軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

顧客について

「ガラスペンのことを聞きつけて、有力貴族だけでなくさまざまな富裕層が接触してきておりますよ。宝石のように美しく宝石よりも稀少な筆記具が、なんとしても欲しいと」

商業流通長ハリルにイイ笑顔で言われて、よっしゃあ!とエカテリーナは心の中でガッツポーズした。

グラハムとの話を終えた後、エカテリーナは自室で旅装を解き、楽な服――といっても公爵令嬢の品位を損ねない範囲だが――に着替えて、少し休んだ。

それから、アレクセイの執務室を訪れて、こう頼んだ。

『皆様もお仕事はそれくらいにして、旅の疲れを癒してくださいまし。わたくし、ハリル様とご相談したいことがございますの。わたくしがお話しさせていただく間、皆様はご休息なさいませ。働きすぎはお身体に毒ですわ』

エカテリーナが働きすぎを心配するのはいつものことだから、アレクセイも皆も苦笑する。

急ぎの報告は終わったところだからお前の望み通りにしよう、とアレクセイに言われて、タイミングの予測がばっちり当たった、と内心歓喜したエカテリーナであった。

そして、冒頭の会話に到る。

「有力貴族以外の富裕層とは、どのような方々ですの?」

「今回の顧客としては、まず人気の神殿の神官長クラスです。太陽神殿の大神官など、真っ先に声をかけてきました」

なるほど。お兄様との皇都見物で連れて行ってもらった太陽神殿、めちゃくちゃお金持ってそうだったもんなー。

ユールノヴァの山岳神殿と違って、太陽神が神殿に降臨することはほぼない。そのため、神官たちはわりと好き勝手しているようだ。太陽神殿は、観光名所にして美術館、ていうかテーマパークと化している印象だった。

「大神官は、美しいものに目がない方ですから。多くの芸術家の、後援者でもあるのです。音楽家の庇護者は音楽神殿、画家と彫刻家の庇護者は太陽神殿と言われています」

「そういえば、天上の青を顔料として大胆に使った巨大壁画をお作りになる、というお話をうかがいましたわね」

太陽神殿の大神官といえば、白髪白髯のいかにもファンタジーの神官チックなおじいちゃんだったけど、そんな面があったのか。

お兄様と一緒に見学させてもらった千年以上の時を経たアストラ帝国時代の彫刻とか、世界遺産クラスの美術品を山ほど持っているくせに、まだ新たに作らせるってすげえ。ミケランジェロにシスティーナ礼拝堂の天井画を描かせた、ローマ教皇みたい。

めちゃくちゃ散財しているんだろうけど、あの天井画「天地創造」みたいに人類の至宝を生み出せれば、数百年後まで世界中から観光客が集まって元が取りまくれるし。そうでなくても皇国の芸術レベルを引き上げているんだろうから、一概に無駄遣いとは言えないやつではあるな。アトラクションを更新するのは、テーマパークにとって客寄せに必要な投資だし。

あ、レフ君の作品を見たらファンになって、パトロンになってくれちゃったりして。

「あのうるわしい公爵ご兄妹とも、またお会いしたいなどと仰せでしたね」

ちょ……。

いやいやそれは、と言いかけたところで、エカテリーナの中の社畜が起動した。真顔で言う。

「ハリル様。お兄様のお時間を取らせるべきではないと存じますけれど、わたくしであれば……大きなお取引の交渉の際などにご同席することで、お役に立てる場合はありますかしら」

前世でも営業はやったことなかったけど、社会人として、接待くらいこなしてみせます!

お嬢様に接待を志願されて、ハリルは珍しく慌てた様子で首を振った。

「まさか、お嬢様にそんな。大神官はただ、美術品のコレクションをお目にかけたいと言っていただけで……」

が、言葉を切ったハリルは、エカテリーナと同じく真顔になった。

「……ただもし大神官のコレクションにご興味がおありでしたら、見学の日程はお任せいただければ幸いです。私がご一緒いたしますので」

「もちろんよろしゅうございますわ」

商人の本能に逆らえないんですね、ハリルさん……。

ハリルさんが一緒にいてくれるなら色々と安心だし、太陽神殿のビッグプロジェクト獲得のため、おじいちゃんのコレクションを渾身の笑顔で褒め称えますとも!

ごほん、とハリルが咳払いした。

「話を戻しましょう。富裕層といえば他には、大商会の商人たちです。ただしこちらは、自身の所有欲もありますが、商品として自分たちが扱いたいという狙いで目利きに来ているようです」

「それは……」

思いがけない言葉に、エカテリーナは目を見開く。

ええ……そんなの参入してこられても。まだまだ数が作れないし、中間マージン持っていかれるだけでいいことなさそうなんですけど。うちの商業部門にサポートしてもらえれば十分ですよ。

ハリルは微笑んだ。

「現状では、彼らに扱いを依頼する必要はございません。しかし今後、レフ以外のムラーノ工房の職人たちがガラスペンの製法を習得し、生産体制が整ったところで、他国の王侯貴族への売り込みをかけることも考えておいてよいと思います。

大商会ならば、それぞれつながりのある国があります。ユールノヴァが販路を持たない国の王宮に売り込んでもらえるなら、手を結ぶことも考えて良いかと」

「そういうことですのね……!」

なるほど!

ガラスペンは現状、セレブ向けのラグジュアリー筆記具として、それはもう超高額な価格設定になっている。この価格で筆記具を購入してくれる顧客がどれだけいるか……国内だけでなく、他国のセレブもターゲットとして考えるべきなのは間違いない。

しかし王族王宮とくれば、たいていの国で御用達商人がガッチリとニーズを囲い込んでいるはず。そこを開拓する労力と費用を考えれば、中間マージンを払ってでも、すでにルートをもつ商会を通した方がむしろリーズナブル。

そういうことか!

「さすがですわ、ハリル様!」

目をキラキラに輝かせて、エカテリーナは弾んだ声を上げる。

「各商会が独自の販路をお持ちであろうこと、わたくしでは全く思いが及びませんでしたわ。ガラスペンはいずれ廉価版に移行しなければとばかり……商会の方々にはぜひ目利きをお願いして、きたるべき日のためによしみを通じておきとうございます。たいそう勉強になりましたわ!」

「……それは光栄です。しかし、エカテリーナ様の洞察力にはいつも驚くばかりです。あらためて感服いたしました」

苦笑した後、ハリルは表情をあらためた。

「レフは素晴らしい職人ですね。皇帝陛下の使者から要望を聞いて、すぐに具体的なイメージを掴んでいました。それに、仕事が早い。お嬢様がお帰りになったらすぐに皇后陛下のガラスペンをお目にかけたいと、張り切っておりましたよ」

「まあ!ええ、レフは本当に優れた職人ですのよ。きっと素晴らしいものを作ってくれたに違いありませんわ!」

さすがレフ君!

君の新作を見られるの、超楽しみだー!