軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

遠くて近い上と下

何故かミナは、寮のフローラの部屋を知っていた。

うちの美人メイドが千里眼な件ーーーと思ったら、

「お嬢様と同じ寮に住んでる生徒は全員、名前と顔と部屋を把握してます」

こともなげに言われてしまった。メイドの職務範囲がよくわからない。

ドアをノックすると「……はい」と一拍置いて応えが返り、ドアが開いた。

紫色の瞳がエカテリーナを見て、愕然と見開かれる。

「……ユールノヴァ様」

「フローラ様、夜分にごめんなさいまし」

微笑みかけても、フローラは棒立ちのままだ。

ーーーでも、嫌がられては、いないよね?

「お昼に、おっしゃいましたでしょう。兄に判断してほしいと。

兄の判断が変わりましたの。上手に見聞を広めるようにと、さきほど言われましたわ。それをお伝えしたくて来ましたのよ」

「でも……」

フローラは目を伏せる。長いまつげが震えているのを見て、エカテリーナは思った。

よし、いける。

「ねえ、フローラ様。わたくし達は、世界が違うとおっしゃいましたわね。でも、わたくし達、誰よりも同じでもあることにはお気付きかしら」

「それは……母のことでしょうか」

「そう。それがひとつめですわ。そして、もうひとつ」

エカテリーナは指を一本立てて、ふふ、と笑う。

「わたくし達、同じようにひとりぼっちなのですわ。身分の上と下とやらで、同じように」

七カ月前まで幽閉されていた公爵令嬢と、七カ月前まで庶民で貴族になるなんて思ってもみなかった男爵令嬢。突然それまでと全然違う世界に放り込まれて、周りじゅうから敬遠されてるよね。理由は違えど、同じように。

「でも……ユールノヴァ様とお友達になりたい方は、たくさんいます。私より立派な身分の方が」

「かもしれませんわ。言ってはなんですけれど、ユールノヴァ公爵家には富と権力がございますから。それを目当てに近寄る方も多うございましょうね。そういう方ばかりではないとは思いますし、利用しようと近づく方に、いかに対処するかを学んでいかなくてはならないと思います。

ーーーでも、正直に申し上げれば、わずらわしいことですわ。わたくし、可哀想ではありませんこと?」

小首を傾げて、ちょっぴりボケてみる。悪役令嬢のくせによう言うわー。

「それに、そんなあれこれより、これからもフローラ様とお話ししたいと思う一番の理由がありますの。

お料理しながらお話しして、フローラ様とは、気が合うと思ったのですわ。

誰かとお友達になりたい理由は、本当は、これ以外何もないはずだと思いますのよ」

無敵の真理。甘っちょろいと言わば言え。

だって、本心です。

フローラちゃんがヒロインだから、破滅フラグを折りたいから、友達になりたいわけじゃない。

喋っていて楽しい。だからだよ。

「フローラ様が、わたくしをお嫌いでしたら仕方ありませんけれど……」

「まさか!」

叫ぶように言って、フローラは激しく首を振った。

「まさか……」

もう一度、今度は呟くように言って、フローラは両手で顔を覆う。

「……っ、う」

嗚咽をこらえるフローラを、エカテリーナは抱き寄せた。ぎゅうっと抱きしめる。

頑張ってきたもんね。ずっと頑張ってきたんだろうね。

考えてみたらさ、フローラちゃんは偉いよ。

ほんの数ヶ月前まで、貴族ばっかりの魔法学園に入学なんて、人生設計のどこにもカケラもなかったろうに。七カ月前にお母さんを亡くして、思いがけず男爵令嬢になって、すごい魔力の持ち主だとわかって。選択の余地は与えられず、強制的に入学。

ジェットコースターすぎる環境の変化だよね。頼んだわけでもないのにね。

あげく、嫌味やイジメに遭うってどんだけ理不尽か。

それでも拗ねたり反抗したりせず、黙々と努力して。強い。偉いぞ。

さすがヒロイン、と言いたくなるけど、そうじゃないよね。

ここは、乙女ゲームの世界なんだけど。あなたは、そのヒロインなんだけど。

生まれて、育って。成長する肉体があって、心があって。

ゲームじゃなく、人生を生きてて。

十五年しか生きてない子供の心で、お母さんを亡くした寂しさに耐え、ひとりぼっちで理不尽にいじめられる辛さに、耐えてきたんだろう。

割り当てられたヒロインの役割なんて、本人の知ったこっちゃない。

なのに、迷惑になりたくありませんとか、かっこいいこと言うんじゃありません。

賢い子だけど、しょせん十五歳だね。自分が我慢することばっかり考えて、浅はかだよ。この健気さんめ。

アラサーお姉さんは放っておいてあげないんだぜ。

だから、一緒に寂しくなくなろうね。

フローラの涙が止まるまで背中を撫でたりぽんぽんした後、エカテリーナは彼女を自分の部屋に誘った。

部屋に着いたとたんにミナが二人分の夕食を準備し始めたのは想定外だったが、フローラも夕食をパスして部屋に籠もっていたらしい。自分から申し出たことで、そんなに凹んでたのか。愛い奴め、なんちゃって。

そして顔色だけでお見通しなミナ、やっぱりうちの美人メイドは千里眼かもしれない。

食事中は明日のお昼は何を作ろうかとか、午後の授業が全然頭に入らなかったーとか、なごやかな話題に終始したけれど、食後に重たい話をした。

エカテリーナの事情。

祖母から母への嫁いびり、幽閉、母の死のいきさつまで、簡単にだけど全部。

フローラは驚き、何度か泣いてくれて、そんなわけで貴族令嬢との付き合いは全く経験がないから、下手に付き合ったらかえって馬鹿にされると思う、これからゆっくり付き合い方を考えていく、と言ったら、頷いた。

たぶんこれで、引け目を感じて離れる、なんて言い出さないでくれると思う。

悪役令嬢はヒロインを攻略……できた、のかな?

友達に、なれたかな?