軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

狩猟大会の朝

狩猟大会のその朝、空は爽やかに晴れ渡っていた。

北方のユールノヴァでは、この時期にはすでに、吹く風に微かな秋の気配がただよう。空の青さえ、ミハイルの夏空色の髪よりも、淡い色合いであるようだ。

「良いお天気でようございましたわ」

「そうだね。ユールノヴァは涼しいから、暑すぎないのがありがたいよ」

朝食の席でのエカテリーナの言葉に、ミハイルが答える。同じ食卓に、アレクセイとフローラもいる。

今回は、ミハイルがアレクセイと一緒に朝の鍛錬をしてそのまま朝食についてきた……という流れではない。皆で食事をとっているここはユールノヴァ城ではなく、北都の郊外にある別邸のひとつだ。狩猟大会が行われる猟場に近いため、前日に移動してきたのだった。

この別邸は狩猟のために建てられたもので、全体に男性的な、少々無骨な印象だ。邸内に狩猟用の弓矢や槍、そして大きな鹿の枝角や、他さまざまな猟の獲物の記念品が飾られている。長く滞在するためのものではないので、公爵家の別邸としてはこじんまりしたものだった。

とはいえ今回は皇子歓待の一環として、前々から使用人たちが念入りに準備をしてきており、隅々まで磨き上げられていて居心地は良い。

なお、「こじんまりしている」について、到着した時エカテリーナは確かにその通りだと思い、後に反省した。

充分、豪邸だってば。

東京二十三区にあったら、不動産価格は三桁億円だよ多分。

世界遺産クラスなユールノヴァ城を基準にものを考えるようになってはいかん、と前世社畜は強く思う。今生では公爵令嬢なのだから、自宅が基準なのはむしろ自然なのだが……それでも、「城」が当たり前は「ないわー」な前世の感覚も、忘れたくないのだった。

本日の狩猟大会は、朝から行われる。近隣の村人たちを勢子として動員し、猟犬たちも駆使して獲物を追い込む、大掛かりな巻き狩り猟だ。

一定のエリアに追い込んだら、大会の参加者たちが獲物を追い、猟果を競う。

そして夕刻には切り上げ、獲物と共にここへ戻ってきて、庭の巨大なかまどでジビエを調理させつつガーデンパーティを楽しむという流れだ。

「ミハイル様は、猟を楽しみにしておられましたものね。大物を獲得されることを、お祈りいたしますわ」

「ありがとう。もしかすると金角の大角牛に遭遇するかもしれないから、武運を祈ってね」

悪戯っぽく、ミハイルが注文をつける。

この邸には大角牛の角も飾られている。名前を裏切らない巨大さだ。

その中に一つだけ、金色をした角があった。着色されたわけではなく、こういう色の角を持つ個体だったのだ。

角が金色になった理由はよく解っていないが、ひどく狂暴だったという話が残っており、角の変色は病気の症状ではないか、狂暴性は苦痛にさいなまれていたためではないか、と推測されているとのこと。

とはいえ、肉を食べたら普通の大角牛より美味しかったそうだ。

病気っぽいのに食べたんかい。

「貴い御身です。そのようなものに遭遇なされた場合は、他の者にお任せください」

アレクセイが真顔で言う。ミハイルは穏やかに微笑んだ。

「なるべくそうするよ。でも、そんな狂暴な個体が人里を襲ったら大変だ。できることはしたいね」

「ユールノヴァの民のことを考えてくださり、ありがとう存じますわ」

レアな獲物を獲りたいっていう欲があるのは、お見通しだけどね。

でも、今の言葉だって決して嘘ではないはず。だって、学園で魔獣が出現した時、ためらいなく駆けつけて来てくれたんだから。

ほんとに、皇子はえらいよ。

そして、君の言う通りだ。手を振ったり笑いかけたり、ほんの少しだけど触れあったユールノヴァの人たちが、狂暴な魔獣に襲われるとか……ダメ絶対だよ。

「そのようなものが出没しましたら、微力ながらわたくしも、民を守るために力を尽くしとうございますわ」

ついつい盛り上がってしまい、そう宣言したエカテリーナだが。

「エカテリーナ」

ずしりと重みを感じるような声音で呼ばれて、我に返った。すみませんなんか調子に乗りました。

アレクセイは席を立つ。エカテリーナの傍らに来て、妹の手を取った。

「私のエカテリーナ。私の妹、私の生命、私の愛。お前は私の生命そのもの、お前の存在は私の心臓に等しいんだ。考えるも恐ろしいが、もしも失われたなら、即座に私の鼓動は止まるだろう」

「お兄様……」

すみませんシスコンお兄様、うっかりシスコンのスイッチを押してしまってすみません。

「お前はもともと病弱で繊細な子だ。それなのに、何かあれば我が身を顧みず、危険に身をさらしてしまう。あまりにも気高い、最高の貴婦人としての気質を持っていることは理解している」

いえそれは妹を美化するシスコンフィルターです。今日も朝からめっちゃ高性能です。

「それでも……どうか、お願いだ」

そっと、アレクセイが妹の手を握る手に力を込めた。

「お前だけが生きるよすがの、愚かな兄のことを考えてくれ。お前に危険が迫ることなど、考えただけで胸が震える。もう二度と、誰かを庇って自らを盾にするようなことはしないと……約束してほしい」

大丈夫です、そんなことはそうそうしません。学園での魔獣出現の時くらいです。

あ、でも魔竜王様と遭遇した時も、傍目にはそう見えちゃったか。護衛騎士のオレグさんが、なんかえらい美化して報告してくれちゃったらしいし……。

いや、不可抗力だろうがなんだろうが、お兄様に何度も心配をかけてしまったことは事実。胸が震えるとか、お兄様に辛い思いをさせるなんて、ブラコンとして許されんぞ自分!

うん、平謝りで。

エカテリーナは自分の手を取る兄の手を、両手で包み込んだ。

「お兄様にそのようにご心配をおかけして、わたくし自分が許せませんわ。決して無茶なことなどしないと、お約束いたします。どうかお心安らかに、今日の日を楽しんでくださいまし」

「ありがとう、私の女神」

アレクセイが微笑む。

「閣下、エカテリーナ様は私がお守りします」

決意の籠もった声で、フローラが言った。

「私が聖の魔力に目覚めたのは、エカテリーナ様をお守りするためでした。勉強はまだまだ途中ですけど、エカテリーナ様のことは、必ずお守りしてみせます」

「ありがとう。実に心強い言葉だ」

魔獣を撃退した実績を持つフローラの言葉は、アレクセイを安心させたようだ。表情が少し穏やかになった。

そんなアレクセイの向こうで、ミハイルが額を押さえているのが目に入って、エカテリーナは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

皇子、美辞麗句スキルがお兄様に及ばないからって、気にすることはないからね!

こんなの使いこなせちゃったら、たぶんむしろ周囲が困惑するから!