軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

取り残された者

「はあ、はぁっ、は、はぁっ、はぁっ……」

男は——この鉱山現場を取り仕切る、現場の最高責任者である現場監督は、必死だった。

この国で有数の鉄鉱山で、きちんと鉄鉱石を掘り出すことに。

上司である鉱山長の期待に応えることに。

自分の地位を守ることに——必死だった。

魔導技術が進歩して、世界ではますます鉄が必要とされるようになった。

売値が上がると、鉱山のノルマも上がった。

すさまじい利益を、鉱山は生んでいるはずだったが、それが鉱山労働者や現場監督に還元されることはなく、ただひたすらノルマの重みだけが増えていった。

「はぁ、はぁっ、どうして、こんな……」

すでに首の下まで水に浸かっていて、右手で壁面にへばり付いていた。

左手は水面より上に魔導ランプを掲げておりそれが唯一の光源だった。

もう、他に誰もいない。

ときどき地響きがして、そうすると水位が上がった。

水位が上がるのと、自分に残された時間が短くなるのとは同じ意味だった。

「私は、ここで死んでいいような人間じゃないっ……! こんな事故、あってはならないんだ……!」

涙も鼻水もあふれて止まらなかった。

自分の帰りを待っているはずの妻と子の顔を思い浮かべると悲しくなり、次に家族がこれからどうやって生きていったらいいのかと思うと、あまりの恐ろしさに腰から下が麻痺したように動かなくなった。

「い、生きないと、生きなければ……」

でも、どうやって。

「必ず助けが来る……水が引けば、助けが……」

魔導ランプの明かりが、ついに天井を映し出した。

あと5メートルといったところだろう。

このペースで水が上がっていけば、あと1時間も経たずにここは水没する。

空気がなくなるのが先かもしれない。

「イヤだ、イヤだ、そんなの、イヤだ……」

第4区は水がよく出る区域だった。

だけれど鉱脈が豊富にあって、ノルマを達成するにはここを掘るしかなかった。

危険があるかもしれないとは思っていた。

それでも今までは上手くいっていた。

鉄砲水が出ても塞いできた。

自分勝手な鉱山労働者を働かせてノルマをクリアしてきた。

いきなり天井が崩落するなんて——今までなかった。

ましてや自分だけが取り残されて刻一刻と死が迫るようなトラブルなんて、今まで一度もなかったではないか。

「あ……」

つかんだ場所が滑って、現場監督の身体は一瞬浮いた。水の中に緩やかに沈んでいく——。

「わああ、わあっ!?」

あわてて腕を動かすと魔導ランプが水に浸かって、光が消えた。

不意に訪れた暗闇に現場監督は必死で腕を振り回す。

次の瞬間には何者かに足をつかまれた。

これは、鉱山にいるとウワサされていた亡霊の仕業では——。

「ごぼぼっ!? あ、ああっ!? がぼあああああああ!?」

「ぶはぁっ」

「ぎゃああああああああ!!!!!!!」

真横で声がしたものだから現場監督は絶叫する。

「うるさい!」

「あいたっ!?」

がつんと頭を殴られ、ヘルメット越しだというのにその衝撃で目の前に星が散った。

現場監督はそれで我に返る。

目の前に、ぜえぜえと息をしている誰かがいる。

「え? な、なんだお前は……」

「はぁ、はぁ、はぁっ……助けに来たのです」

「救助か!? 天は俺を見放さなかった!」

喜びから一転して、

「……いや、待て、お前は幽霊犬か? お前、もしかしてお前も閉じ込められたんじゃないだろうな……」

疑うような声を出す。

どんな表情なのか——暗闇で、ティエンにはわからなかった。

「……助かる気がないのなら別にいいのです。帰る」

「ま、待ってくれ! そうは言ってない! どうやってここまで来たんだ!?」

「崩落は魔導士様が直してくれた。あとは泳いで来たのです」

「…………」

沈黙で、現場監督はなにを考えたのだろう。

ウソくさい、とでも思ったのか。

あるいは——、

「……俺がここにいるとわかって、助けに来てくれたのか?」

「そうなのです」

「…………」

また少しの沈黙があった。

「……ありがとう。ほんとうに、ありがとう。俺には妻と子がいるんだ……俺が死んだら、アイツらは——」

「そういう話は助かってからにするのです」

「そ、そうだな……それで、どうやって戻る?」

「…………」

今度はティエンが黙る番だった。

「ど、どうした? ああ、そうか、ロープだな? ロープをつないでここまで泳いで来てくれたんだろう? そうだろう?」

「そうだけど、ロープはもうないのです」

「……どういう意味だ?」

ティエンは腰に巻いたロープを持ち上げて見せた——暗闇では見えなかったが。

「長さが足りなかったのです」

「な……」

確かに横に進んで30メートルは、ロープの長さとしても十分だった。

だが、そこからの水面上昇は計算外だった。

水面が上がったぶんは、長さが足りなかったのである。

ではどうやってティエンがここまで来たかと言うと——「これが長さの限界」という意味で、アストリッドとエミリがぐいぐいとロープを引っ張ったのだが、ティエンはそれを無視して強引に先へと進んだ。

最初こそロープはピンと張っていたが、やがて緩んだ。

つまりロープの先端は水没した通路のどこかにある。

「む、向こうから引っ張ってもらうことはできないということか……だが、お前のように泳いでいけばいいんだな?」

「……そう。でも、ずっと潜っていかなきゃいけない」

「…………」

現場監督も、さすがにここから入口までの距離が相当あることはわかっている。

ふつうに泳いでいけるような距離ではないことも。

さらには真っ暗闇の中を、一度潜ってから進まなければならないのだ。

泳ぎ切れなければ、溺死は間違いない——ごくり、と現場監督はつばを呑んだ。

「こ、ここに残ったら……」

「…………」

「そ、そうだな……残ってももっと状況が悪くなるだけだ……」

現場監督もそれくらいはわかった。

「や、やろう。やるしかない」

「うん。それじゃ行くのです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

現場監督の声が震えている。

「も、もし俺の息が切れたとしても、お前は先に行ってくれ。見捨ててくれて構わん」

「…………」

「ふたりとも死ぬよりマシだ。そうだろう、 ティエン(・・・・) 」

「……わかった」

ふたりは暗闇の中だというのに互いに視線をかわし、そして——。

「すぅ——」

「すぅ……」

同時に、水の中へと入った。