軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

城砦でのひととき

その日は城砦ヒルの敷地内に設けられた離れの宿舎に、護衛としての名目である自分とアリアンとチヨメの部屋として二部屋が割り与えられた。

室内は普段は兵士か良くて士官程度の者しか利用しないからかして、内装などあってないような殺風景な室内が広がっている。

室内に置かれた簡素な造りの二つある寝台、その上に鎧を着込んだままの姿で腰を下ろすと寝台が悲鳴のような軋みを上げたが、それを無視して大きな伸びをして倒れこむ。

城砦ヒルでの晩餐の席に自分やアリアンなども呼ばれたのだが、一応こちらは王女の護衛として雇われた傭兵のような存在なので、城砦に務める者らとの交流を優先してくれと返して辞退した。

前線の砦とは言え、王族の姫君に出される料理には大いに興味があったのだが、隠れ里の時のような万が一を人族の領域で起こしてしまうのは避けたいというのが理由だ。

そういう訳で、今晩の夕食は部屋で摂るという事になり、城砦側から提供された食事が今テーブルの上に並んでいる。

長いバケット型のパンは焼けたばかりのいい小麦の香りが漂う。何種類かの野菜と豆を煮込んだスープ、あとは何の肉かは分からないが骨付きのもも肉の焼き物などが並んでいた。

城砦で出る料理ならもっと質素な物を想像していたが、それは意外にも裏切られた格好だ。

食事を運んできた者の話では、城砦の外側に兵士らを相手に商売を始めた者達が集って小さいながらも街が築かれているそうで、周辺には耕作地なども開拓されているらしい。

そのおかげもあってか、城砦には比較的新鮮な野菜や、近場で収穫された小麦で作ったパンなどが供給されているとの事だ。

「結構普通の料理が出て来たわね、給仕の人が言ってたように食材は豊かみたいね」

そう言いながら外套を脱いだ姿でその特徴的な尖った耳を晒したアリアンが、長いバケットを千切ってそれを口に運びつつテーブルの料理を見て一言、感想を呟く。

それに頷いて返すチヨメは、骨付きもも肉に噛り付いていた。

「そうみたいですね。この辺りの地理はボクら 刃心(ジンシン) 一族もあまり把握していません」

チヨメはそう言って、噛り付いていたもも肉から口を離した。

ディモ伯爵領は南央海に張り出した半島を所領としているようで、元々ノーザン王国領だったブラニエがサルマ王国に侵入されてから、半島への侵攻を防御する為に長大な城壁が築かれたそうだ。

それは半島内の魔獣の数を減らすという別の恩恵を齎し、北にある本国よりも耕作地が開拓し易くなったという経緯があるらしい。

しかしその長大な城壁も完全に半島を封鎖出来てはいないそうだ。

給仕に来た男にその理由を尋ねると、彼はアリアンの方をちらちらと視線で窺いながらも、その理由を説明してくれた。

半島の付け根である西側の地にはエルフ族が暮らすルアンの森が広がっており、伯爵側とエルフ側で互いに不干渉を貫いている事もあって城壁を森の中に建設出来ないそうだ。

サルマ王国側はルアンの森を越えて伯爵領へと入ろうとすると、必然的にエルフ族と敵対する事になり、それが理由で伯爵とエルフ族が結託する事を良しとしないサルマ側のブラニエ領主は、ルアンの森には手出しをしていないらしい。

おかげでルアンの森から半島に魔獣が入って来るので、本国よりは開拓はし易いと言っても街には普通に魔獣侵入を防ぐ壁も必要だという。

それならばルアンの森を避けて森を囲むように城壁を設けてはと思ったのだが、どうもそう簡単ではないようだ。

森の比較的浅い場所は近場の住民が利用する者も多く、さらにルアンの森は南北に長いとの事で、それを囲む城壁となれば既に築かれた倍以上の距離の城壁を築く必要があるらしい。

そうなれば城壁を築く金だけで伯爵家の財政を圧迫しそうだ。

ある程度の地理や周辺の事情などを聴き終えて、給仕の者が退出したのを見計らって内側から鍵を掛け、ようやく自分も食事の席に着いた。

「きゅん!」

ポンタはすでに取り分けられたスープの具を平らげて、おかわりの体勢でいる。

「さて、成り行きとはいえ早々に奇怪な例の 不死者(アンデッド) と遭遇した訳だが……」

そう話を切り出して、兜を脱ぐ。まだ身体が霊泉の力のおかげで骸骨へと戻っていないからなのか、テーブルに並ぶ料理を目の前にして妙に腹が空く感覚に襲われた。

とりあえず足元で皿の周りを回って催促しているポンタには、もも肉を一房千切って分ける。

二人の視線が集まるのを感じて、チヨメの方へと顔を向けた。

「チヨメ殿に聞きたいのだが、護衛騎士のザハル殿が言っていた宝物庫に入った賊、あれは──」

「サスケ兄さんに間違いないと思います」

自分が見当を付けた予測を肯定するように、先にチヨメが答えた。

「私も聞いてたけど、目撃されたのは獣人族だったっていう事だけでしょ?」

はっきりと断言したチヨメの言葉にアリアンが当然の疑問を口にしたので、自分もそれに同意する意思を首肯で示した。

「うむ、我も賊は厳重な警戒下にある宝物庫へと易々と侵入、脱走したと聞いて、高い身体能力に加えて、潜入の手練れから 刃心(ジンシン) 一族の可能性は高いとは思ったのだが、それがサスケ殿であったかは何の確証もないように見受けられた」

その自分の意見に、チヨメは噛り付いていたもも肉を口から放して首を軽く横に振る。

「賊は宝物庫に入って何も盗らずに出たと聞きました。これはハンゾウ様に聞いた話ですが、サスケ兄さんは独自に一族が失った“ 契(ちぎり) の精霊結晶”の行方を追っていたそうです」

その名を聞いて、チヨメが龍の咢にある洞窟を抜けた先にあった先祖の根城の“社”、そこで見つけた虹色の輝きを放つ菱形の宝石の事を思い出す。

それは一族の初代半蔵がこの世界に持ち込んだ魔道具で、それを持って精霊と契約して体内に取り込む事で、魔法適性の低い獣人種族である者でも強力な精霊魔法を操れるという代物だった。

もっとも彼女らはその精霊魔法を“忍術”という形で行使しているようだが、チヨメのように六忍の名を賜っている者達はそれぞれ、その“ 契(ちぎり) の精霊結晶”を体内に宿しているという。

「以前チヨメ殿が“社”で話してくれた、あれの事か。確かあれは初代半蔵殿が持ち込んだ数が十個あり、今一族の手にあるのは九個だったか?」

記憶を掘り起こしながらチヨメに問うと、彼女は小さく頷いて返した。

「サスケ兄さんは何らかの情報を得て、ノーザン王国の宝物庫に潜入したのだと思います。しかしザハル殿の言を信用するならば“契の精霊結晶”はそこに無かったのでしょう」

チヨメの推測を聞きながら、パンをスープに浸して味の沁み込んだそれを口に放り込む。

少し固めのパンが柔らかくなって食べ易い。

「成程、しかしサスケ殿が宝物庫に侵入したのはそれ程前という話でも無かった。それから南の大陸にサスケ殿が姿を現すまでにはあまり間が開いてない──」

そこまで言うと、テーブルの席に着いて黙って聞き耳を立てていたアリアンが、その尖った耳の先を僅かに上下に揺らした。

「つまりは彼はそのノーザン王国の宝物庫で何かしらの手掛かりを得て、向かった先のそこで何かあった──と考えた訳?」

「はい、推測の域は出ませんが……」

アリアンの言葉に、頷き返してチヨメの食事の手が止まる。

二人の会話が止まったそこに、今度は自分がこれから先の予定を提示してみせた。

「では手掛かりを求めるならば、我らもノーザン王国の宝物庫へと入って見るしかあるまい?」

自分のそんな意見に二人の視線が此方へと向けられる。

「……サスケみたいに潜入するの?」

アリアンは小首を傾げてそんな問いを発したが、いくら【 次元歩法(ディメンションムーヴ) 】のような転移魔法で潜入が楽だからと言って、それを実行して万が一露見すれば後々面倒になる事は受け合いだ。

それよりも確実性のある方法がある。

「いや、あのリィル王女は王都ソウリア救援の為に援軍を連れて戻る事が目的である筈だ。ならば我らは、それに便乗して同行を願い出れば良いだけではないか? 報酬に宝物庫の見学でも願えば入れる可能性は割と高いと思うのだが」

そんな自分の意見にアリアンは自身の大きな胸を抱え込むように腕を組んで眉間に皺を寄せた。

「確かに、そっちの方が確実か……。あのリィルちゃんが向かう王都って、あのタジエントみたいな事になってる感じなのかしらね?」

彼女の言うタジエントのような事態を想像したのか、チヨメが微かに反応を示す。

まだ自分達には王都ソウリアの様子がどういう状況なのか、詳しい事は教えて貰っていない。恐らくはディモ伯爵の領都キーンまでの護衛という形で雇われた者、しかも他種族に対してあまり詳しい事情を明かすのを良しとしなかったのだろう。

それでも彼らの会話の端々からある程度の推測は出来る。

今ノーザン王国の王都はあの異形の化け物、蜘蛛人を始めとした多くの 不死者(アンデッド) からの攻撃を受けているという話だ。

しかしもし王都にある宝物庫を調べるならば、街が健在である必要がある。

タジエントのように街中が戦場と化してあちこちから火の手が上がるようになっては、宝物庫も無事に済むかどうか怪しい。

「明日、領主の元へ向かった後は、リィル王女と交渉して何とか援軍の中に潜り込めるようにするしかないだろうな。王都が陥落して宝物庫が焼け落ちでもすれば、サスケ殿の手掛かりを失う事にもなりかねん」

「そうね」

自分の意見に対してアリアンが頷いて同意する。

しかしその横でチヨメが一人、難しい顔をして視線を此方へと向けてきた。

「どうでしょうか。ディモ伯爵なる人物が果たして王女の要請を聞きいれて王都に援軍を派兵するか、そこは明日になってみないと分かりません」

そんな事を告げるチヨメの言葉に、アリアンは首を捻った。

「王都ってその地の中心都市なんでしょ? 同じ所属の街が危機なら救援を向かわせるでしょ?」

事も無げに言うアリアンに自分とチヨメが顔を見合わせた。

仲間意識の強いエルフ族の彼女からしてみれば、何故同胞の救援に出ないという選択肢があるのかという事の方が不思議のようだ。

だが彼女は忘れている──。

「ディモ伯爵家とリィル王女の王家が、エルフ族で言うところのカナダ大森林とルアンの森との間のような確執があれば、理解できるのではないか? アリアン殿は行きの船でカナダから救援隊を送った事に不満を抱いておっただろう?」

そう言うと、彼女は複雑そうな顔をして口を噤んだ。

「……んぅ、そっか」

「まずは明日、領都キーンへと向かい、そこで今後の事を考えれば良い。我らはどちらにしてもノーザン王国の王都を目指す事になるだろうしな」

リィル王女に同行出来ないようであれば、王都の正確な位置を知らない自分達では少々骨が折れるだろうが、この際仕方がない。

「きゅん! きゅん!」

足元ではやる気を見せて元気に鳴いていると思ったポンタに視線を落とすと、空になった皿を鼻先で押し出して更なるおかわりを要求しているだけだった。

「お前は何処でもいつも通りだな……」

そんなポンタのふさふさとした頭を撫で回した。