軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魔竜王

「お嬢様を離せーっ‼︎」

咆哮のように叫んで、ミナが 疾(はし) る。

人外の速度でエカテリーナの元へ至るや、どこへ隠し持っていたのか 短剣(ダガー) を手にヴラドフォーレンに襲い掛かった。

しかし、短剣は空を切る。

戦闘メイドのミナの目にさえ追えない速さで攻撃をかわし、ヴラドフォーレンはエカテリーナを抱いたまま再び宙に立っていた。

「魔の血を引くようだが、相手を誰だと思っている」

「うるさい!」

夜叉の形相で、ミナは跳躍する。

驚くべきことに助走もなしに数メートルを跳んで、届いた。だが、エカテリーナに伸ばしたミナの手から、ヴラドフォーレンはさらなる高みへ移動して逃れた。

「お嬢様!」

オレグたち騎士、猟犬レジナも駆け付けるが、武器の届かぬ間合いに歯がみするばかりだ。エカテリーナが腕の中にいる、武器を投擲することもできない。レジナは魔獣の血が魔竜王に従おうとするのだろう、咆えることもできず苦しげで、他の猟犬たちに至っては地に伏せたまま動けないようだ。

「ふん」

ヴラドフォーレンがつまらなそうに呟いた声を聞き、エカテリーナは背筋が凍る思いがした。

人間たちを不快に思っているのだろうか。排除しようとするかもしれない。魔竜王は炎のブレスを吐く、人間バージョンでも同等の攻撃力を持っている可能性はある。

エカテリーナはヴラドフォーレンの腕の中から身を乗り出した。

「ミナ!オレグ様!

わたくしは、お招きを受けましたので、このお方としばし歓談いたします。皆様、そこで動かずお待ちになって。命令です!」

命令という言葉をエカテリーナが口にするのは、初めてのこと。ミナも騎士たちも、全員が硬直する。

それを潮時と見たか、ヴラドフォーレンはさらに上昇した。

「お嬢様ーっ‼︎」

血を吐くようなミナの叫びは、遠くなり、聞こえなくなった。

ザザッ――。

ノイズのような音が耳の中で鳴ったと思うや、先ほどまでの街道沿いとはまったく違う場所に浮いていることに気付いて、エカテリーナは目を見張った。

どこ⁉︎

思わずきょろきょろと周囲を見回して考えるに、ユールノヴァの山岳地帯でもひときわ標高の高い山の、中腹。……のようだ。

眼下には、緑の森に覆われた山また山が連なっている。その緑、その植生が、ユールノヴァ領から出てはいないことを教えてくれる。

それにしても、まったく別の場所だ。

もしや、転移⁉︎

前世の漫画やアニメではよく出てきた、瞬間移動を体験したの⁉︎

すげえー‼︎

「……何やら楽しげだな」

はっ!

我に返ったエカテリーナは、自分をお姫様抱っこしている人物をちらりと見上げた。

そしてすぐさま目をそらした。

ヤバい。視界に大変なものが映る。

死の神様も絶世の美形だったけれど、夜、月光の下だったし、異質な美しさだったから、そこそこ冷静でいられた。

でも真っ昼間にこの至近距離。

大変。思考が成層圏の彼方に飛ぶ。

「なぜ俺を見ない?」

ぎゃー、声まで良い!

我に返ってしまったせいでようやくそこに意識が至って、エカテリーナは内心で叫ぶ。

お兄様も低くて良いお声だけど、魔竜王の声はさらに低い。前世で合唱部だった知識で分類すると、お兄様がバリトンボイス、こちらはバスボイスか、バスバリトンなんて分類されるあたりだろうか。

こんなくっついた状態で喋られると、身体に直接響いてくるからやめて!

いや、うろたえてる場合じゃない。頑張れ自分!

思い出せ、いくら美形でも私のストライクは他所にある。

私のドストライクはーーお兄様だっ‼︎

握りこぶしで決意を固め、エカテリーナは決意みなぎる顔でヴラドフォーレンに視線を向ける。

その表情が可笑しかったのだろう、絶世の美貌が、ふ、と微笑った。

……エカテリーナはさっと目をそらした。

「あの……わたくしを下ろしてくださいまし」

「お前など軽いものだが」

あら礼儀正しい。

そもそもこの人、いや人じゃないけど、自分の顔が人間に与える威力をわかってて、面白がってる感じがあるんだよね。今までまったく人間と関わったことがないわけじゃないのかも。

話せばわかる?

あ……五・一五事件でこう言って、『問答無用』って撃たれた犬養毅を思い出しちゃった。いや一緒にするな大丈夫。だって攻略対象なんだから。

「おそれながら、わたくしどもの慣習では、婦女子は家族以外の殿方とこのように身体を触れ合わせることを、許されておりませんの。落ち着きませんので、下ろしていただきとうございます」

「なるほど」

ヴラドフォーレンはくすりと笑う。

そして、宙を滑るように移動した。

わー。

どういう理屈で浮いてるんだろう、フシギー。

でもそういえば竜の姿でだって、科学的には飛べるはずはないって読んだことがあったな。翼があろうと大きさからして、翼面積に対して重すぎるはずだから飛べない、って話だったような。

それでも飛べるんだから、人間の姿で宙に浮くのも、驚くことじゃないんだろう。

魔力で何かしているんだろうけど、何かそんな感じもするんだけど、今ひとつ感じ取れないなあ。

……全力で現実逃避してるよな、自分。

山の中腹にある岩場に降り立つと、ヴラドフォーレンはエカテリーナをほどよい高さの岩に座らせた。

周辺に連なる山々を眼下に見渡せる、眺望が素晴らしい。いつの日か、絶景スポットとして登山家に人気になるかもしれない。

「お前たちの慣習に反したようで、すまなかったな」

あらー。

前世で画像を見て俺様キャラだと思ったけど、そうじゃないみたい。

「謝罪なさるにはおよびませんわ。お聞き入れくださってありがとう存じます」

「落ち着いているな、お前は。人間はたいてい、宙へ引き上げただけで殺されるように叫ぶものだがーーもしや異世界では、人間も空を飛ぶことができるのか」

いやそうではないですが、でもまあ。

前世には飛行機があり、パラグライダーやハンググライダーがあった。ドローンで空撮した光景をテレビやネット動画で見ることも、日常茶飯事だったし。

それに私、前世も今生も高所は得意な方だし、前世ではジェットコースター大好きだったから、かな?

ってノリツッコミはいらんからつっこめ自分!

「あの、魔竜王様。わたくしの魂が異世界からきたと考えられること、前世の記憶があることを、なにゆえご存知でいらっしゃるのでしょう」

尋ねると、ヴラドフォーレンはあっさりと答えた。

「死の神と奥方が俺を 訪(おとな) い、お前のことを話していった」

やっぱりいいい!

ですよね!他にこの世界にそれを知っている方はいませんものね!

山岳神様だって『変わった魂』とおっしゃっただけで、異世界産だとはよもや思わないみたいでしたもんね!

でもわざわざ訪ねて行って話した⁉︎

うわーん、なんでやねん!

「お前はずいぶんと気に入られたようだな。お前のことを案じていた。ーーお前は普段、皇都で暮らしているのか」

「はい……左様にございます」

「死の神は皇都に立ち入れない。皇都はあまたの人間たちがそれぞれ奉じる神を引き込んだあげく、飽和状態になっているからな」

あ。

そういえば、皇都があまりに神様密度が高いせいで、新たに神殿を造って神様を呼んだら神様が夢枕に立って『もう一杯で入れない。ムリ』(意訳)と言った、とかって話を聞いたっけ。

……あれ、マジな話だったのね。

「死の神は弱い存在ではない。俺でさえ、生命ある身として、死の神には抗いがたい。だが今は信仰されていない上、自ら司る 理(ことわり) に反しているために、神々の基準では弱体化している」

ああ、理に反するとはセレーネさんのことだ。亡き人とこの世で共にあることは、死の理に反するといえば、そうなのかもしれない。

「皇都でお前に何かあっても助けになれないと見て、俺を引き込もうという腹らしい」

死の神様は創造神を気にしていたから、皇都で何かが起こった時のことを心配してくれたのか。そんな……そこまで気遣っていただいては恐縮です。

……でも正直、この状況が私にとっては危機なんですが。

「神々と語らうほどには長く生きているが、神の事情は俺には関係ない。

俺は皇都は好かん。人間ばかりがぞわぞわと寄り集まっているのを見ると、焼き払いたくなる」

やめてくださいシャレになりません。

「だがお前の話は、異世界の記憶を持つ娘の話は、気になった。

俺は三千年ほど生きている。かつてはこの世界を巡り、多くを見た。……が、飽きた。北の果ての氷原にも、東の果ての水平線にも、とうに飽きている。だがお前は、まったく違う別の世界を知っているのだろう。それに、久しぶりに興味というものを感じた。

お前の世界は、どんな所だ。俺に、話して聞かせるがいい」