軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

水遊びと遭遇

前世ではインドア派で、山ガールとかだった経験はないけれど、時々あった遭難者が奇跡的に生還した話の報道で、遭難した場合はその場から動かないのが鉄則だと知っている。

いや今回は、遭難したわけではないけども。

特にここは、水があり、食料となるいちごがある。

ミナは必ず見つけてくれるとしか思えないけれど、GPSで居場所を特定してもらえるわけでもないのだし、長期戦にも耐えられる場所から動かないにこしたことはない。

川沿いというのも、見つけやすいポイントだろう。

とりあえず、エカテリーナとフローラは川のほとりへ行ってみた。

さきほどまで居た滝の近くとは違って、このあたりの川岸は岩場になっている。川幅は、四、五メートルくらいありそうだ。向こう岸のあたりは深そうな淵になっていて、こちら側は浅瀬。澄みきった水に陽光が射し込んで、浅瀬にたゆたう魚はもちろん、川底に落ちる魚の影まではっきりと見える。

「きれいですね」

「本当に」

状況を考えると呑気なようだが、焦っても仕方がない。むしろここは落ち着いて、この場所で過ごす時間をできるだけ楽しむべきなのだろう。

だったら……人目がない今だからできることに、チャレンジしたい!

「フローラ様、はしたないとお思いかもしれませんけれど……わたくし、この美しい流れを見た時から、やってみたいことがありましたの」

「どんなことでしょう」

「この流れに、足を浸してみたいのですわ」

水場だもん、水遊びしたい。

泳ぐとか水かけっことかは無理でも、せめて足を水につけるくらいはしたい。

公爵令嬢は、普段はそれすらできないんだよね……。

ちょっと遠い目になるエカテリーナである。

それをどう見たのか、フローラはすぐさま、大きくうなずいたのだった。

靴を脱いで、靴下というかストッキングを脱ぐ。

この世界にもストッキングは存在する。パンストではなくガーターで止めるタイプ。なので、着脱時はちょっとしたセクシーショットになってしまう。

でもまあ、誰も見ていないからいいだろう。

これはこの世界に来てから知ったのだけど、ガーターは元は男性用品だったそうな。考えてみれば、前世でも中世ヨーロッパで足にぴったりしたタイツを着用していたのは、男性だった。カボチャのようなちょうちんパンツとぴったりタイツの肖像画とか、よく見たような。

その辺のファッション史はこちらの世界も同じで、ユールノヴァ家の肖像画の間で見たご先祖様には、そういう格好の方もいた。

ストッキングと言っても、この世界のものは前世ほど薄くはないし、伸縮性に優れてもいない。けれど、公爵令嬢エカテリーナが使用しているものは、かなり前世に近いクオリティだ。そのうえ丈夫で、めったに伝線したりはしない。すごく高価だけれど。

これは、他国に棲む魔物が作ったものだそうだ。自分で糸を吐いて、その糸で編むらしい。前世のゲームか何かで蜘蛛から女性の上半身が生えたような、確かアラクネという名前のモンスターが出てきたけれど、そういう魔物なのかもしれない。「ストッキングを編む魔物」ってちょっとクスッとなったりするけど、この世界では、魔物も実直に生計を立てているんだなあ。

フローラも、今は同じものを身につけている。フローラに合わせて仕立て直したドレスと一緒に、そういう小物も届けたので。値段を教えたら使ってくれないに違いないので、しれっと渡した。

とにかく、陽光の下でスカートをふとももまで捲り上げてガーターからストッキングをはずす、という非日常な行為をおこなって素足になると、エカテリーナはスカートをたくし上げて浅瀬に駆け込んだ。

きゃっと叫ぶ。冷たい!

フローラも追いかけてきて、ぱしゃぱしゃと浅瀬に踏み込むと同じくはしゃいだ声をあげた。

きらきらと陽光輝く水面に、少女たちの歓声が響く。

「とってもちっちゃなお魚が、たくさんいます!」

「きゃっ、何か動きましたわ!まあ、カニ?いえ、エビかしら!」

ザリガニかもしれないそれを、エカテリーナはガン見する。いざという時、食料になるかもしれないので。

あ、でも、火を通さないと寄生虫とかで駄目だったかな?

身の危険を感じたのか、エビもしくはザリガニは、素早く岩の下に潜り込んでいった。

ひとしきりはしゃいで満足した二人は、川岸の大きな岩に腰をかけて休むことにした。座ると足先だけが水面につくくらいの高さの岩は、陽光に温められていて、川の水で冷えた身体に心地良い。

スカートの裾がだいぶ湿ってしまったので、乾かすべく岩の上になるべく広げた。そんな風にすると、はしたなくもふくらはぎがほとんど見えてしまうが、誰もいないので気にしない。まばゆいほどに白い足を晒して、少女たちはくつろいでいる。

「少し、小妖精に感謝してしまいますわ。突然移動させられたりしなかったなら、こんな風にはしゃいだりすることは、できなかったのですもの」

エカテリーナが言うと、フローラは嬉しそうな笑顔になった。

「よかったです。領地でのエカテリーナ様は、学園にいる時以上に大人に見えて、公爵家の女主人にふさわしいふるまいを心がけていらっしゃるようなので……。そういうお姿も素敵ですけど、同い年なのに、夏休みにお役目を果たすばかりなのは、やっぱり心配になってしまって」

優しい言葉に、エカテリーナはほろりとする。ええ子や。

「ありがとう存じますわ。お兄様やミハイル様に比べればわたくしなど、たいしたことはしておりませんのに」

そう!今生のラスボスお兄様の過労死フラグを折る、という目標には程遠い現状だもの。むしろまだまだ精進が足りん!

などと思っているエカテリーナに、フローラは優しい諦めの視線を注ぐ。

「エカテリーナ様は、ご自分のことはお解りにならないんですね」

あれ?

似たようなこと、お兄様からも言われたことがあるような。いつだっけ。

眉を寄せて考え込んだエカテリーナをどう思ったのか、フローラは笑って立ち上がった。

「靴を取ってきますね」

フローラにお気をつけてと声を掛けようとして、エカテリーナはふと川の対岸に目を留めた。何かがきらりと光ったのだ。

金色。

前世の水牛のそれに似た、巨大な角。

黒い剛毛に覆われた体躯は、バッファローをもっと猛々しくしたようだ。

あれは……。

――金角の大角牛。

巨大な魔獣が、対岸からまっすぐに、エカテリーナを見据えていた。