軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

共闘

悲鳴を上げて、生徒たちは実習場から逃げ出した。

そらそーだ!早く逃げて!

こんなん怖すぎだよ、前世でゴールデンレトリバーがノーリードでうろうろしてるのと出くわした時でさえちょっぴりビクってなったのに、グリズリーサイズのガチ肉食獣が殺る気マンマンで睨んでるって。ゴールデンレトリバーの一億倍怖いわ、恐怖の化身だわ!

逃げる女生徒の一人が、足がもつれて、倒れた。パニック状態で這いずっている。

それへ、魔獣がずいと身を乗り出した。ニタリと笑うかのように、尖った三列の牙がずらりと並ぶ口を開く。

その鼻先に、ゴッ!と音を立てて土壁が盛り上がり、魔獣と女生徒との間を隔てた。

グルル……と不機嫌に唸るや、魔獣は頭の一振りで土壁を粉砕する。その間に倒れた女生徒は、立ち上がって実習場の外へ逃れていた。

魔獣は頭を巡らせ、こちらを睨む。黒一色の瞳に見て取れる、鈍い怒り。

解るんだね……土壁を作った魔力が誰のものか。

ええ、逃げてません。全員逃げたらコイツが校庭や校舎まで追ってくるだろうから。

正直、めっちゃ怖い!足の震えがえらいことになってますよ、怖すぎて涙目だよ!

スマホの画面で見るのとは違いすぎる、同じ世界で隔てるものもなく、巨大肉食獣から殺気が吹き付けてくるんだよ。捕食者と捕食対象で檻も堀もなく向き合うなんて、前世でも一度も経験ないよー‼︎

でも、知ってたんだから!準備してたんだから!

同級生たち、ほとんど十五歳だよ。ほんの子供だよ。こっちはアラサーだからね。大人だからね。

守らんでどうする!

だから、逃げてやらねえ‼︎

家庭教師のマルドゥ先生は、手紙でこうアドバイスをくれた。

『お嬢様、お尋ねの魔獣に遭遇した場合の対処法ですが、土属性の場合はまず可能な限り大きなゴーレムを生成して魔獣を威嚇することが推奨されています。魔獣の性質によっては、自分より大きい生物には逆らわず逃げますので、それを試みます』

逃げてくれそうもないけどね……。

でも、やってやる!

地面に魔力を流す。土は応えてくれる。泉の底から水が湧くように、土はぼこぼこと盛り上がって人の上半身の形を取る。その大きさ、三階建の家くらい。

拳を形作り、振り上げる。

ゴーレムの向こうから、轟くような咆哮が聞こえた。

跳躍した魔獣がゴーレムの拳を打ち砕き、ゴーレムの頭上に降り立って、再び咆哮する。

その目が、射抜くようにエカテリーナを見た。

睨み返したる。

涙目だけどな!

一気にゴーレムを崩す。落下した魔獣の上に土塊が降り注ぐ。

しかしすぐに魔獣は身ぶるいひとつで土塊を弾き飛ばし、太い前脚を一歩踏み出した。

来るか?

あああ近いよ怖いよー!

でも迎え討ったるー!

魔獣が地を蹴った、

その時。

キンーーーと魔力が張り詰めた。

魔獣の前に、きらめく盾が出現する。体長およそ三メートル、体重はおそらく三百から四百キロもあろうかというダークグレーの巨体が、その盾に弾き返され、地に転がった。

盾も地に落ち、ひやりと冷気が吹き寄せる。この盾は、氷だ。

水色の髪の長身が、実習場の入り口に現れていた。

「エカテリーナ!」

お兄様ーっ!

わああん、来てくれたー!

新たな敵と見て取って、魔獣はアレクセイへと向き直る。

ネオンブルーの瞳に強い光をたたえて、アレクセイは魔獣を見据えた。そこに怖れは微塵もない。そして彼の内に湧き上がる、圧倒的な魔力。

アレクセイが右手を一振りした。

ドンッ!

魔獣の身体を貫いて、氷の槍が出現する。

氷を投げて貫通させた訳ではない、魔獣の体内に魔力で凍気を生じさせ、生み出したものだ。難しい魔力制御を完璧にやってのけて、魔獣を体内から引き裂いた。

凄い!

お兄様強い!かっこいいいいいー!

さすがの魔獣もぐらりとよろめいた。

しかし、再び咆哮して身を震わせると、氷槍が折れる。青黒い血が吹き出したが、ぴたりと止まった。

マルドゥ先生のアドバイスを思い出す。

『魔獣は他の生き物と全く違い、体内の魔核を破壊しない限り死にません。魔核は通常は心臓にありますが、そうでない個体も珍しくありません。足の先や尾などに魔核があった事例もあり、心臓を攻撃しても魔核が破壊できない場合、破壊は諦めてなんらかの方法で動きを封じるべきです。

そもそも土属性の魔力では魔核の破壊は難しいため、地中に閉じ込めて動きを封じることをお勧めします』

アレクセイの攻撃で心臓は破壊できたはずだが、魔核はそこになかったのだろう。

ならば地中へ閉じ込めて動きを封じる手。でもこんな敏捷な奴、閉じ込めるなんてできるか?やるしかないけど!

と。実習場にある噴水の水が高く噴き上がった。

大量の水が魔獣の頭上から降り注ぐ。

それが、アレクセイの魔力により凍り付いた。

水ーーーそうだ、水属性の魔力の持ち主といえば。

実習場の入り口に目をやれば、アレクセイの隣に、やはりの夏空色の髪。ミハイル皇子が、初めて見る怖いほど真剣な表情で、アレクセイに勝るとも劣らない魔力を放って佇んでいる。

ノーブル&ロイヤルな超イケメンが二人並んで共闘!激萌えやー!

二人の前でもがき暴れて頭部を覆った氷を砕こうとする、体長三メートルの魔獣さえいなければな!

どれだけ二人が素敵でも、怖くて魔獣から視線を切れませんわ!地響きすげえ!

だがミハイルはただ水を供給するだけでなく、魔獣が身を縛る氷を砕くたび、水を槍のように叩きつけて魔獣の巨体をよろめかせ、攻撃を封じては再び氷に閉ざそうとしている。見事な魔力制御ぶりだ。

アレクセイもミハイルも、魔獣への対処を心得ているのだろう。戦った経験すらありそうだ。

二人とも皇国最高クラスの身分なのに、なんで経験値高そうなんだ。本当に凄い!

気付けば、魔獣の周囲の地面がすっかりぬかるんでいる。

ならばーーー。

土以外の要素が混ざる泥濘は扱い難いが、魔力を振り絞る。泥がずるりと魔獣の身体を這い上がり、凍気がそれを凍らせる。凍土の硬さはコンクリート並みと言われる、動きを封じる効果は氷より上のはず。

さらに、暴れる魔獣の足元から、ごそりと土をよける。落とし穴に落ちたように魔獣が沈む。避けた土は、魔獣が振り落とすより早く凍土の上にさらに重ねて、もがく動きすら許さない拘束へと変えてゆく。

いつの間にか、肩で息をしていた。ううーしんどい!

けど、やれる。もう少しできっと。

いつしか、魔獣は全身を完全に凍土に覆われていた。

もう、動かない。動けない。

かーーー勝った。

かな?

その瞬間。

ビシ!と亀裂が入る音が響き渡った。

グオオオオーーー!

怒り狂った咆哮が轟き、後足で立ち上がった魔獣から割れ砕けた凍土が剥がれ落ちる。

ダークグレーの巨体が、アレクセイとミハイルめがけて跳躍した。

やめてーーーー‼︎

とっさに魔力を放ち、二人の前に土壁がそびえ立つ。

だがーーーまるでそれを読んでいたかのように魔獣は土壁に降り立って、

それを蹴ってさらにはるかな高さまで跳躍し、

その高さから、くわっと牙を剥いて狙いをつけた。

エカテリーナめがけて、落下して来る。

(え……)

頭が真っ白になった。

『飛翔するタイプの魔獣は土属性の魔力では捉えられません。逃げるか隠れてください』

飛翔じゃないけど……。

先生、どっちも無理……。

パニックにより魔力の制御を失い、アレクセイと皇子の前に築いた土壁が崩れる。

馬鹿。

悪役令嬢なのに、

ヒロインじゃないのに、

敵うわけなかった。

ゲームのつもりで、

死なないみたいに。

勘違いして。

お兄様ごめんなさいーーー!

切れぎれの思考が脳裏をよぎる中、魅入られたように三列の白い牙から目が離せない。

突然、桜色が目の前に広がった。

「だめ!」

張り詰めた声が、耳を打つ。

桜色から、白い光が放たれた。

フローラが、エカテリーナをかばって両手を広げ、魔獣との間に立ちはだかっている。

魔獣は、空中でもがいていた。やわらかな白い光に包まれて、苦しげに。巨体がどれほど暴れても、白い光は揺らぎもしない。

体内を貫かれてもびくともしなかった魔獣の動きが、弱々しくなった。黒一色の目から、怒りが消えて、澄んだ光を宿したようなーーー。

もう動きを止めた魔獣が、その目でフローラを静かに見つめた。

ふっと白い光が消え、それと共に魔獣も、消えた。