軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

公爵家のおもてなし

「それでは、楽しくお過ごしだったのですね」

週明け。女子寮から教室へ向かう道すがら、尋ねられて兄と出かけた日のことを話したエカテリーナに、フローラは微笑んで言った。

「ええ!ずっとお兄様にエスコートしていただいて、それはそれは楽しい一日でございましたわ」

うきうきとエカテリーナは答える。

その翌日が濃すぎて、お兄様とのデートがちょっと印象薄くなった気はするけど……。

でも素敵な一日だったのは確かだよ、うん!

「エカテリーナ様は本当にお兄様と仲良しですから、見ていてわたしまで楽しくなります」

あー、美少女の笑顔に癒される。

フローラちゃん、ええ子や。あなたも天涯孤独なんだから、たった一人でも家族がいるのを妬んだりしてもおかしくないのに、そんなこと少しもないんだもんな。

なお、皇都で生まれ育ったフローラは、週末は自分を引き取ってくれた男爵夫妻のところへ帰宅している。料理上手な夫人から、お昼に作るのに良さそうなレシピを教わってきてくれたりするのだ。

「今週末は、邸にご一緒くださいましね。薔薇もまだ綺麗に咲いておりましてよ」

「はい、ありがとうございます。公爵家のお邸にお招きいただけるなんて、とても楽しみです」

心底嬉しそうにフローラが言う。

そう、せっかくの薔薇の季節だし、試験で一位二位という成績を取れたのは一緒に勉強したおかげだし、ということで、エカテリーナがフローラに皇都公爵邸へ遊びにきてと誘ったのだ。

「皆様もご一緒ですから、にぎやかで楽しくなりますね」

フローラへの誘いを聞きつけたマリーナ達が、なんてうらやましい!と口々に言うものだから、ではご一緒にどうぞと言ったらさらに希望者が増え、今や来たい方はどなたでもどうぞという話になっている。クラスのほとんど、さらにそれ以外まで、やって来そうな勢いだ。

なにしろ皇帝陛下が観賞された薔薇園。見られるものなら見たいと思うのは、当然かもしれない。

行幸という大イベントを終えたばかりの邸の皆に負担をかけるのは申し訳なかったけれど、執事のグラハムは、ユールノヴァ公爵邸は『小規模な』パーティでもクラス全員より大人数をもてなしてきたので、それくらいならいつでもどうぞと素敵な笑顔で言ってくれた。

すごいなウチ。今さらだけど。

そしてその翌日には、ムラーノ工房でレフ君と会うことになっている。

昨日あっさりムラーノ工房を買ってもらえることになったので、さっそくレフ君に知らせた。報連相は迅速に実施すべし。

知らせに行ってくれたミナによると、レフ君は喜ぶより呆然としていたそうだ。うん!その気持ちはよくわかるよ!……私も未だに若干呆然としてるよ……。

と、とにかく週末までに、ムラーノ工房の権利を持っている金融業者にハリルさんの部下がコンタクトを取って、サクッと工房を買い取ってくれることになっている。そしてレフ君には、ガレン工房を抜けてムラーノ工房へ戻ってもらう。週末には、あらためてガラスペンの詳細をつめる打ち合わせをするつもり。

……お兄様に大金使わせて買ってもらった工房で作ったプレゼント……って、微妙かもだけど。でもこの世界にはない珍しいものだし。プレゼントしたあとは商品化して、工房を黒字化できるようにレフ君と頑張ろう。

なんか忙しくなってきたけど、お兄様のためなら、いくらでも頑張れるもんね!

そしてその週はあっという間に過ぎ、週末。

皇都ユールノヴァ公爵邸の薔薇園では、四、五十人もの少年少女が行き交って、咲き誇る薔薇の花々に感嘆の声を上げていた。

「そよ風が薔薇の香りで一杯ですわ!」

はしゃいだ声を上げて、マリーナが深呼吸する。一緒にいたフローラ、オリガも、ふふっと笑って同じく深呼吸した。

「本当に素敵なお庭ですね。こんなに色々な種類の薔薇を一度に見たのは初めてです。噴水も、東屋も、何もかも優雅で夢の国のよう」

「楽しんでいただけて何よりですわ」

楽しげに言うフローラに、日傘の下でエカテリーナは微笑む。

ちなみにこの日傘、当然のようにミナが開いて差し掛けてくれたのを、わたくし自分で持つわと主張してどうにか受け取ったものだ。乳母日傘ってやつだよ。恥ずかしいからやめて。

「うちとはえらい違いだな。うちの庭なんざほぼ馬房だから、深呼吸したら吸い込む臭いが……ぶっ」

マリーナの隣でしみじみと言いかけた彼女の兄ニコライが、みぞおちに一撃くらって咳き込んだ。

「こんな素敵な場所で何を口走るおつもりですの⁉︎やっぱりお兄様なんか簀巻きにして置いてくればよかったわ!」

「簀巻きとか口走るな阿呆!猫を被る気あるのかお前は、おふくろなら一発入れてもオホホとか笑ってるぞ」

「お兄様が下品なことおっしゃるからでしてよ!この妖怪猫はがし!」

魔獣や魔物は現実に存在するこの世界だが、実在があやしい想像上の生き物というのもあって、それを妖怪と呼ぶ。

ま、猫はがしは想像上の生き物と言えるかどうか疑問だが。

なおニコライが一緒にいるのは、アレクセイからよければ君も来てはどうかと誘われたからだ。喧嘩するほど仲の良い妹が心配だろう、という配慮らしい。

「我が家にも馬房はございましてよ。花にお飽きになりましたら、よろしければ馬たちをご覧になって。武人でいらっしゃるなら、剣や槍などにご興味がおありかしら。我が家の開祖から伝わる武具をお目にかけますわ」

アレクセイが級友に自分から声をかけるのは珍しいと知っているから、エカテリーナは張り切ってニコライをもてなすつもりでいる。

「あれは一見の価値があるね。僕も久しぶりに見てみたい」

問題の声がして、エカテリーナは若干口元がひくつくのを押さえられなかった。

なんで君が紛れ込んできてるんだ皇子ー!

うちの庭なら君はこないだじっくり見たろうが、クルイモフ家の馬車にクラスメイトと混じって皇子殿下が便乗してるって、おかしいから!

まあクルイモフ家の馬車が公爵家に到着して、その周りを四騎の皇国騎士団の騎士が警護しているのを見た瞬間から、もしやと思ってはいたけれども。

なんとも言えない表情のクルイモフ兄妹に続いて馬車から降りてきた皇子がしれっと『やあ』って言った瞬間、全力で『なんでやねん!』ってツッコミたくなったぞ!

皆様なるべく馬車を乗り合わせて来てくださいと言ってあったけど、それは貴族間にも経済格差はあって、みんなが皇都に馬車を持ってるわけじゃないから、持ってる人はない人を乗せてあげてね、を分厚いオブラートにくるんで言ったんだよ。君のお忍びに都合が良いように言ったわけじゃないっつーの。

君が来るなら先触れよこして、警備態勢とか整えないと駄目だろー!

……という内心の叫びをぎゅっと堪忍袋に押し込めて、エカテリーナはきらきらしく微笑んだ。

「まあ、ミハイル様はご覧になったことがおありですの?」

「うん、昔。君のお祖父様がいらした頃、アレクセイを訪ねてきたら、見せてくださった」

やっぱお祖父様の頃かー。

と、ミハイルは不意に声のトーンを落とした。

「……エカテリーナ、急に来てごめん。でもここなら警備はしっかりしているし。僕も一度、みんなと気楽に散策してみたかったんだ」

う……。

そ、それは。君は生まれついてのロイヤルプリンスで、周囲が気軽にできる外出とかもなかなか出来ない身だってことは、理解してる。

学生である今が一番気楽な立場で、公爵家がどなたでもどうぞなんて皆を招いた今日は、君にとって『皆と同じ』ができる貴重な機会なの……かな?

そういえば君のお父上、皇帝陛下は、学生時代に意中の女性を振り向かせようとお祖父様の協力で一緒にレストランで食事したりしたそうだけど、ある程度安全なところなら皇子も学生のうちはプラプラしてもいい……のかも?

「それに、この前は母上に君を独占されたからね。僕も、もう少し君と話したい」

え、なんで?

外交とか貿易とかのこと、いろいろ聞けてすごく勉強になったけど。君がそういうこと知りたいなら、皇后陛下と直接話せば良くない?

微笑むミハイルに、エカテリーナはひたすら疑問符を飛ばす。

「あら。エカテリーナ様、執事の方が」

はっ!そうだった!

フローラがかけてくれた声に、エカテリーナはすぐさま反応した。

こっちから指示しないといけなかったのに。でもグラハムさん、さすがのタイミング。

近すぎず遠すぎずのベストな距離感で、執事として完璧な角度でお辞儀しているグラハムに、エカテリーナは感謝を込めて微笑んだ。

「グラハム、飲み物の準備はできていて?」

「はい、お嬢様」

「ではお出ししてちょうだい。殿方にはお茶うけを多めにお出ししてね」

「かしこまりました、そのように」

銀髪の執事は一礼し、片手を上げて合図する。それだけで、邸の近くに控えていたメイドや給仕たちが整然と動き出した。芝生の上にテーブルや椅子が運び出され、真っ白なリネンがかけられて、飾りのように菓子が盛られた大皿やティーセットが並べられてゆく。

彼らのもとへ下がってゆく執事を見送って、オリガがほうっとため息をついた。

「さすがユールノヴァ家ほどの名家になると、執事も品格が違いますね」

「執事の理想そのものですわね。代々名家の執事を務める家柄があると聞いたことがありますけど、もしやそちらの出身かしら」

マリーナに尋ねるような視線を向けられて、エカテリーナは首を振った。

「グラハムの家柄は存じませんの。わたくしにはグラハムは、ずっと当家にいて見守ってくれてきた、守護精霊のように思えますのよ。それほど頼りに思っておりますの。

さあ、皆様。よいお天気ですから、喉がお渇きではありませんこと?野薔薇のお茶もご用意しておりましてよ、お試しくださいまし」