軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タジエントの崩壊2

その異形の塊は全体的な形状で言えば、比較的サソリのような形状をしていると言えなくもない。

だがそれはサソリではないと断言出来た。

全長十メートル程もある巨大な躰は青白く、ぶよぶよとした軟体状の物で構成されている。躰の表面には苦悶を浮かべたような人の顔が無数に貼りついて、今もなおその口から怨嗟の声が止めどなく溢れている。

そしてその長い胴体を支えるのは無数の青白い人の足だ。さながら 繊毛(せんもう) のように生えた人の足が、うねうねと奇怪な動きをとると、十メートルもの巨体が地面の上を滑るように進む。

躰の片方が海老反りしており、その立ち上がった側面にはまるでカエルと人の合成体の様な姿をした何かが貼りついており、どうやらそこから言葉を発しているようだった。

そしてそのカエル男の背後からは、長く関節が多数ある人の腕らしき物が無数に生えており、手の先には鉈やら鉄球やらと物々しい武器が握られていた。

その造形はまるで悪夢を具現化したような姿だ。

そして次の瞬間、その不気味なサソリの背後から生えた武器を持った無数の腕の一部が、手近に居た一匹の黒巨人へと目掛けて殺到した。

黒巨人の体毛は硬く、普通の武器では致命傷を負わせる事は難しい。

しかし無数の武器を持った腕に襲い掛かられた巨人は、自身の石器を振り回して対抗するが、たちまちにズタボロの姿になってその場に倒れ伏した。

そして徐に事切れた巨人の元にその巨体を滑るように近づけると、躰の突端がガバリと上下に裂け、そこから無数の歯が並んだ口が開いた。

巨人の口など問題ならない程の、まるで巨大なワニのような口が黒巨人を丸呑みにして、盛大な咀嚼音を響かせてそれを平らげてしまう。

あんな姿をしていながら人族の援護に回ったようなその行動に、自分と同じ召喚魔法の使い手でもいるのかと思ったが、世の中それ程甘くはないようだった。

そのあまりにも現実離れした黒巨人と異形の戦闘に腰を抜かし、ただ怯えていた人々に異形が繊毛のような足を動かして近寄ると、その巨大な口を開いて人を丸呑みにした。

そこまで光景を見せられて、ようやく目の前に現れたのは教会に降臨した天使などではなく、巨人すら文字通り飲み込む、本当の化け物、本当の理不尽が表れたのだと理解したのだろう。

パニックになる事はむしろ当然の帰結と言えた。

人々の逃げ惑う声のその向こう側で、その異形の化け物はのんびりとした声を吐き出す。

『あぁこの身体はすぐにお腹が減るなぁ~』

そんな一見暢気ともとれる言葉を発しながら、異形の化け物はまるでクジラがオキアミを食べるかのように周辺に居た人々をその大口で浚って咀嚼を始める。

まさに手当たり次第といった様子だ。

そしてそんな中で、仲間をやられて他の黒巨人達が続々とその異形に戦いを挑むが、その結果は変わらず、間に教会から逃げようとした人なども一緒くたにその異形の臓腑へと導かれる。

心なしか、異形の躰に浮き出る苦悶の表情が増えたような──。

不気味に蠢動する青白い肉の塊のような躰の先で、カエルと人の合成体のような存在が嗤って人や巨人共を食べている光景にただ茫然と立ち尽くす。

「きゅ~ん」

首筋でそんな此方の様子を見て心配そうな声で鳴くポンタに気付かされ、ようやく再起動する。

「すまん、ポンタ」

先程から中央の教会に逃れて来る人々を追って広場に現れた骸骨甲冑の幾体かも、あの異形に踏みつけられて跡形も無く粉々に砕かれていた。

とりあえず目の前の異形がどういった存在かは置いておく。

あれが虎人族などに接敵しても碌な事にはならないだろう。

奴がまだ此方を認識していない内に、先制攻撃を仕掛ける。

『 聖雷の剣(カラドボルグ) 』を振りかざし、その青白く怜悧な色を宿す剣身に光が集まり、その状態で一気に剣を振り下ろした。

「【 審判の剣(ジャッジメント) 】!」

完全に奴が他の場所に注意を向けており、一撃を先制出来たと思った。

しかし巨体を貫き通せる程の力を込めたそれは、奴の足元に大きな魔法陣が展開した時点で奴の躰の無数の顔が哭くと同時に、繊毛の様な足がうねり素早くその場から離れてしまう。

そして標的のいなくなった場所に、魔法陣から光の剣が天へと向かって聳立する。

あの巨体でよくもあのような動きが出来る。

その動きはまるで背中に貼りついたようなカエルと人の合成体が、動く自動椅子に乗っているかのような光景だ。

──悪趣味なゴーカートに乗ってるような動きだな。

内心で悪態を吐きながら、空振りに終わった攻撃の次を構えようとするが、奴が此方を認識する方が数瞬、早かったようだ。

機敏な動きで蠢く巨体がその場で此方へと回頭する。

『ボクちんの邪魔をする奴はみんな! みんな! 壊してやるぅ!!』

不気味な声がまるで駄々っ子のような言動を吐き出すと、無数の足を波のように蠢かせて此方を全力で追い掛けて来る。見つかったようだ。

反り返った奴の躰から生えた無数の腕が、此方を叩き潰そうと長い腕を伸ばして来ていた。

「【 聖光の盾(ホーリーシールド) 】!」

盾を構えながら走り、防御力を上げる為の戦技を発動させる。

それと同時に幾つもの奴の武器を持った腕が降り注ぐ。

淡く光を放つ盾で弾きながら、迫る腕の幾本かを剣で斬り飛ばした。

どうやら攻撃自体は普通に通るらしい、全体的に青白い肉塊で構成されている奴の肉体は巨人のような防御力はないのかも知れない。

『生意気! 生意気!! 生意気ィィィ!!!』

そんな此方に苛立ちを覚えたのか、不気味な声音で駄々をこねると、その巨体で押し潰そうとするかのようにして此方へと迫って来る。

それを短距離転移魔法で躱すと、奴は一瞬此方の姿を見失ってその巨体を左右に振った。

──どうやら奴の視界は固定されおり、あの巨体ごと向きを変えないと見えないのか。

これならば隙を突いて裏から攻撃すればいけると、奴が此方を見失っている隙に追撃を掛ける。

再び剣を構えて戦技スキルを発動させる──今度は少し近距離且つ、出の速い技を。

「【 聖光破剣(ホーリーレイソード) 】!」

光を纏った剣を下から振り上げ様に、光の帯が一直線に走って奴の巨体を支える足の一部を吹き飛ばす。異形の躰中から悲鳴のような、慟哭が響く。

しかし今の攻撃ですぐに位置が割れて、異形体がその場でぐるりと方向転換する。

──動きがいちいち気持ち悪い。

そんな悪態を吐きながら、無数に降り注いでくる武器を持った腕をやり過ごし、間合いを取ろうと後ろへ下がるが、異形体は此方に間合いを取らせる気はないようだ。

『ちょこまか! ちょこまか!! 鬱陶しいよぉ!!! 何者だぁ!!?』

海老反りした背中に貼りついていたカエル男が喚き散らしながら、無数の腕による追撃を放つ。

それを躱してまた【 聖光破剣(ホーリーレイソード) 】を放つが、今度は奴がそれを躱して吹き飛んだ足は数本程度の被害に終わる。

そして不味い事に、大きく奴の足を抉った箇所の肉がみるみる盛り上がって、何やらさらなる新しい足が生えて来ていた。

再生の速度はそこまで速くはないが、これは非常に不味い。

普通ゲームではこういった再生能力を持つ敵には、複数人であたって敵の攻撃を引き受ける者や、相手の回復を阻害する者などに分かれて、常に攻撃を加え続けて倒すものだが、今現状ここにいるのは自分だけだ。

ボス戦に一人で挑んでいる気分だ。

解決方法は単純で、奴が再生する間も無く、間断なく攻め立てる事を求められているが……。

そんな事を思考しながら、奴から齎される無数の腕の暴力に振り回される。

腕も何本も斬り落としているが、あまり減ったような実感はない。

──不味い、一旦退却して態勢を立て直すか?

周囲に視線を走らせながら、必死で作戦を考える。

夕闇の帳が下りる広場の端に暗闇が広がりつつあり、転移できる場所がかなり制限されている。

仕方がない、あまりやりたくはないが、正面からゴリ押すあの戦法を使うか──。

奴から一番離れられる場所へと転移魔法を発動させて、十分な距離をとる。

「ポンタ! すまぬが少しの間、空の散歩をしていてくれ!」

「きゅん? きゅん!」

自分のその物言いに、初めは首を傾げたポンタだったが、首筋から抜け出ると頭へと上ってそこから魔法の風を使い、自らの被膜で風を受けて空へと昇って行く。これで良し。

それを下から眺めながら、その視線を異形体へと向けた。

まずは下準備として、この世界へ来てからまだ一度も使っていない召喚魔法を発動させた。

「来たれ、永遠なる時の番人! 【 時の蛇獅子(アイオーン) 】!!」

自分の足元に光る巨大な魔法陣が現れ、まるで機械式時計の様な幾つもの 発条(ゼンマイ) で構成された魔法陣が規則正しく回転を始める。

そして足元の魔法陣が大きく撓むと、そこから獅子の頭を持った巨大な蛇が現れた。

獅子蛇はそのままゆっくりと、しかし素早く此方の足に巻き付くと、そのまま身体中に纏わりついた状態で這い上がって来る。

やがて獅子の頭が肩口にまで登ると、その鋭い牙を覗かせて一気に首筋へと噛み付いてきた。

と同時に、獅子蛇が白銀の鎧に絡むような紋様へと変わって、身体中が淡い虹の光に包まれる。

これは召喚士の上級の術で、召喚獣の名は【 時の蛇獅子(アイオーン) 】と呼ばれる。

その特性は【 時の蛇獅子(アイオーン) 】を呼び出した時点のプレイヤーの状態を三分間だけ固定するという、かなり特殊で変則的なスキルだ。

状態を三分間固定するという説明は分かりづらいが、要は三分間の間は何をやっても現状のステータスが保持されるという事だ。

つまりはどんなに攻撃を受けても体力は減らないし、どんなに魔法を使っても魔力が減らない、無敵状態になるというトンデモ効果なのだ。

しかしだからと言って、凄く便利という訳でもない。

まずはこれを習得できる召喚士はかなりの職業レベルが要求される。しかし苦労して習得したにも拘わらず、召喚士自身が使うには非常に使い勝手の悪い召喚獣でもある。

その根本的な原因に、召喚獣を呼び出せるのは常に一体のみという制限があった。

無敵状態となって魔法を使い放題になっても、召喚士ではメインの攻性召喚獣を呼び出せない。さらに効果が効果だけに、召喚する際の魔力消費が高く、 副職業(サブ) に入れるような中級職の魔法を使うにも元を取る前に三分という時間が過ぎてしまうのだ。

その為、この【 時の蛇獅子(アイオーン) 】を効率的に運用するには、同じく魔力消費の高く、威力の高い戦技を持つ職業を──つまりは召喚士と同じく上級以上の 職業(ジョブ) を 主職業(メイン) かまたは 副職業(サブ) に置くしかない。

そして困った事に、ゲーム時には今の自分の様に覚えた職業のスキルが全て使えるなどと言う事は無く、 主職業(メイン) か 副職業(サブ) に召喚士を入れた状態で、そこに攻撃性の高い別の職業を残り枠に入れた時点で、相当に攻撃に片寄った職業構成になってしまうのだ。

言ってしまえば廃御用達の召喚獣なのだ。

「一気に畳みかける!! 塵も残さず消し飛ばしてくれるぞ!!」

異形体がその繊毛のように生えた無数の足を蠢かせて此方へと迫る様子に剣と盾を構える。

【 時の蛇獅子(アイオーン) 】で体力が減らなくなると言っても、現実ではどの程度効果があるかは不明だ。

過信するのは禁物だが、多少の攻撃による被弾を無視して、とにかくひたすら攻撃だ。

異形体から繰り出される無数の腕の攻撃を無視して、胴体へと突進する。

幾つもの腕から武器を振るわれるが、多少の衝撃はあっても痛みを覚える程でもない──どうやらこの召喚獣の効果は問題なく発揮されているようだ。

しかしそうなってくると、今度は発動からどれ程時間が経ったのかが分からない現状、三分間を目一杯使えないのが痛いな。

相手の猛攻中に効果が切れるような事があっては目も当てられない。

「【 封邪聖剣(セイクリッドシル) 】!」

しかしそうは言ってもやる事は時間内に出来るだけ相手の力を削る事だ。

そう思って聖騎士の戦技スキルを発動させると、握っていた剣に暖かな光の粒子が纏わりつく。

そしてそれを敵の腕による攻撃の猛攻の中を、異形体の胴体へと振り下ろした。

剣の軌道にまるで残像のように光の帯が出来て、剣の刃が異形体の躰の一部を消し飛ばす。

『いたゃゃあぁぁあああぁぁぁっいいぃいぃぃぃ!!!』

不死者(アンデッド) 系統に絶大な効果を発揮する戦技スキルだが、相手のあの様子を見るとかなり有効なように思われる。

これは剣に発動している間は通常攻撃にもその効果が乗って何度でも効果がある為、魔力的な事で言えばかなり効率のいい戦技だ。

わざわざ【 時の蛇獅子(アイオーン) 】を使ってまで使う戦技ではないが、今回の 主戦技(メイン) はこちらではない。

異形体が自らの躰を庇うように後ろへと仰け反るところを、間髪入れずに次の攻撃を加える。

「滅するがいい! 【 破邪降臨(クロスアヴェント) 】!!」

職業“教皇”の持つ範囲魔法を発動させると、異形体の上空に大きな光の魔法陣が展開されて、そこから十字の光の柱が、まるで 天使の梯子(エンジェルラダー) の様に、異形体の頭上に降り注ぐ。

『いたゃゃあぁぁあああぁぁぁぁぁぁっ!!!』

異形体が上げる絶叫と共に、その巨体が蒸発するかの様に煙が立ち上る。

その激痛に耐えられずにか、異形体が身体を跳ねさせて勢いよく後ろへと下がり、後ろに姿を現していた巨人達数人を轢き殺した。

そして後ろにあった教会の壁に激突して、壁が雪崩を起こして崩れ落ちていく。

しかしここで攻撃の手は緩めない。

異形体を追撃してさらにその躰に【 封邪聖剣(セイクリッドシル) 】を叩き込み、 待機時間(リキャストタイム) が戻った頃合いを見てすかさず【 破邪降臨(クロスアヴェント) 】を発動させる。

そして鎧の上にあった獅子蛇の紋様が消えた頃には、異形体は既に原型を留める事無く、溶けて崩れた白い肉塊へと変わっていた。

その崩れた肉体は、まるで無数の人が混ざり合ったような異様な姿を晒している。

「きゅん!」

「うむ、おつかれだったな」

頭の上に着地したポンタに労いの言葉を掛けながら、その崩れた異形体から視線を外して周囲に視線を向けた。

異形体との戦闘によって教会はかなり被害を受けていた。

しかし今回は自分ではなく、相手の異形体が暴れまわったせいだ。これは不可抗力だろう。

そう自分自身に言い訳をしながら、今一度、溶けて崩れた異形体に視線を向ける。

成り行きで倒してしまったとは言え、本当に何者だったのだろうか?

しかしアリアンやチヨメ達は大丈夫だろうか。

教会の瓦礫の影から覗く街の住民達の視線を背に、教会の敷地を出る。

とりあえずこの周辺の当面の脅威は無くなった事だし、まずは彼女達と合流するべきだな。

すっかりと夜空に変わっていた空を見上げなら、握っていた剣を背中に担いで歩き出した。