軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

新学期の教室にて

久しぶりの教室ー!

「ごきげんよう、皆様」

フローラと一緒に教室に入ったエカテリーナは、浮き立つ内心とは裏腹に、令嬢らしく上品に言った。

「エカテリーナ様、フローラ様!お久しぶりです」

「お二人とも、お元気そうで何よりです」

仲のいいマリーナ・クルイモフとオリガ・フルールスが、笑顔で声をかけてくる。他の生徒たちも口々に声をかけてきたり笑顔を向けてきたりして、かつてのぼっち二人がすっかりクラスの人気者だ。

エカテリーナも、それぞれに笑顔を返した。高校生のすごいところで、久しぶりに会うクラスメイトたちは、夏休みに入る前とは顔つきだったり身長だったりがちょっと違うような気がする。

それでもアラサー目線では、みんなまだまだ子供だ。

(あー、なんかホッとするわー)

皇都公爵邸はすっかり自宅という感覚だし、公爵領のユールノヴァ城だってふるさとという気がして身体が馴染んだものだったけれど。そこではエカテリーナは公爵令嬢であり、女主人だ。数多くの使用人たちの上に立つものとして、それらしく振る舞わなくてはならない。

けれど、ここではただの生徒の一人だ。他の皆と同じ立場であって、上下関係がない。

それが、解き放たれたような感覚を与えてくれる。

いやー、身分が高いってありがたいことなんだけど、それに伴うもので、知らず知らず疲れてたんだなあ。

この皇国に魔法学園があってくれてよかった。

皇子もこんな感覚でいるのかな。代々の皇帝陛下や皇族も、その他大勢(というても特別だけど)っていう感覚にホッとして、それもあって建国時からずっと学園が存続してきたのかも。

「夏休みは、いかがお過ごしでしたの?」

「わたくしは領地で過ごしましたの。どうということのない日々でしたわ!」

と言いつつ、マリーナは元気満タンという感じだ。以前から運動神経良さそうなかっこいい系女子だったが、いっそう引き締まって、また少し陽に焼けたような。金色の混じった赤毛のセミロングも、一段とキラキラして輝かしい。

学園では猫を五枚被っているらしいマリーナは、実家で猫を脱ぎ捨てて、彼女らしく活発に過ごしたのだろう。

クルイモフ家の領地は、魔獣馬の産地。ユールノヴァ領で教えてもらった、祖父の愛馬ゼフィロスの話を思い出して、エカテリーナは胸がつまる思いがする。

けれどマリーナは、アレクセイが言っていた通り、ユールノヴァ家とクルイモフ家の因縁のことなど何も知らないようだ。

エカテリーナは、ただ微笑んだ。

「わたしは、寮に残っていました」

オリガが言う。つややかな栗色の髪をリボンで束ねた、若草色の瞳が可愛らしい小柄な少女は、恥ずかしそうに頬を染めて、目を伏せていた。

魔法学園の生徒は、夏休みには基本的に実家に帰る。特に一年生は、生まれて初めて家を離れて暮らしているので、ホームシックに泣きながら夏休みの帰省を指折り数えて待ち、一学期が終わるや否やすっ飛んで帰っていくのが普通だ。

しかし、帰らない者、寮に残る者も一定数いる。

まずは、単純に家が遠い者。

ユールノヴァ領も、馬車であれば片道二週間かかる距離だ。快速船という交通機関がなければ、エカテリーナとアレクセイも領地には帰らなかっただろう。皇都に邸を構えるほどの家の子なら、寮からは出て皇都の家で過ごすことになるが、そうでなければ寮で過ごすしかない。

そして、そこまで遠くはなくとも、往復の旅費を節約したい者。

二週間までかからなくとも、乗合馬車で数日揺られ数泊しなければならない場合、旅費は馬鹿にならない。魔法学園の生徒は貴族ばかりだが、家によって事情はさまざまだ。領地が災害に襲われたりして、借金まみれになるのはよくある話。

オリガは男爵令嬢で、家は決して裕福ではないらしい。

「同じく残った方々と、皇都をあちこち見物して過ごしたんです。とっても楽しくて……音楽神殿では毎日のように素晴らしい音楽が奉納されていて、毎日お祭りみたいで、ずっと居たいと思ってしまいました。皇都はすごいです」

太陽神殿と同様に、音楽神殿も人気のテーマパーク的存在らしい。太陽神殿が美術館的スポットなら、音楽神殿は皇都の人々が日常的に音楽を楽しむ、やや庶民的な場所のようだ。

神殿内に野外劇場のようなステージがあって、腕に覚えのある音楽家がそこで神に音楽を奉納する。音楽家といっても多くは、これから音楽で食べていきたいと希望や野心を抱く新人たち。入場は自由なので、皇都の音楽好きがいつもそこにたむろしていて、奉納される音楽に聞き惚れたり、容赦なくブーイングしたりする。あまりに下手だと、神の不興を買わないよう神官たちが音楽家を舞台から引き摺り下ろすこともあるというから恐ろしい。

しかし時には観客に劇場の関係者などが混じっていて、スカウトされたりするらしい。

だが音楽家たちの一番の目標は、このステージから音楽神のもとに召喚されて、神の庭で演奏することだそうだ。真に才能がある者だけが、その栄誉に浴することができる。

人さらいー!

ではなく、一曲演奏すれば帰してもらえる。普通は。

そして、音楽神に招かれた音楽家として神殿に迎えられ、国家行事で音楽を担当したりして、一生音楽だけで生きていけるようになる。

もうそれ、要するにオーディション会場だな!

なお、歴史上数名だけ、あまりに気に入られて帰ってこなかった者もいて、彼らは音楽神に準じる存在として、彼ら自身が信仰の対象になっているそうな。

声楽を習いたいっておねだりした時、お兄様が、お前が音楽神の庭に喚ばれて還らないのでは……なんて言っていたのは、そういうレベルのことを言っていたわけで……。

あらためて、聴覚型のシスコンフィルターも恐ろしいほど高性能ですね!さすがお兄様!

時間差で感動しました!

と、そこへクスクスと笑い声が聞こえてきた。

「まあ、いやあね。音楽神殿で一日過ごすなんて、お金のない庶民のやることですわ」

「そうよ、そうよ」

君たちも元気そうだね……無駄に。

ソイヤトリオ!

「きっとユールノヴァ様なら、ご自宅に最高の音楽家をお呼びになって音楽をお楽しみになりますわね!貴族たるもの、そうでなければ」

得意げにトリオの一人、ソイヤ一号(エカテリーナ命名)が言う。

いや君ん家もたいがい借金漬けだろ。ネタはあがっとるっちゅーねん。

私に取り入って、音楽家を呼ばせて自分が楽しみたいのが見え見えだっつーの。それでなんで君が得意そうになってるんだよ。

領地でいろいろあったから、このわかりやすさがもはやカワイく思えてきそうで怖いわ。

エカテリーナは、ふっと笑った。

そして視線だけを巡らせ、目の端でソイヤトリオを捉える。久しぶりに低い声を出した。

「わたくし、お話し中ですのよ……?」

久しぶりに背景が暗雲と稲妻。

お、まだやれるわ私。

いや喜んでる場合か。悪役令嬢は卒業しなきゃいけないんじゃ?清く正しく美しくはどこ行った。

思わず背景の暗雲をぱたぱた手であおいで追い払うエカテリーナであった。

「ももも申し訳ございませんん」

素直にビビるソイヤトリオのことはもう見もせず、エカテリーナはオリガに優しく微笑みかける。

「オリガ様は、音楽がお好きですのね」

「は……はい。我が家はセレズノア侯爵家の臣下なのですが、侯爵領では音楽がとても盛んなので、我が家でも」

「そういえばオリガ様は、歌がお上手ですわね。音楽の授業で、合唱の中でもとりわけ素敵なお声と思った記憶がありますの」

前世で合唱部だったため、同級生の歌声についついチェックを入れていたエカテリーナである。ちなみにフローラの歌の上手さに気付いたのも、授業中だった。

「今度、歌声をお聞かせくださいまし」

「いえそんな!」

オリガは真っ赤になってぷるぷる首を振ったが、マリーナが手を打ち合わせる。

「そうだわ!再会と新学期の始まりを祝して、クラスで音楽の夕べを開催するのはいかがでしょう」

「まあ素敵!」

マリーナの思いつきに、エカテリーナもノリノリになる。

音楽は大好きだけれど、今生ではそんなに楽しむ機会がなかった。そんなイベント、きっと学生時代のいい思い出になる。音楽は貴族の教養のひとつだから、自信のある生徒が歌や楽器の腕前を披露すれば、それなりに楽しめるのではないか。

などとはしゃいでいたら、近くの男子生徒にじろっと睨まれてしまった。

「あら……失礼。声が高うございましたわね」

そう詫びたが、男子生徒はふんっとそっぽを向く。

レナート・セレザールというこの男子、純白の髪に菫色の瞳、前世だったら某男性アイドル事務所が放っておかないのではと思うくらい、可愛い顔をしている。けれど、とにかく愛想がない。

でも、彼もいい声をしていることは、チェック済みだ。伸びのあるテノールだったはず。

そんな素直じゃない態度を取らなくても、お姉さんはちゃんと誘ってあげるよ。お子ちゃまだね!

アラサーお姉さんぶりを発揮して、ふふん、とか思うエカテリーナであった。