軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第95話 勘違い

「怪我はもう大丈夫か、虎子」

「見ての通り、大事にしてますよ。無理やり、されてます、といった方が正しいかもしれませんけど……」

ほら見てくださいこれぇ、と、左手に繋がれた点滴をみせながら「大げさなんですから」と、ベッドでふて腐れる虎子がわざとらしい溜息をつく。

先のクエスト終了後、虎子はすぐさま大学病院ダンジョン科――ダンジョン専門病棟に搬送された。

といっても命に別状があったわけでなく、念のための検査入院だ。

その日に帰宅してもよかったのに、とふて腐れる虎子に、「念のためだ」と後藤。

彼が念押ししたことは黙っておこう。

「虎子、何か困ったことはないか」

「特には……ああ、ポーション代が、お給料がなぁ~とはちょっと」

迷宮探索に用いるアイテムは、自前で揃える職場の方針だ。

以前は申告制だったのだが、それを良いことに高価なアイテムをガバガバ使う馬鹿がいたり、横領した者がいたため、固定の補助費を越える分は自腹になってしまった。

ダンジョンでは事実の隠蔽が容易な点もあり、仕方ない面はあるが……高額のポーション等は自腹を切っている隊員も多い。

「……ポーション代、俺が半分出すか?」

「え!? いや、いいですよ、そこまで気を遣わなくても」

「自衛隊に例えるなら、装備品を半分自腹で用意しろと言ってるようなものだからな。納得いかないのも分かる」

「そこは先輩のせいでなく法整備の甘さのせいですし。あとほら、国民の目がありますから」

迷宮庁は税金泥棒、の噂はよく聞く。

まあ、予算が年々増額になっているのも、残念ながら事実だ。

困ったものだな、と手近な椅子に腰掛けて溜息をつく後藤。

「…………」

「…………」

それから、しばらくの沈黙を挟んで。

「……先輩、帰らないんですか? いえ、私は嬉しいですけど」

「ん。ああ」

いかついガタイを揺らし、眉を寄せる後藤。

……ううむ。

全くもって、自分は不器用だなと改めて考えつつ。

「こういう時に、俺には持ち合わせている言葉がない」

「?」

「お前を心配して見舞いに来たんだが、もっと、気の利いたことを言えればいいんだがな」

就職してから……いや、就職前から学業一筋、仕事一筋だった後藤は、プライベートで他人を心配する言葉を持ち合わせていない。

チャラ男になりたいとは思わないが、後輩を元気づける言葉のひとつくらい、上司なら用意しておくべきだと思うのだが。

マネジメント研修を受ければ改善するだろうか……?

と眉を寄せる後藤に、虎子がくすくすと笑い、

「そういう時は、後輩を抱きしめてあげると喜びますよ?」

「それはさすがに」

「冗談です。先輩ったらすぐ真に受けるんですから」

冗談か。まったく。

まあ冷静に考えて、部下とはいえ女性を抱きしめるなんて、問題になるのは明らかだ。

「すみません先輩、私すこしお手洗いに」

からり、と点滴棒を揺らし虎子がベッドから降りる。

飾り気のない薄着の病衣が揺れ、らしくもなくドキリとしたが、顔には出さず腕組みをして沈黙した。

しかし……たまに思うのだが、この後輩は自分の魅力に気づいているのだろうか?

迷宮庁、とくに自分達の所属する治安維持課は男性隊員が多い。

そんな中スキルの都合とはいえ、一人奮起してる少女に惹かれる者は多いはずだが――隊員から、虎子に対する恋心について聞いたことはない。

誰もが口を揃え「いや後藤先輩が……」、「先輩がなぁ……」と濁すばかりだ。

ううむ、と、後藤が珍しく男女の機微について意識していたとき、

「……っ」

するり、と柔らかな腕が後藤の背中から回り込んできた。

反応が遅れ、誰かが――相手は分かるが、分かるからこそ言葉を失う。

背もたれつきの椅子なので肌が密着することはなかったが、女性特有の柔らかな二の腕に触れた後藤はドキリとしつつ、平静を装う――装わねばならない。

「どうした、虎子」

「すみません先輩。いきなり、こんなことして」

「いや。大丈夫だ」

何故なら、彼女の腕は、ほんの僅かにだが――震えていた。

己の知見の甘さを恥じる。

……彼女とて一人の少女。ダンジョンで命の危機にさらされ、恐怖を覚えなかったはずもない。

そんな彼女を守れなかったことを、後藤は悔いる。

「すまなかった、虎子。油断したわけではないが……白昼堂々、迷宮庁に向かってトリガーを引く馬鹿がいるとは想像すらしていなかった。本当にあと一歩遅れていたら、お前は」

「あ、怖かったのはそっちじゃないです。というか私、狙撃が心臓を貫いても致死ダメージには至らなかったと思います」

ダンジョンにおける攻撃力は、武器使用者の魔力にも依存する。

スナイパーのレベルは不明だが、虎子の現レベルは43――並のA級狩人より高いステータスを持つ彼女は、後衛職とはいえ野良の詐欺グループに一撃でやられる程やわではない。

虎子が真に恐れたのは――

「ただ……先輩が、影一さんを怪しんでいた理由がわかりました。……彼は、危険です」

影一の挙動は明らかに不自然だった。

魔力を宿したスナイパーの一撃目に反応せず、魔力を隠蔽した二撃目の弾丸に気づくなど、あり得ない。

……それ程の実力者となると、いつもの挙動が普通なのが、逆に不自然に見える。

実力はA級、いや、レベル50を超えるS級。

にも関わらず、B級として仕事をしている――その擬態こそが”根源”だとしたら?

擬態しなければならないほど、彼の”根源”が歪なものだとしたら?

虎子の懸念に、しかし、と後藤が遮る。

「言いたいことは分かる。……が、彼には建前上、虎子を救ってもらった借りがある。それすらも手のひらの上と言われれば、それまでだが」

「分かっています。今は、心の整理をしたかったので。……調査しますか?」

「いや。魔力を隠蔽した弾丸に気づく程だ、誰を派遣しても勘づかれるだろう」

これが現実なら、国という組織に一個人が抗うのは不可能だろう。

が、ダンジョンのある世界では、一対多において一個人が勝ちうることがあるのは、後藤自身よく理解しているし、それに――

「国外の話だが、S級を越えるSS級……大体レベル80辺りから、現実世界でのスキル使用にも現実味が出てきたという研究結果がある」

「え。それって」

「ダンジョンの外ですら、ダンジョンになり得る。……まだ、噂レベルだが、今後もし、ダンジョンのレベルが高まれば……」

世界はより混沌の道を歩むだろう。

まあ、今すぐ起きる話ではないだろうが。

「いずれにせよ、影一氏がそれだけの実力者であるなら、あえて余計なことをせず協力関係を申し込む手もある。……下手に藪蛇をつつかない方が、現時点では良い」

不可思議な男ではあるが、戦力としては確実に頼りになる。

そんな希少戦力に対し、右手で握手を求めながら左手で探りを入れるような真似はするべきでない――後藤の信条にも合わない。

「幸い、向こうから我々を害する意図は感じない。虎子を庇った点からも、確かだ。互いに業務の範囲内で、フラットな付き合いをできることが、理想だな」

まあ将来的にはわからないが――と、口にしかけた言葉を濁す。

……自分ももっと、強くならねば。

今回の件だけではない。将来、目の前で虎子が命の危機にさらされたとき、その全てをはねのける程の力がなければ、ダンジョンという脅威には抗えない。

鍛え直すか、と己の二の腕をまじまじと見つめ、拳を握る。

それから、

……未だ背中からくっつている虎子の腕をぽんぽんと叩いて、そろそろ、と。

「虎子。そろそろ離れてもらえると嬉しいんだが」

「イヤです。こんな機会、滅多にないんですから」

「なんだそれ」

「いまは先輩の体温が欲しい気分なんですから」

意味がわからん……と呆れる後藤に、虎子が困ったことにおでこを擦るようにすりすりする。

やめろ。

確かに俺はお前の上官だし、甘えるのは構わんが……

「普通の男なら勘違いするからな、それ。他の上司にはするなよ」

「なに言ってるんですか、先輩以外には勘違いなんかさせませんよ」

ばか、と可愛く耳元で囁かれ。

後藤はただの先輩後輩とは異なる別の感情をうっすらと抱きながら、いかんいかん、と危うく首を振ったその時――スマホが鳴る。

後藤がポケットから取り出し、画面を見つめ――驚愕に目を見開く。

「先輩?」

「……どういうことだ? 納得いかねぇぞ、おい」

珍しく強い怒気を孕んだ声に虎子が跳ね、後藤のスマホを覗いた。

――“玉竜会”強制捜査延期の連絡。