軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

タジエントの危機

南の大陸の北に飛び出す形で広がっている半島は、レブラン大帝国が支配する地である。

半島の東部沿岸に築かれた港街は、この地で獲れた多くの物を大帝国へと出荷する為に築かれた根拠地が元になっているが、今やその規模は北の大陸の有数の街に匹敵する規模となっていた。

そんな巨大な港街の中心に聳えるヒルク教の教会は、敷地内に巨大な二対の尖塔を有する大聖堂に神官や神殿騎士の暮らす宿舎、そして枢機卿が暮らす屋敷などで構成されている。

赤い 煉瓦(レンガ) 様式で建てられたその屋敷は、併用して使われている白い石材とのコントラストが美しく、また随所にその白い石材を削り出して作られた飾り柱や浮彫が嵌め込まれ、周囲に広がる煉瓦のみで築かれた住居とは優美さの点で一線を画していた。

三階建ての屋敷の奥、その一室にこの地での教会活動を任ぜられた枢機卿の私室があった。

高い天井によって確保された大きな空間、その壁には精緻な筆致で描かれた色彩豊かな壁画が描かれ、足元にはしっかりと織り込まれた絨毯が敷かれている。置かれた家具にはどれ一つとして地味な物は無く、まるで王の私室のような雰囲気だ。

そんな部屋の中央には特注で作られた巨大なベッドが置かれている。

高い天井の部屋にも負けない、高い位置に設けられた天蓋は、しっかりとした生地に繊細な刺繍の施された豪奢な物で、その奥に巨大な影が映り込んでいた。

ベッドの上に寝転がる巨大な影──大柄な身体にたっぷりの脂肪が乗った巨体、禿げあがった頭と離れた目に、弛んだ頬、まるで巨大なカエルを思わせるその人物こそ、この部屋の主だ。

チャロス・アケーディア・インダストリア枢機卿。

彼はいつものように、私室のベッドの上で寝転がったまま、脇に置かれた鉢の中から果物を取り出して、それを寝ながら頬張っていた。

「今日も平和だなぁ。本土から来たあいつも、あれ以来特に何も言って来ないし。ふふふ、やっぱりたった百程度の数の死霊兵じゃ大した事出来なくて諦めたんだよ。ボクちんって策士ぃ♪」

チャロスはそう言って笑いながら巨体を揺らし、ベッドの上で手足をばたつかせる。

そして手に付いた果物の汁に目が留まり、傍に垂れ下がっていた天蓋でその手を拭く。

「はぁ、やる事はあるのに、何もしないでただこうやってベッドの上で無為に過ごす時間。堪らなく幸せだと思う反面、何か面白い事でも起こらないかなぁと思うのはボクちんの我儘かなぁ?」

そんな独り言を呟きながら、チャロスはベッドの上でゴロゴロとその丸い身体で転がる。

するとその彼の言葉を叶える様に、私室の扉が大きく叩かれた。

「チャロス様! 緊急事態です! 御免!」

そしていつものなら許可が下りてから入って来る神官が、まるで転がり込むようにして私室に飛び込むと、手足をバタつかせるようにしてベッドの傍へと寄って平伏した。

そんな様子にチャロスは少しの間呆気に取られていたが、すぐに不機嫌そうな顔を浮かべる。

しかしそんな事を知る由もない平伏したままの神官は、顔を床に向けたまま口を開き、緊急事態だという事を復唱してからその内容を口にした。

「只今、街より届いた危急の知らせによれば、南に設けられた境界壁を越えて見た事もない化け物がに二十匹近くも侵入し、今はすぐ傍の街壁に迫っているとの事! その姿はまさに巨人で、あの境界壁を越えた事を考えれば、今すぐに迎撃の為に神殿騎士の力も借りたいとの代官様からの要請であります!!」

神官は捲し立てるように報告を上げると、チャロスの指示を仰ぐようにその場でさらに平伏して床に額を擦りつけた。

それを聞いたチャロスは明らかに嫌そうに顔を顰めてベッドから身を起こす。

「えぇ~、化け物って言ってもたかだか二十匹程度でしょ? 何でうちが神殿騎士まで出さないとならないの? 代官の下には二千人程兵がいたんじゃなかったの? うちの神殿騎士なんか五百もいないのに、それまで駆り出す必要あるのぉ?」

そう言ってチャロスはベッドから立ち上がると、近くの窓辺と寄って外の街の景色を眺めようとしたが、そこには教会の宿舎と大聖堂が見えるだけで、敷地の周囲を高い壁によって区切られている教会の外の風景までは見えない。

それを後ろから見て察した神官は、巨体で背伸びして遠くを見ようとしているチャロスの背中に向かって一つの進言をした。

「チャロス様、教会の塔からならば街が一望出来ます。そこからならば、街の現状を把握するにはうってつけかと! 何卒!」

「えぇ~~、何か起きないかなとは言ったけど、本当に起きなくても良かったのにぃ。しかもこんな面倒なのは本当にやめて欲しいなぁ~」

頬を膨らませてぷりぷりと不満を零すチャロスだったが、平伏したまま嘆願する神官を見下ろしてから溜め息を吐くと、肩を竦めて部屋の扉へと歩み出した。

それに気付いた神官がはっと頭を上げて、枢機卿の背中を目で追う。

そして動かない神官の気配に振り返ると、チャロス枢機卿はぶんぶんと軽快に手招きをする。

「もぉ、さっさと案内してよ! 普段塔なんか登らないんだから道分かんないよ、ボクちん!」

「は、はっ! 只今!」

神官はその言葉に喜色を浮かべて、再び転がるようにして枢機卿を追い抜くと、まるで飼い主を待つ犬の様にチャロスを先導して小走りになった。

チャロスもそんな先導する神官を追って、その巨体から想像出来ない程の機敏さで跳ねるように付いて行く。その様は何処か巨大なカエルのようにも見える。

やがて大聖堂に繋がる形で上へと伸びる尖塔の一つ、その内部に設けられた螺旋階段を上りながらチャロスは息を弾ませて額の汗を拭った。

「はぁ、本当に誰が塔なんて建てようって言ったんだろうね? 別に塔は建ててもいいかも知れないけど、階段は作るべきじゃないよ。登る必要性が生まれちゃうんだから……」

巨体を揺らして文句を並べながらも、しかしそれでも足元をしっかりと踏みしめて階段を上るその姿は、ただの肥満体でないこ事を窺わせた。

むしろ先を進むひょろ長い身体の神官の方が、肩で息をして倒れそうになっているぐらいだ。

まだ塔の頂上部には到達していないが、時折風通しと明り取りの為の窓が階段の脇に開けられており、神官はふらふらと少し先にあるその窓に顔を突っ込んで外を眺めた。

西向きに設けられたその窓からは、ちょうど西日が差して神官の目を晦ませる。やがてその光に慣れると、街の風景が見下ろせるようになった。

そして街の様子を見た神官は驚愕したような顔で振り返り、声を張り上げた。

「チャ、チャロス様! ここから! ここからでも街の様子がご覧になれます!! 奴らです!」

巨大な塔の内部といっても、縦に大きく面積がそれ程広くはないその中で、神官の大声が反響して後ろに居たチャロスは薄い眉を顰めて耳を塞いだ。

「わかった、わかったよ、もう! そんなに声出さなくても聞こえてるよぉ」

そんな文句を言いつつ、チャロスは言われた通りに神官が示した窓に顔を寄せた。

塔の外壁に直接開けられた窓は、外壁分の厚さがあって覗ける範囲はそれ程広くない。だというのに興奮した神官が窓に顔を寄せているものだから、さらに見える範囲は狭くなっている。

チャロスは自らの巨体で神官を押しのけて、顔を寄せ合うようにして窓の外を覗き込んだ。

最初に飛び込んできた西日に目を細めていたチャロスだったが、徐々に目が慣れると街のあちこちに赤い火の手が上がっている事に気付いた。

火の手が上がっているのは街壁に近い付近で、街の中央にある教会からはまだ距離がある。

そして遠くに見える煉瓦で造られた家屋の屋根に、その異様な化け物が姿を現した。

西日の逆光でなのか、黒い影のような姿には首から上が無く、しかし周り家屋との対比からその大きさがここらでも分かる。

その頭のない黒い巨人が、建物の屋根を破壊し、そこから何かを掴みだすと胸に開いた大きな穴に押し込むような仕草をとる。

チャロスがその巨体に見合わない円らな瞳を目一杯に見開き、その様子を眺める。

それは人を掴み取った巨人が、まるで菓子を頬張るように人を食べる姿だった。その数はここからの窓から見えるだけでも四匹は確認出来た。

そしてそんな様子の街から、風に乗って悲鳴と怒号が微かに聞こえて来る。

窓から顔を放したチャロスは、弛んだ顔に窓枠の痕を残したまま神官と顔を見合わせた。

「ふぁぁあぁぁぁー!!!」

いきなり叫び声を上げたチャロスは、もう一度窓に顔を突っ込む。

「ちょっと、何あれ!? ボクちんの街が襲われてるよっ!? どうなってんのぉ!?」

素っ頓狂な声を上げて、再び神官の顔を見るが、神官もそんな事を把握している訳はない。

首を振って応えただけで、チャロスにどう対応すればいいのか問い掛ける眼差しが返ってくる。

「はっ、神殿騎士! とにかく神殿騎士全部出すように言って来て!!」

「は、はいっ!!」

チャロスのその指示に、神官は頭下げる。そして再び頭を上げると、そこには慌てて階段を駆け下りるチャロスの背中が目に入った。

「チャ、チャロス様! 何処へ行かれるのですか!?」

その神官の問い掛けに、チャロスは振り返る事無く返事をする。

「援軍だよ! とにかく援軍を呼んで来るから、君はさっさと──っ!!」

チャロスが返事の途中で足を絡ませ、その勢いで階段を転げ落ちると、向かいの壁に激突してその巨体がゴム毬のように跳ね、そのまま塔の中央部に開いた吹き抜けへと落下した。

「チャロス様!! チャロス様ぁ!!」

慌てた神官は階段の縁に取り付いて、塔の最下部を覗き込む。するとそこにはむくりと起き上がってわたわたと駆け出すチャロスの姿があった。

落ちた高さはほぼ四階に相当する筈だ。

その様子に驚愕の表情を貼りつけた神官だったが、我に返ってチャロスに指示された神殿騎士を招集する為に宿舎へと急いだ。

そして当のチャロスはと言えば、大聖堂内にある地下へとやって来ていた。

薄く暗い階段をひたすら下へと向かうその先には、巨大な金属製の扉が付けられており、その手前には鍵穴のない不可思議な錠前がぶら下がっている。

ここには滅多に人を入れさせない為に、石床の上には埃がうすく積もっており、扉の奥から独特の辛気臭い香りが漏れ出していた。

その大扉の前に進み出たチャロスは、鍵穴の無い錠前に手を触れる。

するとチャロスが魔力を手の平に集めると、上部の取り付いていた太い金属製の棒が外れて、扉の施錠が重々しい音と共に解除された。

金属製の大扉をチャロスが腕で押し開くと、そこには高い天井に壁一面に設けられた棚に加え、大部屋の中にも幾つもの棚が並んでおり、それがチャロスの持つ魔道具の灯りが届かない奥にまでずっと続いていた。

そんな棚の上には黒く塗られた木製の四角い棺桶が無数に並べ、置かれている。

ここは一応、この街の地下墓地という事になっている場所だった。

チャロスはそんな無数の棺桶に視線を巡らすと、棚との間に設けられた通路を足音を響かせながら奥へと進んで行く。

「もぉ~なんでこんな事になったんだよぉ。このままじゃ、タジエントが本当に崩壊しちゃうよ」

そう言葉を漏らしたチャロスだったが、そこでふと何かに気付いて足を止めた。

「まさか、あの本土から来たあいつが何か仕組んだのか!? でも、そうするとここでこいつらを使うと教皇様の命に反対する事になっちゃわないかな!? あぁ~でもぉ」

棺桶の並ぶ地下墓地の真ん中で、チャロスは盛大に独り言を呟きながら頭を抱える。

そして暫くして意を決したように立ち上がると、足早に地下墓地の中央──そこに設けられた祭壇へと駆け上がると、その台座さに置かれた四角い黒色の箱を握り締めて掲げた。

「あぁ、もう鬱陶しい! 黒い奴も、あいつも全部始末して無かった事にしてやるぅ!!」

そう大声で宣言すると、チャロスが右手に魔力を宿す。

すると四角い黒い箱が怪しげな光を放ちは始めた。そしてそれに呼応するかのように、周囲に溢れていた無数の棺桶の蓋が一斉に開き、中から鈍色の全身甲冑姿の騎士が起き上がってきた。

棺桶内入れられていた武器を手に取り、まるで生気を感じさせない動きをするそれらの鎧兵士を眺め回し、チャロスは頷くと再び高らかに箱を掲げて宣言した。

「貴様らに黒い巨人の討伐を命じる! 一匹も逃がしちゃダメだぞっ!!」

その命に、地下墓地内に溢れていた鎧兵士が一斉に動き始めた。

大聖堂の地下深くに設けられた巨大な地下墓地は、地下の通路を通じて、街の各所に置かれた教会の施設と繋がっていた。

そしてそんな通路を利用して、無数の鎧兵士が普段開かれる事のない扉を開いて現れて、そのまままるで蟻の群れのようにして街の各所へと広がり始める。

いきなり教会施設の地下から現れた謎の鎧兵士に、各所に詰めていた少人数の神殿騎士達はそれらの進路を阻もうとしたが呆気なく斬り殺されて、または撲殺されてその屍を晒した。

その鎧兵士の数は実に一万近く。

タジエントの人口の実に三分の一程の数の鎧兵士の突如出現した知らせは、さらに街の中を混沌の渦に落とし入れる事になる。

そしてそんな様子を面白そうに眺めている一人の人物──それは本土の教会から派遣されて来た司祭姿をした男だった。

煉瓦造りの住居の屋根の上に立ち、教会施設の中から溢れるようにして湧き出てくる鎧兵士の姿を眺めて薄い笑みを浮かべている。

しかし鎧兵士達は逃げ惑う住民達を押しのけて、巨人の元へと向かって行くその様子に、司祭姿の男は眉根を寄せて溜め息を吐いた。

「やれやれ、この混乱の状況で住民共を殺すならいざ知らず、巨人の始末を考えているとは。教皇様の命に反してどうするのですか、やはり枢機卿の座に座るには私の方が相応しい」

そう言って悦に入った笑い声を上げると、懐から怪しい光を放つ丸い水晶体を取り出した。

そしてそれを空に掲げると、司祭姿の男が喜悦を浮かべる。

「生者を殺せ! 生ける者を殺し尽し、この街を教皇様に捧げる死者の街とするのです!!」

その言葉に反応したかのように、水晶体が一層怪しい光を強くすると、彼の周囲に居た鎧兵士達の動きが一瞬止まる。そして次の瞬間、手に持った剣で擦れ違う住民を斬り殺し始めた。

そしてそこから地獄が始まった。

足の遅い老人達はすぐに斬り殺されて、道端に屍を晒した。子供を守ろうとした父親が首をはね落とされて、子供の腕の中に落ちた。子供抱いて泣いて震える母親が子供ごと刺し貫かれた。

「ハハハハッ!! そうです、貴方達はこれから教皇様に仕える尖兵となるのです!! あぁ涙で顔を濡らす程感謝されるとは、私も貴方達とこれから道を共に出来ると思うと──!?」

そこまで言って男は不意に後ろに現れた気配を感じて振り返る。

そこには黒髪で尖った獣耳を頭に生やした獣人の少年が跪き、赤い瞳で男を見上げていた。

「あなたですか。巨人の子供と雌を殺し、街へと誘き寄せる──上々の成果です。あとは壁の傍で巨人共に抗っている連中と少し遊んであげなさい」

男は嗤ってそう告げると、顎で行くようにと促した。

それを見て、獣人族の少年──かつて六忍であったサスケは僅かに首肯して、屋根の上を飛ぶようにして駆け去って行く。

その後ろ姿を目で追い、男は再び薄く笑みを浮かべた。

「いい拾い物でした。枢機卿に就いた暁には、教皇様に譲り受けれるようにお願いしてみますか」

そう言って男は眼下に広がる凄惨な地獄へと視線を戻した。