軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

マークウッド伯爵邸では……

マークウッド伯爵のもとにウォルテル公爵から使者がやってきた。

一国のトップが直々に連絡してくる、それはあり得ないというほどではないが、ほとんどないことで、伯爵は「ふん、まあ会ってやろう」なんて答えはしたが内心は大喜びだった。

最近は貴族社会でもバカにされることが増えていたのだ。

ようやく自分にまた風が吹いてきた——そんなふうに思っていた。

だけれども。

まさかその用件が、

「な、な、なんだと……!? ウォルテル公国が、うちのメイドを迎え入れると!?」

その価格は1億ゴールド。

しかも年俸だ。毎年払うのだ。

使者としてやってきた初老の男性は、相手が伯爵であってもへりくだったりはしない。公爵の名代だから。

「さよう。ついてはメイド……ニナ殿に掛けられている 不当な(・・・) 懸賞金を取り下げていただきたい。これではまるで犯罪者だ」

「なっ!? あのメイドがなにをしたか知らないからそんなことが言えるのだ! 罪を犯す以上に大変なことをしでかしたのだぞ!」

ちら、と伯爵が部屋の隅にいる執事長とメイド長を見やる。

ふたりは伯爵に目を合わせず、反対側の壁を見つめていた。

同意くらいしろ、と苛立たしげに伯爵は使者へと視線を戻す。

「ではお聞きしたいが、ニナ殿は王国法に抵触する罪を犯し、逃亡生活をしていると?」

「あ、ああ……そういうことだ」

「王国法は確か、殺人や貴族に直接危害を加える等の特定の重犯罪以外は罰金で済むようになっていましたな?」

「え、ええと」

そうだったか? わからない——伯爵は執事長を見やったが、執事長は今度は「うん」とうなずいた。

「まあ、そうだ」

「であればウォルテル公爵はその罰金を肩代わりすると仰せだ。罪の詳細を教えてください。金額を算出しよう」

「なんだと!?」

使者が手を挙げると、横に控えていた部下が銀のトレイにかかっている布を取る。

そこにはウォルテル公国の金貨が積まれていた。

まさに目もくらむような黄金の光だった。

(な、なぜだ!? なぜウォルテル公爵はそこまでしてあの迷惑メイドを気にかける!?)

マークウッド伯爵はニナたちがイズミ鉱山でどのような活躍をしたのかを知らない。

それどころか鉱山事故のことすら知らない。

ゆえに使者と会っても、最初の挨拶で鉱山に関する哀悼を口にすることもなかった——わざとやったのではない限り、貴族としては「情報・勉強不足」を晒したようなものだった。

(そうか! トゥイリード様か!)

メイドのニナがトゥイリードをもてなしていたことは伯爵も知っている。

そしてトゥイリードが、ニナがいなければもうここには寄らないと言っていることも。

裏を返すと、ウォルテル公爵がニナを手に入れれば、トゥイリードはウォルテル公国に毎年来てくれるということだ。

(そこに1億ゴールドもの価値を見いだしているのだ)

マークウッド伯爵とて、それくらいの計算はできるのだ。

でなければいくらメイドが優秀であったとしても貴族社会では生き残れない。

伯爵はもったいぶった。

「……しかし、あのメイドは当家の者。金貨を積まれて手放すようであれば、私の見識を疑われましょう」

使者はじっとマークウッド伯爵を見つめていた。

(な、なんだ……? こいつの目は。私を品定めするような目をして。腹立たしい!)

すると使者は、

「つまりウォルテル公爵様のご厚意をむげにするということだな?」

「ご厚意もなにも。使用人を監督するのもまた当主としての務め。それだけのことだ」

「——ここに、クレセンテ王からの書状がある」

「!?」

いきなり出てきたクレセンテ王の名——つまりはマークウッド伯爵がどうあっても逆らえない、この国の頂点の名。

「『マークウッド伯爵家がメイドを放逐したのは事実であり、さらにはなんらかの嫌疑を掛けて連れ戻すべく懸賞金を掛けていることもまた事実。このような醜聞は到底見るに堪えず、もしメイドについてこれ以上とやかく申すようならばそのメイドに関する雇用権、管轄権、その他すべてをウォルテル公爵に譲る』」

「なっ……!?」

「これは言う必要がないかもしれないが、貴殿が供託していた懸賞金は国庫に収納するということだ。まあ、1億ゴールドに比べれば安いものだな」

「!?!?!?」

広く誰かを捜させるために懸賞金を掛けるということは、実際にそのお金が存在しなければならないので、一度その懸賞金を国に預けるのがクレセンテ王国のルールだ。

これを供託金と言う。

国王は供託金をマークウッド伯爵に返さない、と言ったのだ。

伯爵にとってはニナも見つけられず、懸賞金も取り上げられたことになる。

目を白黒させるマークウッド伯爵に構わず使者は立ち上がる。部下もすでに金貨に布を掛けてしまった。

別れを告げられても伯爵は呆然としていた。

「……ハッ!」

伯爵が我に返ったのは、使者たちがお屋敷を出て行った後だった。

「執事長! メイド長!」

「は、はっ」

「はいぃっ」

「これは……どういうことだ!?」

がん、と拳をテーブルに打ちつける伯爵。

どういうことだと言われても、ふたりにはまったくわからない。

「今すぐ調べろォ! ニナというメイドはなにをやったのだ!? ウォルテル公国のこともだ! 早く! 今すぐ動けェ!」

「わ、わかりました!」

「はいぃっ!?」

執事長は礼もせずに部屋を飛び出し、メイド長は情報収集などできるわけもないがここにいても雷が落ちるだけなので逃げ出した。