軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エピローグ

ティエンは目を開けた。

そのとき感じたのは——鼻の奥に刺さるような消毒液のニオイ。

次に、安心する、嗅ぎ慣れたニオイ。

「……先生?」

自分が見知らぬベッドに寝かされていて、それがどこかの治療院なのだとは想像がついた。

だけれどどうしてここに先生が?

先生は、イスに座り、膝に手を突いてうなだれていたが、ハッとしたように顔を上げると、

「ティエン、起きましたか……よかった」

立ち上がるとティエンの額にそっと手を載せた。

その瞳は潤んでいるようだったけれど、この暗さではあまりよく見えなかった。

部屋には、ぽつんと1つだけ魔導ランプが点っているだけだった。

室内には他にもいくつかベッドがあって、何人も眠りについていた。

でも、カウンターの輪郭や室内の雰囲気には見覚えがある。

鉱山の管理事務所だ。

「……どうして、ここ、鉱山の事務所……」

「ええ、ええ。そうですね。ニナさんの指示で、一時的に救護所になりました」

「ニナの……?」

ティエンの脳裏には小さなメイドの姿が浮かぶ。

ティエンに水を与え、ティエンでも食べられる料理を作って久々の「満腹」を教えてくれたメイドさんだ。

その対価と言えば鉱山の見学案内だけ。

鉱山事故では、確か彼女はこちらに残っていたはずだが……。

(そっか)

エミリとアストリッドだけじゃない。

ニナも、鉱山の外で手伝ってくれたのだ。戦ってくれたのだ。

「……あのね、先生」

あの3人の少女を思い出したとき、ティエンの胸は、温かくてもどかしくてどうしようもない思いでいっぱいになった。

だから、その言葉は自然に出てきた。

「チィは、町を出ようと思うのです。できればニナといっしょに」

すると先生は、まるで「そう言うと思っていた」とでも言わんばかりの微笑みを浮かべ、ゆっくりとうなずく。

「そうしてね、チィは、いつか……お父さんとお母さんに会いたいのです。どうしてチィを捨てたのか……怖いけど、聞いてみたいのです」

先生はもう一度ゆっくりとうなずき、そして、

「どんなに離れていても、あなたの無事を祈っています。毎日、毎日、神様に祈りを捧げます……ティエンの、誇り高き月狼族ティエンの旅の無事を」

その言葉がウソではないことをティエンは知っている。

先生は修道院で毎日祈りを捧げているからだ。

孤児院を卒院していく子どもがいたあとは、特に念入りに。

先生はずっと祈っている。

子どもたちが健康に、無事に、どこかで暮らしていることを。

「……雨が止んだみたい」

ニオイで、それがわかった。

先生が木の窓を開くと外から濡れたような空気が流れ込んで来た。

確かに雨は止んでいて、東の空が明るんでいた。

なんでよ、とエミリは思った。

「あ、エミリさん、アストリッドさん、おはようございます〜」

時刻で言うと朝の8時くらいだ。

宿のベッドは固いながらもエミリはすっかり熟睡した。

確かに——確かに、今日は少し寝坊したかもしれない。

昨日魔法を使いすぎたし、鉱山を出たり入ったりしてだいぶ歩いた。

歩くのに慣れているエミリですらしんどいのだから、アストリッドなんていまだに目をつぶったままふらふら歩いている始末である。

でも、それは、ニナだって同じのはずだ。

聞けば、救護所を作るにあたっては大人がふたりがかりで運ぶようなものを彼女が小さい身体でひとりで運んでいたとか。

どうしてそんなに力があるのかと聞かれて返ってきた答えは「メイドなら当然です」——。

「ってそれはいいのよ」

「え?」

「あんた、ちゃんと寝た? あたしたちより遅くまで働いてたでしょ! なんでもう起きて、昨日の服を洗濯までしてるの!?」

「メイドなら当然です」

その言葉を言われるたびに頭がくらくらする。

エミリのなかで「メイドってこんなだっけ?」という疑問から「やっぱりメイドよね」という常識にすり替わっていくのを感じる。

ダメだ。

絶対にそんなのダメだ。

「いいから。あたしの服はあたしがやるから」

エミリは、たらいで服をもみ洗いしているニナの横にしゃがみこんだ。

「で、でも……」

「あんたはあたしのメイドじゃないでしょ」

「それは……」

しゅん、とニナがしょげる。

(やれやれ……)

これは、 そろそろ(・・・・) やったほうがいいかもしれない、とエミリは思った。

(ね、アストリッド)

仲間に視線を投げる。

するとアストリッドは、

「…………すぴー」

立ったまま寝ていた。

鉱山事故のニュースは衝撃とともに町へと広がった。

遅い朝食を終え、昨日の雨がいまだ乾いていない町へと出るとどこもかしこも事故の話で持ちきりだった。

「——修復に3か月かかるそうだぞ」

「——俺は半年と聞いたが」

「——なに言ってんだい。半年掛かったら町が干上がっちまうよ!」

「——労働者もいなくなるだろうな」

「——鉱山長が言うには……」

すべてが又聞きの又聞きで、しかも話の根拠すらないような内容ばかりだったけれど、それでも住民たちを不安がらせるには十分だった。

漏れ聞こえてくる話を聞いたニナは、

「エミリさん」

「ん? なに?」

「あの……その、えっと……いえ、なんでもないです」

言いかけた言葉を引っ込め、

「あっ、市場ですよ! 今日はまたにぎやかですね」

話題を変えた。

ニナたちが市場に来たのは、次の旅に出るための食材や物資を買い込むためだった。

鉱山見学という目的は果たしたし、さらには事故の被害を最小限に食い止めるお手伝いまでしてしまった。

正直なところエミリだって、「もう鉱山はお腹いっぱい」というところだ。

できることなら風光明媚な海の町とかに行きたい。

そこで海を眺めながらトロピカルなジュースとか飲みたい。

エミリの「リゾート」へのイメージなんてその程度ではあった。

「——ニナ」

でも、

「もうちょっとだけこの街にいようか?」

エミリはそう言っていた。

ニナが、鉱山復旧のためになにか手伝いたいと思っていることは聞く必要もないくらいわかりきっていて、そして自分にその力が足りないからエミリの魔法やアストリッドの知恵を借りたいと思っていることもまたわかりきっている。

「事故のせいで町が寂れていくとわかってて、できることもあるのに『ハイサヨナラ』じゃ気持ち悪いしねー」

「エミリさん……」

「幸いっていうか? あたしとかアストリッドの力はこういうときに使えるものだしさ」

「エミリさぁん!」

「うわぁ!?」

がばりと抱きつかれて、さすがにこんなふうにされるとは思わなくてエミリは目を瞬かせる。

「ど、どうしたのよ、ニナ」

「エミリさぁん、エミリさんは素敵過ぎますぅ……」

「ちょっ、た、助けて、アストリッド!」

「顔を真っ赤にしているエミリくんもレアだからね、私としてはしばらくこのまま見ていたい」

「ふざけないでよ!」

「いいじゃないか。君は、ニナくんのことだから言い出しにくくて、言い出した以上は責任を感じるだろうから、こっちから言ってあげなきゃね……みたいに、昨晩は私には言っていたんだし」

「ちょっとぉ!? バラさないでよ!?」

「エミリさぁん!」

「ギブ! ニナ、ギブアップだから! あんた力強いのよ!」

ぐいぐい押しのけながらもエミリはうれしかった。

それはニナに感謝されたから、というだけではなくて。

(この子……「メイドじゃない自分」をちゃんと見せてくれたんだ)

良くも悪くも「メイド」であることが染みついているニナ。

その彼女が感情をあらわにしてくれた。

それはなによりエミリにはうれしかった。

「ニナくん、そのくらいにしてあげて。私とエミリくんは宿に戻って道具を取ってくる。連泊の手続きもあるしね」

「えっ、それくらいならわたしも……」

「ニナくんには頼みたいことがあるんだよ。ティエンくんがどうなったか、見てきて欲しい」

「!」

医者は、命に別状はないと言っていたし修道院の先生もいたので、ティエンは鉱山の管理事務所に置いてきたままだった。

ニナも気になっていた。

「後で鉱山で合流しよう」

「は、はいっ!」

ニナはふたりと別れ、鉱山管理事務所へと向かう——。

「——で、エミリくん。ほんとうに やる(・・) んだね?」

「ええ。今がいい機会だと思うから。さっきのニナの顔見た? あの子、きっとあたしたちだけじゃなくて鉱山労働者にまで気を遣ってるのよ。『復旧作業を手伝ったら彼らの仕事を取っちゃうかもしれない』とかさ」

「そうだろうね。あそこまで行くと、優しいと言うより、むしろ気遣いの呪いのようにさえ感じるよ」

「あとさ……あたし思うんだけど、ティエンは……」

「ああ。ティエンくんもきっとニナくんについていきたいと言うだろう」

ふたりは視線を交わすと、互いに苦笑いした。

「まったくあの子は……何人仲間を増やすのよ」

「私としては、どこまで増えるのか見てみたい気もしているよ」

「本気?」

「冗談」

「だよね」

エミリは小さくため息を吐いて、

「それじゃ行きましょ。—— 冒険者ギルド(・・・・・・) へ」

歩き出した。