軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

境界都市フェルナンデス1

結論から先に言おう。

料理は少し失敗して終わった──否、料理自体は比較的上手くいって、慣れない環境の中で作ったにしてはなかなかの仕上がりだったと思う。

実際に最初はやや涙目で恐る恐る口にしたアリアンだったが、ピリ辛のトマトソースを用いたアラビアータの美味さに気付いたのか、最後には 悪魔の爪(レッドネイル) をカナダの方でも広められないかと検討していた程だ。

チヨメも少しばかり舌に刺す刺激に最初は驚いていたが、こちらも最後には出した皿を綺麗に平らげていた。

悪魔の爪(レッドネイル) の方も、自分が想像していたトウガラシから大幅に外れる程の辛さではなかったのも良かったのだろう。思っていたより少し辛かったぐらいか。

ただ調理をする際に房の中身を捨てるところをアリアンに見られて、高い買い物をして中身を捨てるのか、と少しばかり問い詰められたりする場面があった。

トウガラシ系の辛味の中心は中身のワタ部分に集約されているので、これを一緒に料理に入れるのはかなりの危険行為だ。

それを証明する為に、 悪魔の爪(レッドネイル) の中身を取って少しアリアンの口に含ませてやると、本気の涙目で無言の睨み抗議を受ける事になった。

その結果、最初のアラビアータの試食の際に、アリアンはかなり警戒してやや涙目になっていたのだが、最終的に 悪魔の爪(レッドネイル) の美味しさに気付いて貰えたのは幸いだった。

ただ自己反省的な点で言えば、調理をする際の竈の火調整は難しい──この一言に限るだろう。

ソースと手製ペンネを合わせる際に火が強すぎて、若干ソースを焦がしてしまったのだ。

辛味の利いたトマトの風味の中に、少し残る焦げた苦みがやや残念さを誘う。

そして意外に上手くいったのはペンネの方だ。

もともとパンなどに使う小麦だった為か、出来たペンネの食感がもっちりとした感じが出ていてかなりいい仕上がりだった。

自分のありあまる膂力を遺憾無く発揮して捏ねたのも要因の一つかも知れないが。

あとは今回判明した火力の問題だが、アリアンの言ではエルフの里に火力を調整出来るコンロのような魔道具があるという話だった。

しかし、物自体はかなり昔に考案されたものの、あまり普及はしていないそうだ。

その理由は単純に 魔石燃料(マナフィオ) を使用するので、薪を使うより燃料代が掛かるという事だった。

それでも火力を調整する機能は魅力的なので、帰ったら社跡に置く為にも一つ購入を検討する必要があるだろう。なにしろ個人的に使用するなら地下の大空洞から燃料となる魔晶石を拾って来るだけで済むのだ、自分にとっては薪よりも効率がいいかも知れない。

そんな今後の 社跡(やしろあと) の調理環境の構築に算段を付けていると、横からアリアンの声が掛かって前へ進むように促された。

自分はそれに頷いて下げていた視線を前へと向ける。

今いるのはプリマスの中央に聳える転移の神殿、その入り口の門を越えた中庭のような場所だ。

既にあの日から二日が経ち、今日はいよいよ転移陣を使ってフェルナンデスへと飛ぶ為にこの場所へと出向いている。

前回手渡されていた旅券の割符を提示し、残金である半額を支払って、今は転移陣へと入る最終の検閲の為に並び待ちしている段階だ。

検閲の為に手元にある温泉水入りの水筒と脱いだ兜を小脇に抱え、時折水分補給しながら前の列が進むのを待っている。

全身鎧の褐色エルフとダークエルフのアリアン、そしてチヨメと精霊獣のポンタの組み合わせは周囲の耳目を集めるのか、常に人の視線を向けられていた。

そんな中でようやく自分達の出番が回ってきて、簡単な質疑応答の後に神殿内へと入る様にと促された。

神殿の外見は幾つもの尖塔やらが聳え、複雑な形を成している様に見えたが、神殿内から見た造りは比較的単純で、四角い巨大な箱型のホールの上には半円状のドーム型の天井が乗っている様な形だった。そしてそんな屋内の壁面には精緻なモザイク画で様々な動植物が躍動感溢れる姿で描かれ、全面を色彩豊かに彩っていた。

「見事なものだな……」

技術と芸術の粋を集めて造ったようなその造形を見上げながら、ただただ観光地を訪れた観光客のような感想が口から漏れる。

中央には四本のオベリスクの様な飾り柱が立ち、それらを角にして四角形の祭壇のような場所が置かれ、四方にはその祭壇へと上がる階段が設けられていた。

そしてその祭壇の上には荷物や従者などを従えた身形の良さげな者達が、転移陣の起動までの間思い思いの人達と言葉を交わしている姿が見られる。

転移陣の利用にはそれなりの金額が掛かるようなので、恐らく裕福な者達が中心なのだろう。

ただそれでも徒歩で二十日も掛かるところを一瞬で移動できるとなるとそれなりに利用人数は多いようで、祭壇の上には多くの人がその時を待っていた。

自分達もその神殿中央に置かれた祭壇へと上がる階段を登ると、一瞬此方へと人々の視線が集まるが、すぐに神殿内で鐘の音が鳴り響いて歓談していた人々の声が途切れる。

「定刻になりました! 境界都市フェルナンデスへの転移陣利用者は速やかに中央転移陣内へと移動願います!」

福引所の当たり鐘のように手に持った鐘を鳴らしながら、転移陣の管理員と思われる者が大声で神殿内外に転移陣の起動を告知し始めた。

場内が少しざわつく中、鐘が最終通告のように激しく打ち鳴らされる。

するとすぐに祭壇の床一面に描かれていた巨大な魔法陣が光り輝き、辺り一面が眩い光に包まれて思わず目を細めた。

エルフの里の転移陣同様に、足元に一瞬の浮遊感を味わったと思うと、急速に周囲の光が収まりはじめて周辺の景色がぼんやりと目に入って来る。

そこは元居た神殿と広さはあまり変わらないようだったが、その内装は異なり、少々簡素な装飾に変わっているようだった。

どうやら無事に転移が済んだようだ。

「あいかわらずこの転移での移動の利便性はすごいの一言ですね……」

そこへ周囲の景色の違いを確かめるように、視線を巡らせていたチヨメがそんな感想を漏らす。

その彼女の意見には大いに同意せざるを得ない。

「人数や移動させる物の容量で転移陣起動に要する 魔石燃料(マナフィオ) の消費が上がっていくから、思っているほど融通が利かないのが難点だけどね。里の転移陣も、基本は一回の利用人数は五人程までに抑えてるし……、その点で言えばアークの転移魔法はちょっと常軌を逸しているわね」

隣に立って半眼で此方を見つめてくるアリアンの視線の先、そこには今朝早くに北大陸にある 龍冠樹(ロードクラウン) の麓に湧く温泉から汲んできた温水の入った水筒が手元にぶら下がっていた。

それは、自分が使う事の出来る長距離転移魔法の【 転移門(ゲート) 】が、大陸間の移動をも可能だったという証左でもあった。

大陸間の距離は船で一日、しかしそれはエルフ族の所有する快速船である事を考慮するならば、少なくとも北と南の大陸間の距離は数百キロは離れている筈だ。

その距離を瞬時に移動できるとなれば、確かに常軌を逸した能力だと言っても過言ではない。

ただ体感的に言えば、大陸間の長距離転移はそれなりの魔力消費があるという事が分かった。

ゲームではどんな場所へと飛ぼうが消費する魔力は同量だったが、この世界では距離に比例して魔力消費が加算されるという事は、自分の転移魔法もこの神殿の転移陣と然程大きくは違わない、という事なのだろう。

「まぁ大陸間の移動が楽になったのだから細かい事はいいではないか」

そう言って笑いながらアリアンの視線を躱しつつ、他の人々が次々と祭壇にある階段を下りて行く流れに自分も続く。

神殿の扉を出て、簡易的な検閲を済ませてから外壁に設けられた門を潜ると、そこは港街のプリマスとよく似た広場だった。

しかし広場の先に見える周囲の景色はプリマスとは随分とその趣を異にしている。

賑やかで雑多な街並みが特徴だった商業の港街のプリマスと違って、街の周囲を取り囲むようにして遠くに高い街壁が聳え、中の建物も武骨な造りが多いこの境界都市と呼ばれていた街は一見して城塞都市といった雰囲気だ。

恐らく境界都市と呼ばれるからには、何処かとの境界を接している為に街全体が防衛の構造を取っているのだろう。

心なしか街を行き交う獣人達も体格のいい、少しガラの悪そうな者達や兵士のような出で立ちの者の姿が目に付く。

「とりあえず、虎人族と会える場所を聞いてみるか」

小脇に抱えていた鎧兜を被り直して後ろを振り返ると、後ろを付いて来ていたアリアンとチヨメが頷き返して賛同の意を示してきた。

チヨメの胸元に抱えられていたポンタは後ろ足をぶらぶらとさせながら、プリマスとは違う街の臭いを確かめる様にしきりに鼻をひくつかせている。

港街だったプリマスと違って潮の香りがしないのは、内陸にあるからだろうか。

とりあえず手近にものを聞く人物を探るように、周囲の人の顔を眺める。

広場を抜けて近くで露店を開く男に声を掛けると、此方を胡散臭そうな目で見上げてきた。

「すまぬが、この近くで虎人族に会える場所を知らぬか?」

そう言って手に持った革袋から一枚の金貨を取り出して見せると、相手の男は喜色を浮かべて此方の問いに応じた。

「あぁ、虎人族ですかい? そういや最近とんと姿を見かけないですなぁ」

「……そうか」

特に大した情報でもないと判断して、手に持った金貨を握り込んで男から視線を切ると、男は慌てて眉間に皺を寄せて言葉を続けた。

「そ、そうだ、旦那! 確かこの先の南の街壁傍で厩舎を持っている乗騎売りの奴が虎人族の乗騎を拾ったって話をしてた!」

「ふむ?」

此方は虎人族を探しているのであって、虎人族の乗る 乗騎(うま) を探している訳ではない。

露店の男を見返しながら、手に握り込んだ金貨を僅かに見せてその意味を視線で尋ね返した。

男は此方の隣で話の成り行きを見守っているアリアンへと視線を向けると、独り何やら納得した様に頷いて口を開いた。

「結構な重鎧被ってるから分からなかったが、旦那はエルフ族なんですかい? それならあまり事情を知らないのは仕方ないですね。その虎人族の乗騎は 疾駆騎竜(ドリフトプス) ってデカイ奴なんですがね、あれは虎人族が成人した時に与えられる一生もの 乗騎(うま) で、滅多な事で失ったりするもんじゃねぇんですよ。それこそ失うなんて不名誉はあの部族の男にとっては死活問題なんですよ」

男がそこまで話をして自分も何となくだがその話の内容が理解できた。

「成程、虎人族ならば失った乗騎を探して必ず姿を現す筈だと?」

「ええ。それにその厩舎の主は時折、虎人族の乗騎なんかも取り扱ってるらしいんで、虎人族の事情なんかにも明るいと思いますよ。いや、本当に!」

露店の男が勢い込んで頷くのを見返し、浮かべる期待の眼差しに応えるように手に持っていた金貨を指で弾いて男の手元へと飛ばす。

喜び浮かれる男から視線を外して振り返ると、何やら納得のいかないといった風の顔のアリアンと目があった。

「そんな情報に払い過ぎじゃないの?」

「情報の価値は人それぞれ……、我にとっては必要経費の内だ」

そう言って返すと、彼女は呆れたように肩を竦めた。

男の情報では、この街でも虎人族の姿を最近見る事は無くなっていたという話だった。原因は分からないが、虎人族の事情に明るいというその厩舎持ちの乗騎売りの話を聞く価値は十分ある。

最悪、この街で虎人族と会えなくても、自ら虎人族が縄張りにしているというクワナ平原へと直接足を運ぶのも悪くないだろう。

「ではとりあえず南の街壁傍にあるという厩舎を探すとするか」

荷物を担ぎ直し、次の目的地へと意気揚々と歩き出すと後ろから不意にチヨメの声が掛かった。

「アーク殿、南はあちらですよ?」「きゅん!」

その声に素早く向きを変えて、彼女が示した先の道と方角に視線を向ける。

新しく来た街なのだ、少しくらい方角を間違う事はよくある事だ。

アリアンのやや冷たい視線を躱して、自分は足早に南に聳える街壁方面へと向かった。