軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第89話 玉竜会2

赤ワインを零しながらも、剛翼は、慌てるなと己を叱咤する。

落ち着け。無様に転がるなど、らしくもない。

相手はダンジョン。自分は自宅。

追い詰められているのは間違いなく敵で、それに、自分には切り札の”スナイパー”がいる。

ソファに腰掛け直し、沈黙を貫く。

『だんまりと来ましたか。己の正体は知られたくない、という意図が窺えますね』

当然だ。

襲撃犯の裏に誰がいるかを知られれば、こちらの身が危うくなる。録音されてないとも限らない。

尻尾を掴まれる程、剛翼は愚かではない――

『あまり意味がない行為だとは思いますがね。Re:リトライズ社長、剛翼星雄さん』

「……!?」

『何故バレているのかという質問は、世の中には私の想像を超えるバカがいる、とだけ』

頭の片隅に、風見鶏の姿が浮かぶ。

が、さすがの奴も、世話をしてやった自分の正体をべらべら喋るほどのバカではないだろう。

にしても、デビルのヤツはどうした? 既にやられたのか?

相手はたかがB級狩人。何を手間取っているのか。

『ところで、せっかくの機会です。あなたに一つ、ご忠告を致しましょう』

「…………」

『あなたは今、ご自分が安全な立ち位置にいると考えている。

確かに私も、今あなたがご自宅にいるのか会社にいるのかは存じません。が、このような会話を聞き映像を見ていることから、余裕をもって私を観察しているのは事実でしょう』

そっと眼鏡を押し上げ、講釈を垂れる教授のように、影一。

……その通りだ。私には余裕がある。

今のは確かにびびったが、奴が自分を捕らえる手段は、ない。

『と、思っているのでしょう。私があなたに手を出せる術はないと』

安っぽい脅迫だ。

その程度の暴言、幾らでも聞いてきた。暴言を吐くのは、自分自身の無能から目をそらしたいだけの弱者の戯言。

だが剛翼は違う。

玉竜会との繋がりを持ち、自身も相応の財産を手にした本物であり、やると決めたことはやる男だ。

たかがフリーランスの狩人如きが、あまり強い言葉で粋がるなよ?

『その安全が嘘偽りのものである、と、今から実践いたしますので。ゆるりとご鑑賞頂ければと思います』

……それにしても、不快。

不愉快だ。

モニター越しの男には、こちらが見えてないはずなのに。

剛翼を確かに捕らえているかのような、眼鏡越しのうすら寒い視線が、酷く自分のカンに障る――!

【やれ、スナイパー】

手元のスマホで指示を飛ばす。

了解、と剛翼のスマホに返事が届く。

”スナイパー”はその名の通り、迷宮にてライフルを扱う暗殺の達人だ。

得物は当然、スナイパーライフル――米国産ダンジョンにのみ出現するアイテムを、極秘輸入した特注品だ。

日本ではまず使用されない、長距離射撃。

迷宮内ではどういう理屈か、実物のライフル程の威力は出ないが、それでも数百メートル離れた死角からの不意打ちを防げるはずがない。

剛翼の唇が、歪む。

何も知らず、真面目くさったリーマンの額をぶち抜くさまを、今か今かと待ち望み――

*

影一は、躱そうとすらしなかった。

正確にいえば、必要がなかった。

何も知らない、ただの一般狩人を装うだけで――

「”曲がれ”!」

兇弾が、歪む。

銃弾が上に逸れるという奇妙な現象を確認しつつ、……影一はあたかも驚いたフリをしながら、駆け込んできた女性にやんわりと微笑んだ。

「大丈夫ですか! お怪我は!? 間に合ったっ……!」

「助力ありがとうございます。虎子さん自ら来て頂けるとは」

「迷宮庁としては当然です。ご連絡を頂きましたし!」

虎子が駆けつけた理由は、簡単。

影一がチャンプの前で堂々とスマホを弄り、連絡を取ったからだ。

不審者に襲われているので救援願う、と。

(とはいえ、ライフルの一撃に気づいて回避させるとは。さすがの実力者ですね)

単純な能力では後藤に軍配が上がるが、虎子も綺羅星と同じく、目がいい。

さらに言語のみで対象にデバフを与える固有スキルは、驚異の一言。

彼女もなかなか歪んだ”根源”持ちだと思いながら、さて、と今後の展開について考える。

*

「は? 待て……どういうことだ?」

あり得ない光景に、剛翼は沈黙も忘れて呟いた。

弾丸がカーブを描き壁にめり込んだ事実に――

では、ない。

そもそも剛翼に弾丸の軌道など見えるはずもなく、何が起きたかすら理解してない。

問題はそこではなく。

身体をわなわなと震わせ、呆然としている理由は……影一の隣に現れた黒服の女、その存在そのもの――

「おい、スナイパー。影一のやつは単独でクエストを実行しているんじゃないのか!? 風見鶏のやつはそう言ったはずだが!?」

『知らん。俺は依頼を実行しただけだ。影一普通という男がダンジョンに入ったら、後を追って始末する。他に必要な情報があるか?』

「あるに決まっているだろう、バカが!」

ダンジョンに関わる者で、あの制服を知らぬ者などいない。

日本政府直属、迷宮庁の正規隊員。

肩に印された三角と盾のマークは、治安維持課のエンブレム――日本精鋭の公安だ。

つまり……まさかとは思うが、こいつ。

「迷宮庁の目の前で、狙撃、したのか……?」

ダンジョンでの事故は、隠蔽性能がきわめて高いからこそ成立する話だ。

が、何事にも限度がある。

いかにダンジョンであっても『警察の目の前で銃撃したけど事故でした』なんて理屈、通じるはずがない――!

「スナイパー、撤退だ! これ以上何もするな!」

悔しいが、奴の方が一枚上手だ。

そもそも奴が挑んだのは単独クエストだったはず――くそ、カザミのやつは一体何を報告して――

『断る』

「は……?」

『あの女、俺の弾丸をねじ曲げやがった。舐めやがって。ああいう生意気な女には、わからせが必要だ』

あろうことか。

スナイパーが再び銃口を構える音が耳に響き、ふざけるなと剛翼が激高するも間に合わない。

ばか。やめろ。そこで止まれ。

迷宮庁の職員とて人間だ。

怪しい人間をただ捕まえるのと。

仲間が狙撃され、怒り狂いながら攻め入ってくるのでは、全く意味が違うだろうが――!

そんな剛翼の悲鳴は、一発の弾丸にかき消され。

狂気を孕んだ弾丸が、虎子へと紛うことなく放たれた。