軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

爆弾とアップルパイ

これは、エカテリーナとアレクセイの仲直りからしばらく後の話。

公爵領で植林について検討していたフォルリが、いったん状況を報告しに執務室へやって来た。

今回もエカテリーナとフローラが作った昼食を前に、パワーランチ状態だ。

「まずは、伐採したが諸事情により開墾の進んでいない地区を洗い出しました。それらの地区を最初の植林対象といたしたく。

植える苗木は、今回は森に自生しているものを移植することといたします。玄竜の出現により一部地区で伐採が止まっておりますので、仕事がなく困っている伐採人たちがおります。手間賃が得られるなら、ぜひやりたいと申しておりました。

今後ですが、一部の農民に苗木の栽培を推奨してまいります。痩せた農地しか持たない者でも、苗木ならば育てることは可能ではないかと。また植える木は黒竜杉の他、クルミ、チェリーウッドなど、実が食用になり、家具材などとして売ることができるものを取り混ぜるのがよいかと考えまする。黒竜杉は高く売れますが、建材として使えるまでに二十年、できれば五十年を必要としますゆえ、もっと早く売り物になるものが必要と考えました」

うーん、フォルリさん、できる!

漠然としたアイデアを、きちんと現実に落とし込んでくれている。かつ、失業対策や貧困対策、飢饉対策を兼ね備えているという。

さらに、日本の植林はほぼ杉だけど、弊害は言うまでもなく花粉症。保水力も低く、生態系にもあまりよろしくない。杉と広葉樹を取り混ぜての植林なら、そこらへんの問題は発生しないだろう。

「苗木は買い取る方式で考えているのか」

「左様でございます。栽培者には税を免除する案も考えましたが、わかりやすく金銭を得られる方がよろしいかと。なにぶん、植林という考えは新しいものでございます。農地にしてすぐ食えるものを植えられる方が良いと、皆考えまするゆえ、植林と利益を結び付けて示す必要があると思われまする」

これもごもっとも。やったことがない、ってだけで拒否反応を示す人は多い。SE時代に新システムをリリースするたびに苦労しましたともさ。

「森の民はどう考えている?」

ん?

「うまくいくかは疑わしいと見られておりますが、森の伐採を止める努力は評価されておりまする」

「そうか。玄竜は、森の民を尊重するといわれているのだろう。この試みが森の民から竜に伝わらないものか、いささか期待する」

「あの、お兄様、フォルリ卿。森の民とはどのような方々ですの?」

「ああ、エカテリーナは知らなかったか」

森の民とは公爵領の森に暮らす少数民族で、定住せず森の中を移り住み、他の人々とあまり交流しない、特殊な存在なのだそうだ。

なんかエルフちっく?でもこの世界にエルフはいないはずなので、前世の日本にかつていたという山の民、サンカみたいな存在かな。

「森の民はいくつかの部族に分かれていて、最も大きい部族の長がフォルリの奥方なんだ」

「えっ⁉︎」

「は……まあ、左様にございます」

咳払いしつつ、フォルリは頷く。

侯爵家の三男として生まれたフォルリだが、魔法学園で友人になった祖父セルゲイに誘われて公爵領を訪れ、当時から好きだった山歩きをするうちに森の民と出会い、すったもんだの末に族長の娘と恋仲になったのだそうで。

そして実家の侯爵家からは絶縁され、祖父の部下になって、今に至ると。

なにそれすごい!ザ・ロマンス!

思わずフローラちゃんと顔を見合わせたけど、女子二人とも目がキラキラですわー。中身アラサーでも思わず乙女化する威力ですわー。

もう一度咳払いして、フォルリは昼食を口にする。

本日はパイだ。ミートパイ、きのこのパイ、野菜たっぷりのグラタンパイ、アップルパイ。

昼休みだけで作れるものではないが、実はエカテリーナとフローラ二人で前日の放課後や始業前、午前の小休憩に厨房に寄って、仕込んだりしている。最近は寮で毎晩お茶をしつつ授業の復習をして、その息抜きに明日のレシピを相談するのが日課になってきた。厨房スタッフもフローラのレシピを知りたがり、引き換えに手伝ってくれたりして、結果、昼食はだんだん手が込んだものになってゆく。

「……なにか、懐かしい味がいたしますな」

フォルリが言い、フローラが微笑んだ。

「これは男爵夫人のレシピなんです。あの方のパイは、本当に素晴らしいんですよ。フォルリ卿とはお年が近いと思いますから、懐かしくお感じなのかもしれませんね」

「チェルニー男爵夫人……お名前はナターシャとおっしゃいますかな」

そう言われて、フローラは目を見張る。

「はい、そうです。夫人はナターシャというお名前です……まさか、ご存知なんでしょうか」

「ナターシャ嬢、当時はナターシャ・メルノー伯爵令嬢でしたが、この魔法学園で同学年でございました」

マジっすかー!

「ヨシフ・チェルニーとはクラスが同じで、奴を通じてナターシャ嬢と知り合ったのです。お二人同様料理好きで、厨房の隅を借りてはあれこれ作って振る舞ってくれました。非常に美味でしたので、奪い合いになったものです。セルゲイ公は毎回しれっと確保しておりましたな。とんだ大食らいで」

最後、最後。本当に仲が良かったんですねー。

「ヨシフとナターシャ嬢は卒業式の前夜にかけおちしたのですが、そのお膳立てをしたのが実はセルゲイ公でございました」

「……は?」

「え?」

「何だと?」

爆弾落ちた。

「あの、すみません、意味がちょっと……かけおち?え?あのお二人が?あのおっとりしたお二人が、まさか、そんな……」

フローラは大混乱だ。

「待て、フォルリ。お祖父様が何だと?」

「フローラ様の義理のご両親と、お祖父様が、そのように深いご縁にあったとおっしゃいますの……?いえ、でも、ま、まさか」

アレクセイとエカテリーナも混乱している。待って、悪役令嬢とヒロインなんですけど!そんな因縁あっていいのか!

「ヨシフは一見おとなしい地味な人間でしたが、芯の強いところがありまして、嫌なことは一切ぶれずに嫌と言い続ける奴でした。セルゲイ公はそこが気に入っておられたようです。見込んでいたと言ってもよいかと。

ナターシャ嬢と出会ったきっかけは存じませぬが、二年生の時にはもう、切っても切れぬ仲と見えておりました。派手な色恋ではありませなんだが、この二人は一生涯共にあるとしか思えない様子でしたな。

しかしナターシャ嬢のご実家が別の縁談を用意しまして、ヨシフとの結婚を許さなかったもので、学友一同で二人をチェルニー領へ逃がすことになりました。学生生活最大の思い出でございます」

学生たちのノリノリ大暴走か……。首謀者が三大公爵家の跡取りとか、教師や保護者に軽く同情するわ……。

「ナターシャ嬢が最後に、皆への礼として林檎のパイを焼いてくれたようですが、受け取ったセルゲイ公がホール丸ごと食ってしまいまして。それを知った時は思わず殴ってしまいましたな」

ちょ……。

「……お祖父様は、パイの類いはあまり好まれなかったと記憶しているが」

「さすがに食べ過ぎだったようで、後でしきりと胸焼けがすると言っておりました。それ以後、好んでは食べなくなったようです」

さいですか……。

ていうか、えー⁉︎

お祖父様に会ったことは一度もないけど、公爵邸で肖像画は見たことがある。十歳のお兄様とのツーショットもあって、お兄様の美少年っぷりにきゃーきゃーしてたんだけど、お祖父様も威厳を擬人化したみたいにいかめしい、けど超ダンディな素敵なおじさまで……。

若かりし頃のエピソードとはいえ、ギャップがありすぎなんですけど!

頭を抱える孫世代の傍らで、ノヴァクたちが苦笑している。彼らにとってセルゲイは、自分を引き立ててくれた恩人であり謹厳そのものの上司だったが、そればかりではない飄々とした側面があったことは承知していたので。

「フォルリ、お祖父様とチェルニー男爵の件……なぜ先日言わなかった」

「若君がご判断すべきことと考えましたので。セルゲイ公との交流ゆえ特別というのは、いかがかと」

「……」

珍しくぐうの音もでないアレクセイであった。祖父と付き合いがあったならとエカテリーナとフローラとの交友を認めていたら、自分の考え方を見直すことはできなかっただろう。

「あの後ヨシフとナターシャ嬢がどうなったか気になっておりましたが、私自身あれこれありましたので知ることができずにおりました。不思議なご縁ですが、今も二人仲良く暮らしていると知ることができ、誠に嬉しく存じます」

しみじみと言って、フォルリはもう一口パイをかじり、やはり懐かしい味がいたします、と言った。

『ーーー胸が痛い』

ヨシフとナターシャを乗せた公爵家の馬車を見送って、お礼のパイを全部食べたとふざけたことを言うセルゲイをぶん殴り、殴り返されてまた殴り、しばらく取っ組み合いをしたあと二人して地面に転がった。

その時、セルゲイが言ったのだ。

『食い過ぎだ。胸焼けだろ。一人でホール丸ごとって馬鹿か』

『一度やってみたかった』

『馬鹿だ』

『うん』

セルゲイがため息をついた。

『……行かせなきゃよかったんじゃないか』

『そんな事は望んでいない。……だから、いいだろう、これくらい』

『うるせえ。なんでいつも俺にとばっちりなんだよ、馬鹿野郎』

確かに、決して恋心ではなかっただろう。

ただ、セルゲイはすでに皇女アレクサンドラと婚約していて、見た目は似合いの美男美女でも、高慢ちきで冷酷なアレクサンドラと、生真面目なくせにどこか掴みどころのない、けれど揺るぎなく公平で優しいセルゲイでは、もはや不吉なほど対極の二人だったのだ。

ナターシャは美人と讃えられるタイプではなかったが、小柄で優しい目をしていて、甘い匂いがした。結婚相手がナターシャだったなら、セルゲイは幸せだったろう。

『もう二度と、アップルパイは食べない』

セルゲイが呻き、フォルリは笑った。

なぜか自分には遠慮なく迷惑をかけてきた腹立たしい親友が、あれほど早く去ってしまうとは夢にも思わなかった頃。

振り返ってみれば、いい時代だった。