軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新学期の廊下にて

昼休みには、久しぶりに料理を作った。

フローラと一緒に厨房へ行くと、厨房のスタッフたちが、お久しぶりですと声をかけてくる。彼らと挨拶を交わしながら、手早く季節の野菜とベーコンを刻んで炒め、卵を溶いてオムレツを作った。それをパンで挟んで、オムレツサンドの完成。

貯蔵の技術や物流が発達していた前世と違って、使える野菜は季節ごとに変わる。今は夏野菜の終わり頃であり、秋野菜のはしりが出る頃だ。今回はトマトと玉ねぎ、それにきのこを入れた。香辛料をほどよく利かせて、食欲をそそる味付けにする。フローラが、彼女を引き取ってくれた男爵夫人から習ってきたレシピだ。

久しぶりでも、かまどの火加減なども問題なくできた。内心得意になったエカテリーナである。

えへへ、お兄様に手料理を食べてもらうの、ひさびさ〜。嬉しいなあ。

温かいオムレツサンドを大きなバスケットに詰めて、アレクセイと側近たちが仕事を始めているはずの執務室へ、エカテリーナはフローラと共にいそいそと向かった。

きゃっきゃとおしゃべりしながら廊下を歩いていたエカテリーナは、廊下の曲がり角で急に出てきた人にぶつかりそうになって、あわてて立ち止まった。

向こうも立ち止まり、目を見張っている。青みがかった銀色のストレートロングの髪、青紫色の切れ長の目、色白で細身の美人で、姿勢の良さがいかにも身分の高いご令嬢という雰囲気だ。

「まあ、失礼いたしましたわ」

「いえ、こちらこそ」

エカテリーナの言葉に小さく頭を下げて微笑んだ令嬢は、こちらもバスケットを手に下げていた。

「もしや、ユールノヴァ公爵家のご令嬢でいらっしゃいまして?」

「ええ、エカテリーナと申しますの。こちらはチェルニー男爵家のフローラ様でいらっしゃいます」

フローラがそっと一礼する。

「わたくし、セレズノア侯爵家のリーディヤと申します」

リーディヤの言葉に、エカテリーナははっとした。オリガの家の主君にあたるという、セレズノア侯爵家の令嬢であるらしい。

そしてセレズノア侯爵家といえば、ピョートル大帝の寵臣を祖とする建国以来の家柄。三大公爵家に次ぐ格式を誇り、皇后を出したこともある名家だ。

そして……今、微妙にフローラをスルーした。

「お初にお目もじいたします」

「お話しできて嬉しゅうございますわ。同じ一年生ですのに、クラスが違ってなかなかお会いできず、残念に思っておりましたの」

にこやかに話しかけてくるリーディヤと、ごく自然に一緒に歩き出す流れになる。

社交界における、令嬢スキルなのであろう。より身分の高い相手と、自然に会話し行動を共にするための……うぬう、勝手に作られた流れから抜けられないぞ。この令嬢、できる!

などと思っている間に、エカテリーナがどうしようと思っていた地点へ、対策を考えることもできないまま到達してしまった。

どうしよう。

わんこがおる……。

廊下側の窓から身を乗り出して、ミハイルがにこにこ笑っている。

頭の上にピンと立った耳が、背後にブンブン振っている尻尾が、見える気がする。

ええい、ユールノヴァでの完全無欠なロイヤルプリンスっぷりはどこ行ったー!

うう……皇子に近付かないようにしよう、お昼もなんとかスルーしよう、とか思ったけど。

くそう、わんこには勝てない!

そもそも近付かないなんて、最初から思ってて駄目だったやん。とっくに手遅れなんだわ。思うだけアホだったわ自分。

「やあエカテリーナ、フローラ。ユールノヴァは楽しかったね、旅の疲れは取れたかい」

「ご機嫌宜しゅう、ミハイル様。領地での日々を楽しんでいただけて、嬉しゅうございます。わたくしはもう、すっかり元気ですわ。フローラ様も、そう仰せでしたわね」

「はい、わたしも元気です」

忘れずに友を会話に引き込むエカテリーナに、フローラは可憐な笑顔で答える。

「そうやって、食事を持っていく姿も久しぶりだ。今日は何を作ったの?」

「オムレツサンドですわ。チェルニー男爵夫人のレシピを、フローラ様が教えてくださいましたの。まだ 温(あたた) こうございましてよ」

「美味しそうだ」

にこっとミハイルが笑う。

ううう。これで分けてあげなかったら、私って鬼や……。

エカテリーナがバスケットを開けて差し出すと、ミハイルは嬉しそうにオムレツサンドをひとつ取った。

それを手に持ったまま、エカテリーナの隣に目を向ける。

「やあ、リーディヤ。久しぶりだね」

「お久しゅうございます、ミハイル様。夏休みの間お会いできず、寂しゅうございました」

リーディヤが顔を輝かせて、ミハイルに甘い声で答える。

あら、名前呼び。リーディヤちゃん、皇子と親しいんだ。

「ミハイル様、よろしければこちらもお味見なさいませんこと?我がセレズノア家の伝統菓子ですの。皇太后陛下が、特にお好みのものですわ。クラスの者が味を知りたいと申しましたので、持ってまいりました。ミハイル様はよくご存知ですが、せっかくですので」

にこやかに言って、リーディヤがミハイルにバスケットを差し出した。

最初から、これがやりたくてうまくエカテリーナの連れになったのだろう。恐るべし令嬢スキル。

が、ミハイルは手を出さなかった。

「ありがとう。でも、このあと食堂へ行って食事もとるつもりだから」

「さようでございますか」

礼儀正しく微笑んで、リーディヤはバスケットを引っこめる。

「クラスメイトにお土産なんて、優しいね。早く持っていってあげるといい」

「……それでは、失礼いたします」

リーディヤはミハイルに一礼した。その動作が美しい。

本来なら跪礼をとるところだが、バスケットを下げていてはスカートをつまむことができないので、変則的な儀礼になるわけだ。それを戸惑う様子も見せず、美しくこなせるのは、生まれながらの上級貴族ならではと言えるだろう。

エカテリーナに対しても会釈をして、礼儀にもとることはなかった。

ただ、フローラには最後まで知らぬ顔だった。

リーディヤの後ろ姿を見送って、ミハイルはぱくりとオムレツサンドを食べる。

「美味しい。こうやって食べるのは、とても楽しいよ」

「学生生活ならではですわね」

エカテリーナは微笑む。

領地でミハイルのロイヤルプリンスぶりを目の当たりにしたことで、あらためて学園での彼が普段といかに違うかが解った。気軽に食べ物を受け取って、立ったまま食べる。彼にとっては、貴重な経験なのだ。

学生でいる間は、その気楽さを、存分に楽しんでほしいと思う。

「ミハイル様……先ほどの方、よろしゅうございましたの?」

ちょっと悩んだが、尋ねることにした。

「セレズノア侯爵家といえば、皇太后陛下のご実家……親しくお付き合いしておられたのでは」

そう、セレズノア侯爵家出身の皇后は、現在の皇太后だ。

だから、リーディヤがミハイルと親しげなのは、当然。

ミハイルに食べてほしくて、伝統の菓子を持ってきた。ミハイルはそれを、すげなく追い払ってしまった。

答えず、ミハイルはオムレツサンドを食べ終わった。

それから、おもむろに言う。

「エカテリーナ……もしもリーディヤと何かあったら、必ず僕に話してほしい。それは、僕が対処すべきことだから」

エカテリーナは首をかしげた。

「何か……とは、どのようなことでしょう」

「どんなことでも。彼女は君に関わってはいけない、そういう不文律がある。もし彼女自身ではなく、彼女の周囲の誰かだったとしても、必ず僕に話してほしいんだ」

え……なにそれ。

リーディヤちゃんが私に関わってはいけない不文律って、なんぞ?

エカテリーナの頭上には、ひたすら疑問符が飛んでいる。

ミハイルはにこりと笑った。

「お願いだよ」