは買い上げて此方に提供しなくてはならない。
ヒルク教国に隠れて所有できる奴隷の数がどれ程の数になるかは分からないが、ニーナの反応からして決して少なくない数の奴隷が裏にいるのだろう。
しかし表立った所有を認めていないとなると、籠城に入った王都での奴隷達の扱いが非常に危うい状況に入ったという事を示唆している。
籠城で一番に気にするのは備蓄である食料や水などだ。
王都がどれ程の人口を抱えているかは分からないが、それらを備蓄で食い繋ぐ場合は出来るだけ消費を抑える必要性がでてくるが、その際に一番割を食うのが地位の低い者達だ。
ここでは表向きに存在しないとされているエルフ族や獣人族の奴隷達だろう。
主に愛玩や子孫形成での目的で高値で買われるエルフ族はまだしも、高い身体能力を活かして労働力として安価に買われる獣人族は一番に切り捨てられる種族だ。
これは此方もあまり時間を掛けて交渉をしている余地はなさそうだと、改めて目の前の幼いリィル王女と、沈黙を保つ二人の護衛騎士に目を向けた。
この際は多少の譲歩を見せつつ、速やかに条件の締結まで持っていきたい。
「ふむ、ノーザン王国がエルフ族や獣人族の奴隷所有を認めていないと言うならば、今後とも是非その方針を維持して貰いたいものだ。だがどんな国にも不届きな者はいるものだ、そうであろ?」
此方の話の意図になんとなく察しが付いたのか、リィル王女らが互いに視線を絡ませる。
そして自分の言葉を継ぐように口を開いたのはリィル王女だ。
「ようは我が国の方針に反してそれらの奴隷を所有しておる者から、奴隷を没収して其方らに引き渡せば良いのじゃろ?」
流石に察しが良い。
この方針ならば王家は大義名分が立ち、支配下の貴族から奴隷を徴収し易い。
後は王家の判断が正しいと、他の貴族などに知らしめる為に此方が少し手を貸す必要がある。
でなければ、王家の判断を不服として貴族らが謀反を起こして国が潰れては意味がない。
その彼女の答えに自分は大きく頷いて返すと、右手を差し出して握手を求めた。
リィル王女はそんな此方が差し出した手に、自分の小さな手を差し出して力強く握り返してくる。
彼女の後ろでは二人の護衛騎士が天を仰いで頭を抱えていた。
この約束事が必ず履行されるよう、そして彼女の判断は正しかったのだと思わせる為には少し大きめに力を喧伝しておかなくてはならないだろう。
そんな事を考えながら、自分は兜の奥で笑みを深くする。
それを目の前の小さな王女は敏感に察したのか、一度肩を小さく震わせたのだった。