軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

森の翁

領地で最も身分の高いアレクセイとエカテリーナだが、爵位継承の祝宴という公的な場では、招待客に声をかけたり挨拶を受けたりの順序は、側近や領地の重鎮など、それなりの序列に添わねばならない。

声をかけてもらおうと二人を囲む人々も、おおよそは次が誰かが解っていて、さっと通り道をあけたりする。むしろアレクセイの代における領内の勢力図を把握するために、ここに陣取っている者もいるのだろう。

そんな、周囲を取り巻く人々がざわついていた。

「お下がりなさい、ここはおまえのような者が立ち入ってよい場所ではないわ!」

カン高い女の声が響き渡って、エカテリーナは思わずそちらへ目を向ける。

叫んでいたのは知らない女だ。だがその鮮やかな緑色の髪に、どこか見覚えがあるような。というか、アップにまとめた髪を、後ろで縦ロールにして垂らしている……。

「アレクサンドラ様がここにおられたなら、おまえなど鞭で打って放り出されることでしょう。侍女としてアレクサンドラ様の一番近くにお仕えしたこのわたくしが、いやしい者が出入りしてユールノヴァ城の品位をおとしめることなど許しません!」

うわあ。

そーかー、クソババアの侍女だったんかー。そしてどう見てもアレの母親で、つまりアレの妻、ノヴァダイン伯爵夫人かー。

クソババアの侍女って、こんなんばっかりだったんやろか……。嫌な職場だなー。いやそもそも、主人がアレってところで終わってるか。

げんなりしているエカテリーナだが、傍目にはどう見えたのか、アレクセイは妹を守るようにその細い肩に手を回し、騒ぎのほうへ静かに声をかけた。

「フォルリ翁」

騒いでいる伯爵夫人を黙殺して、アレクセイの側近の一人、森林農業長バルタザール・フォルリが進み出る。

ここに集った上流階級の人々、白い顔と白い美しい手を持つ者たちとはかけ離れた、日焼けした肌にがっしりとした荒れた手。深い皺の刻まれたその顔はしかし、威厳に満ちている。老齢に達しても背筋の伸びたその姿には、古武士のように威風堂々たる風格があった。

そしてその手に手を重ねる、長身の女性。

フォルリと同じく老齢だが、若き日の美貌を充分に感じさせる凛然たるたたずまい。肌の色は夫と同じほど日に焼けて褐色に近く、細身の身体は引き締まって力強い印象がある。長い白髪は飾りを挿しただけで結ってはおらず、風変わりな衣装はとても色鮮やかで、形はゆったりとしたエンパイア風……というよりモロッコ付近の民族衣装カフタンドレスのような、エキゾチックな雰囲気だ。

この女性が、フォルリさんの奥さん。森の民の長!

森の民とは、公爵領の森に暮らす少数民族。定住せず森の中を移り住み、他の人々とあまり交流しないそうで、いろいろな伝説に彩られている。そのせいで、恐れられたり、差別の対象になったりすることもあるようだ。由緒正しい侯爵家の三男だったフォルリは、彼女と結婚したため、実家から縁を切られたらしい。

……だから、縦ロール夫人がギャーギャー騒いでるのか。皇国の身分秩序の外側にいる存在だから。

「若……いえ、閣下、お嬢様。祝着至極に存じまする」

フォルリが妻とともに一礼し、アレクセイは微笑した。

「若君でいい。お祖父様の親友だったお前なら許そう」

「今宵は閣下とお呼びいたしまする。それに近頃、いっそう頼もしくなられたように思いますゆえ、もう若君とお呼びすべきではないのかもしれませぬ」

フォルリの言葉は思いがけないものだったようで、アレクセイはネオンブルーの目を見開く。穏やかに言った。

「以前はフォルリ翁では仕方がないと思っていたが、もう呼ばないと言われると何か寂しい気がしてくる。おかしなものだ」

フォルリの皺深い顔がほころぶ。

「その、余裕でございます。張りつめておられたものが和らいで、お強くなられた」

「……自分ではわからないが。そう見えるなら、女神の加護を得たおかげだろうな」

そう言って、アレクセイは傍らの妹を見て微笑んだ。

目を見開きながらも、エカテリーナは兄に微笑みを返す。

なんか領地で臣下の皆さんにシスコンを披露させてしまって、内心申し訳ないですが。お兄様のシスコンを、フォルリさんがなんか素敵に解釈していただいて恐縮なんですが。

でも、張りつめたものが和らいだって、そう感じてもらえているのは嬉しいです。本当にお兄様の助けになれるには、私はまだまだなんですけど。気持ちの余裕に役立てているとしたら、とっても嬉しい。

「お嬢様、我が妻女アウローラをご紹介いたしまする」

フォルリの言葉に、エカテリーナは顔を輝かせる。わーい、お話ししてみたかったです!

「お会いできて嬉しゅうございますわ」

だがエカテリーナがそう言いかけたところへ、声がかかった。

「どうかお待ちを!」

人波をかきわけるようにして現れたのは、あの縦ロール夫人だ。

――誰がちょっと待ったコールをやれと言った。アンタはどこの紅鯨さんだ。

前世アラサーにしては、発想が古いエカテリーナであった。

そんなエカテリーナの内心など夢にも知らず、縦ロール夫人はアレクセイに、さすがに見事な跪礼をとる。

「閣下、分家筆頭ノヴァダイン家の者として、生命を賭けて諫言いたします!」