軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

(20)

(バカにしないで……)

強い憤りを感じたが、意外にもそれは最初だけで、フェリシアはすぐに、不思議なくらい冷静になっていった。

ゆっくりと衝立の向こう側に歩いてゆく。

トビーが気づいて「あっ」と声を上げた。

こちらに背を向けているサイラスに必死で目配せするが、サイラスはすっかりいい気になったまましゃべり続けている。

「フェリシアは確かに美人だし、頭もいい。家柄だって申し分ない。僕にふさわしい婚約者だって誰もが言うのはわかるよ。だけど、正直なところ、僕ならもっとピッタリ合う人が、ほかにもいる気もするんだよ」

「サイラス……」

「なんて言うのかな、自分の考えを持ってるのは構わないけど、もっと僕を立てると言うかさ。なんでも自分が正しいと思って、偉そうにされるのが、ちょっとムカつくというか……」

「さ、サイラス……!」

ニールも気づいて慌てて小さく指をさす。

「サイラス、後ろ……!」

サイラスが振り向く前にフェリシアは言った。

「だったら、そういう人を探したら?」

「え……っ!」

ぎょっとした表情のサイラスが、恐る恐るという様子でゆっくり振り向いた。メイジーは口元を両手で覆ったが、小さい目の奥には、どことなく楽しんでいるような光が浮かんでいる。

「サイラスの考えはよくわかったわ。お父様たちに相談して、今回の話はなしにしていただきましょう」

「え。こ、今回の話を……? なしにって……?」

フェリシアは顔に笑みを浮かべて、はっきり言った。

「婚約を破棄しましょう」

サイラスが固まる。

「婚約を破棄? ま、待ってくれ、フェリシア……」

「あら、どうして? さっき、あなた自身がそう言ってたのを、聞いたわよ?」

「あ、あれは……」

冗談だ、と弱々しく口にするサイラスを一瞥し、フェリシアはくるりと背を向けた。

席に戻ると、ちょうど泡立てたクリームを載せたコーヒーが運ばれてきた。

それを優雅な仕草でゆっくりと口に運ぶ。

向かいの席で小さくなっているカーラに「気にしないで、いただきなさい」と促して、にっこり笑った。

サイラスたちの席は、葬式かとツッコミたくなるくらい、急に静かになった。

メイジーが「あんなこと言われて……、いいの?」と聞いている声が、かすかに聞こえる。

トビーやニールがどんな顔をしているのかはわからない。

サイラスは焦っているはずだ。

婚約を破棄して困るのはヘイマー家なのだから。

でも、プライドの高いサイラスは、フェリシアに謝りに来ることができない。

二人きりの時ならなんとしてでも許しを得ようとしただろうが、仲間やメイジーがいる今は、プライドが邪魔して、そんなことはできないのだ。

(謝りに来たところで、無駄だけど)

フェリシアは投げやりな気分で思った。

なんだか、全部がどうでもよくなってきた。

父や母や周囲のみんなが喜んでくれるとか、学園の友人がうらやましがるとか、ちょうどよい年まわりだとか、家柄の釣り合いだとか、貴族の娘としては、かなり恵まれた条件の結婚なのだとか、そういったものが全部、どうでもいいことに思えた。

どれも大事なことだと思っていたし、そうであるに越したことのないものばかりだけれど、あんなふうに思われているのなら、それらは全部、意味のないことだと思った。

サイラスとフェリシアの結婚には、どうしたってヘイマー侯爵家の借金が関係してくる。

サイラスはどこかで自分は犠牲になったと考えていたのだろう。長男でありながら婿養子に入らなければならなくなったことも、エアハート家からの援助が必要で仕方なく受け入れたのだ。

いつもサイラスはフェリシアに優しい態度を取っていた。

しかし、そこに愛情はなかったのだ。

そのことがわかっても、自分が少しも傷ついていないことにフェリシアは気づいた。

もし、フェリシアがサイラスのことを本当に好きだったなら、愛されていないと知った今、もっと傷ついてもいいのではないだろうか。

あるいは、サイラスに気に入られるために、自分の悪いところを直す努力をしようと考えたかもしれない。

フェリシアは、自分は一切悪くないなどとは思っていない。人並みに欠点はあるし、言葉や態度に十分な気配りが足りないこともあると思っている。

いつも完璧な優しさを示せているなどと、うぬぼれてはいない。

メイジーに腹を立てれば友人たちと一緒に距離を置くし、バーニーのことをサイラスが面白くないと思っているのを知っていても、特別なフォローを入れるでもなくパーティーに参加する。

もっと人間ができている人なら、フェリシアとは違う行動を取ったかもしれない。

それでも、サイラスのために自分を変えようとは思わなかった。

自分を変えてまで、サイラスやメイジーと仲よくやっていこうという気になれなかったのだ。

「カーラ、私は聖人ではないのよ」

フェリシアが苦笑すると、カーラはミルクと砂糖がたっぷり入った甘いコーヒーを飲みながら、「でも」と言って小さく笑い返した。

「ズルいこともしてないと思います」

「そう?」

「はい。理由もなく、意地悪をすることもありませんし、嘘もお吐きになりません。私にとっては、とてもよいご主人です」

フェリシアは頷き「ありがとう」とつぶやいた。