軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

挿入話〜帰城後の執務室〜

「お帰りなさいませ、閣下、お嬢様。ご無事でなによりでした」

ユールノヴァ城に帰還した兄妹を、アレクセイの腹心ノヴァクが珍しく安堵の表情をあらわにして出迎えた。騎士団長ローゼンはアレクセイに従っているが、財務長キンバレイら幹部たち、ユールノヴァ城の家政婦ライーサはノヴァクと一緒だ。

が、キンバレイとライーサは絶句している。無理もない。

「出迎え大儀。見ての通り、エカテリーナは無事だ」

「……お兄様、下ろしてくださいまし……」

上機嫌なアレクセイと対照的に、消え入りそうな声でエカテリーナは言う。

彼女は、アレクセイに横抱きにされていた。お姫様抱っこだ。

「お前は疲れているんだよ、エカテリーナ。馬車の中でもずっと眠っていただろう」

諭すようにアレクセイが言うと、エカテリーナは真っ赤になった。

「お恥ずかしゅうございますわ。お兄様の肩をお借りして眠ってしまうなど、はしたない……」

両手で顔を覆って、消えてしまいたい様子だ。

美女が恥ずかしさに悶える妖艶な図ではあるのだが、不思議なほど微笑ましいばかりなのは、周囲の人々が彼女の境遇と性格をよく知っているためだろう。それに、幹部たちから見ればエカテリーナは、子供か孫の年代である。

とはいえ、これに動じないノヴァクとローゼンあたりは、何か感化されているかもしれない。

「私がよりかかって眠るように言ったのだから、恥ずかしがることなどあるものか。腕の中にお前の愛らしい寝顔を見られて幸せだったよ、安らかな顔で眠っていたからね。さあ、部屋まで連れていってあげよう。今日はただゆっくり休みなさい」

「お兄様、わたくし自分で歩いてまいります!」

あやすようなアレクセイの言葉に、あわてて顔から手を離して、エカテリーナが断固とした口調で言う。

が、アレクセイは意に介さなかった。

「皆、のちほど執務室へ」

そう言い置いて、アレクセイは妹を抱いたまま彼女の部屋へ足を向ける。メイドのミナと従僕のイヴァンが付き従い、また家政婦のライーサも、公爵家の女主人に不自由のないよう使用人たちを統括するべく後に続いた。

「お兄様はわたくしに甘すぎですわ!」

最後に聞こえてきたのは、泣き出しそうなエカテリーナの声と、珍しいアレクセイの笑い声だった。

「……閣下にとって妹君は、まさに掌中の珠ですな。あらためて、ご無事でなによりでした」

執務室へ向かいながら、財務長のキンバレイがしみじみと言う。禿頭に大きな鷲鼻、財務長にふさわしくいかにも謹厳な外見の持ち主だが、以前からエカテリーナに好意的な人物だ。

「まことに」

うなずいたのは、騎士団長のローゼンである。

「しかしお嬢様には、それだけの価値がおありです」

彼は、迅速さを最優先して軽騎のみの先発隊を率いたアレクセイの後から、あらゆる事態を想定した重装備の一団を率いて出立していった。エカテリーナと再会し無事を確認したアレクセイが、ローゼンに伝令を送って進軍を停めさせ、翌日エカテリーナと共に合流。という流れを経て、ローゼンはアレクセイに従って帰還したわけだが。

ローゼンと合流した時に、騎士団の本気の重装備を見て、エカテリーナは絶句していた。

あらゆる事態を想定、という場合、騎士団は竜(さすがに玄竜は想定外だったが)や巨大な 複合獣(キマイラ) などにも対抗できる装備を携行する。組み立て前の状態とはいえ、 投石機(カタパルト) や槍に近いサイズの矢を射出する巨大クロスボウなどを携えた後発隊の威容は、まるで攻城戦へ向かう軍勢そのものであったのだ。

『お兄様……ローゼン様……わたくしのために、このような……これほどの戦力、あまりに過剰では……』

おろおろと言ったエカテリーナだが、アレクセイに言われると、すぐさま腑に落ちた表情になった。

『エカテリーナ、この部隊は移動に時間を要する。必要となる可能性があるなら、まずは動かしておくべきと判断したんだ。必要がはっきりしてから準備するのでは遅いからね』

『そうですわね、仰せの通りですわ。詳細が分からない時点での対応ならば、過剰を恐れるべきではないのですもの。愚かなことを申しました』

ローゼンと、そして共にその会話を聞いた副騎士団長ガルディア――騎士オレグとエリク兄弟の父親で家政婦ライーサの夫――の両名は、エカテリーナの言葉にいささか驚いたものだ。

「お嬢様は、兵法の知識までお持ちなのかもしれません。並みのご令嬢ではないのです」

ローゼンはキンバレイに言う。寡黙な彼にしては、口数が多い。

いや、エカテリーナの言葉は兵法ではなく、前世でSEをやっていた時の、システム障害対応の心得からだったのだが。とはいえ歴女として、戦記や孫子の兵法などは読んでいたので、当たらずとも遠からずではある。

加えてエカテリーナはそのあと、わくわくした表情で 投石機(カタパルト) やクロスボウの飛距離や威力、耐久性や製作費、維持費などを質問したものだから、騎士団にあらためて感心されてしまったわけだ。威力はともかく、耐久性や維持費に目をつける令嬢が他にいるだろうかと。

「お嬢様は代参の道中、領民の嘆願に応じて単眼熊を掃討なさったという話が伝わってきておりますな」

ノヴァクも話に入ってきた。

「獲った熊は貧しい領民に与え、魔力で畑の整備までしてやったそうで。その話はたちまち領内に広まっており、庶民の間で、美しく慈悲深いお嬢様の人気はうなぎ登りです」

「単眼熊……魔獣の掃討とは、あの優しいお方が勇ましいことをなさったものだ」

キンバレイは銀色の目を見開く。

「しかし貧しい庶民のためならうなずける。以前お話しした時も、貧しい者たちの苦難を思う、優しく聡明なご気質に感銘を受けたものだった。閣下を全力で支えようとされるお嬢様が支持を受けることは、閣下のご統治にも大いに貢献することだろうな」

後半はノヴァクに向けた言葉で、エカテリーナの善行が領内に広まっているのは、ノヴァクがわざと広めているためもあるのだろうと推測し、それを是としているのだった。

「お嬢様の御歳は、十五歳であられたか。そうは思えないほどのご才知、見目も女性らしく艶麗であられるのに、兄君を慕うご様子は幼いほど無邪気でいらっしゃる。閣下があれほど大切になさるのも、無理からぬことだ。女の子はか弱いものだからな」

最後の一言は呟くようで、ノヴァクはふと何かを思い出した様子でキンバレイを見たが、何か言うことは差し控えた。

さほど待つこともなく、エカテリーナを休ませたアレクセイが、幹部たちが待つ執務室に現れる。使い慣れた重厚な執務机に向かい、イヴァンが引いた革張りの椅子に身を埋めるや、アレクセイは言った。

「皆に伝えるべきことが二点ある。一点目、山岳神殿で神託が下された。領内の火山が近く噴火すると。

二点目だが、エカテリーナは旅の途中で、玄竜と遭遇したそうだ」

幹部たちは全員、絶句した。騎士団長ローゼンは騎士オレグから玄竜との遭遇については報告を受けていたが、噴火の件は初耳だ。

「それは……よくぞご無事で」

なんとか立ち直ったノヴァクが言う。

「しかし、植林の試みを知ってから姿を消していた玄竜が、なぜお嬢様の前に現れたのか不可解でございますな」

その言葉に、アレクセイは不機嫌そうに言った。

「奴は、エカテリーナに求婚したらしい」

幹部たちは再び絶句する。

そんな彼らに、アレクセイはエカテリーナから報告された内容を手短に話した。

「……往路で死の神、死の乙女と出会い、山岳神殿では噴火の神託を授けられ、復路では玄竜と遭遇されたと……。

お嬢様は大変な旅をなさいましたな」

まとめたものの、ノヴァクは疲れたような表情でこめかみを揉んだ。

「ともかくも、噴火の対策費を押さえましょう。規模も時期も不明な状況ですので、今のところは予備費の枠を確認する程度になりますが」

「ああ。フォルリ翁の報告を待って、あらためて検討しよう」

キンバレイの言葉にアレクセイはうなずく。

それから、ローゼンに目を向けた。

「もうひとつの件だが。対策として、騎士団の増強を考えたい」

即座にローゼンはうなずく。

「現在の重装備でも難しい相手です、新たな兵器の開発が必要かと。火薬を使用した破壊力の高いものを……」

「お待ちを」

盛り上がりかけた会話を、ノヴァクがガッと止めた。

「お嬢様の輿入れ先として、玄竜は一考に値するかと」

「何を言う!そんな得体の知れないものに、あの子をやれるものか!」

ノヴァクの言葉をアレクセイは激しく拒絶したが、ノヴァクも動じなかった。

「一国の軍隊にも匹敵するという存在を取り込めるなら、ユールノヴァにとって大いに利のある話でありましょう。見目麗しい姿と仰せであったのなら、お嬢様もまんざらではないのでは。

それに、お嬢様を遠方に手放すことなく、ずっとユールノヴァ領に暮らしていただくことができます。形の上では玄竜を婿として分家をたて、往来しやすい城でも差し上げて住んでいただけば、目の届くところで皆でお守りできましょう。

逆に玄竜を敵に回せば、どれほど消耗することか。軍備増強にかかる費用は莫大です。アレクサンドラ様の衣装道楽など、それに比べれば些末なもの」

「……」

反論のしようもない言葉に、アレクセイはぐっと詰まる。

ノヴァクの最後の一言には、キンバレイがうなずいていた。キンバレイは現在の幹部の中では森林農業長フォルリに次ぐ年長、自身が子爵位を持つ貴族という重鎮だが、財務長の役割に徹して領政に口出しすることがない。財務を握るものが権力も握ることが多い中で、得難い人材と祖父セルゲイが信頼していた人物だから、アレクセイにとってもキンバレイの見解には重みがある。

「皇都のハリルから手紙が届いたのですが、皇都の社交界ではミハイル殿下がユールノヴァで夏休みを過ごすことから、お嬢様が次期皇后の本命だという話題で持ちきりだそうです」

「く……」

ノヴァクが続けた言葉に、アレクセイは珍しく焦燥をあらわにする。皇帝コンスタンティンに、ミハイルをユールノヴァ領で過ごさせたいと言われた時から、周囲にそういう見方をされることはわかっていたが、こうして聞かされるとやはり腹立たしい。

皇室はエカテリーナを望んでいる。とはいえ、選択肢を絞るわけでもない。ユールノヴァが逆らえないやり方で、ゆるやかに、外堀を埋めにかかっているのだ。さすがに巧妙である。

「皇室には嫁ぎたくないというお嬢様のご意志を尊重するならば、皇室も口出しが難しいお相手として、玄竜は貴重な存在では。むろん一択ではありませんが、考慮の対象として、あってよいかと」

アレクセイはむすっと視線をそらしている。いつもの有能領主の表情ではない、意固地な子供のような顔だった。

と、小さく笑う声がする。

「ご無礼を。しかし、お嬢様の魅力は大変なものですな。人々が争い求める皇后の座と、伝説の巨竜の求愛を、天秤にかけるとは……まるで神話の世界ではありませんか」

キンバレイだった。

「ご婚約については、お嬢様のお気持ちも肝要でありましょう。ずっと閣下のお側にいたいと仰せになる、幼い面がおありのうちは、あまり選別など進めずお気持ちの通りにしてさしあげればよろしいのでは。

……女の子はいずれ嫁にいくものですが、そう思っていたら思わぬことが起きる場合もございます。悔いのないよう、見守って差し上げるのがよろしいかと……」

キンバレイが財務以外のことに意見するのは珍しく、アレクセイは少し驚いた顔をする。

ノヴァクが口を開きかけたが、結局沈黙した。この中で知っているのは一番年齢の近いノヴァクだけだが、キンバレイはかつて一人娘を流行り病で喪っている。わずか十歳だったはずだ。

「そうだな。すべては、あの子が望む通りだ。今は、あの子は私と居たいと言ってくれる。そのうち違う気持ちになれば……その時は、なんなりと望みを叶えるつもりだ」

ようやく気持ちを定めた様子で、アレクセイが言った。ふと呟く。

「私と会ってまだ一年にもならないから、もっと一緒にいたいとあの子は言ってくれる。……あの子と初めて会った日は、母を亡くした日だ。私のせいで……それなのに、あの子は優しい」

さすがに誰も、声をかけられなかった。

「ミハイル殿下はまもなく到着される。噴火の件と併せて忙しくなるが、よろしく頼む」

「御意」

我に返ったように言うアレクセイに、一同はそろって頭を下げた。