軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第8話 快適な朝

その日、剛力益男は三月上旬の肌寒さに手をこすり合わせながら誰よりも早く出社していた。

その顔は、寒さ以外の感情により真っ赤に染まっている。

「くそ、くそっ、クソがっ……!」

先の掃除屋に対し、不当な請求だと弁護士に訴えたものの、けんもほろろに断られた。

それどころか、違法なのはこちらだと突き放される始末だ。

どいつもこいつも分かっていない、と剛力は舌打ちする。

自分がどれだけ苦労して、この会社を運営しているか。

父から社長の身を引き継いで、三年。

一日も休むことなく献身的に、お客様のためだけに操業を続けてきた。

従業員を家族のように大切にし、彼等の不平不満もできる限り聞いてきたつもりだ。

だというのに、社長が自分に代替わりしてから離職者が相次ぎ、売り上げも右肩下がり。

時流に抗うため、剛力なりに削るところは削り――もちろん多少の粉飾や脱税は行ったものの、そんなのはどこの中小企業でもやっていることだ――賃金もギリギリまで削減し、代わりに愛情を注いでやったというのに。

どうして誰も理解してくれないのか。

すべては日本の政治家が無能なせいだ。

そもそもダンジョンの駆除は国が管理すべき業務であり、全額負担して当然。

むしろ被害にあった者への見舞金を用意すべきはずなのに、奴らときたらダンジョン対策のためにと高額の『迷宮税』を巻き上げる始末ときた。

これが利権でなくて、何というのか。

現にSNSを見れば、多くの者がダンジョンに対する政府の対策不足を訴えているではないか。

そのおこぼれに乗っかり、たかが掃除屋のくせに悠々と会社の金をかすめ取っていく、ふざけたクソ眼鏡背広野郎……

(私は断固として戦う。正義は私にある)

SNSで見たところ、狩人や掃除屋による不当請求事件は過去に幾度もあったらしい。

あいつもその類の詐欺師に違いない。

くそ、くそっ、と悪態をつきながら、剛力は通い慣れた会社の裏口について――ふと足を止める。

ドアの入口に、荷物が置かれていた。

段ボール製の小包だ。

最近は配送システムの変更により、家や会社前に荷物が置かれることも多い。

礼儀知らずが増えたものだ、と苛立ちながらも……こんな朝から、宅配物?

剛力のポケットが、不意に震えた。

見慣れぬ番号なので無視しようと考えたが、あまりにコール音が長いので仕方なく耳にあてる。

『早朝のご挨拶、大変失礼致します。あなたはいつも、朝六時に会社へ顔を出すそうですね。従業員の方からお聞きしました』

「あ? 誰だね君は。ずいぶん失礼な態度じゃあないか」

『従業員が自ら進んで個人情報を明かすような職場には、勤めたくないなと再認識した次第です。……申し遅れました、私、先日お世話になりました者ですが』

その一言で、かっと頬が熱くなった。

あの詐欺師野郎――!

「っ、お前のせいでなあ! 迷宮庁から今度調査が入ることになっただろう!」

『ええ。その影響でついでに税務調査やら何やらが入るともお聞きしました。あえて言及する必要もございませんが、日頃の行いが宜しくないようで』

「お前が、お前が余計なことしなければ……!」

剛力はごく普通に、誠意を尽くして会社を経営していただけなのに。

なんで、自分だけこんな酷い目に……!

くそ、くそ、と顔を真っ赤にしながら憤る剛力に、電話相手は淡々と告げる。

『まあ、その話は国としていただくこととして。本日は最終確認を行わせていただきたく、お電話を差し上げました。……支払いにつきまして、あくまで拒否すると。理由はございますか? 例えば家族が病気で、返済を待って欲しいとか』

「お前の違法請求が原因だろうが!」

『なるほど、あくまでご自身に非はないと。……いま周囲に人はいませんか?』

「あぁ!?」

『無関係な他人を巻き込むのは、本意ではございませんので』

くそ。こいつは何を言ってるんだ?

舌打ちする剛力だが、一方でこれはチャンスだとも考える。

奴にできるのはせいぜい、催促の電話くらいだ。

わざわざ口頭で話を持ちかけてくるのは、打つ手がない証拠でもある。なら幾らでもごねればいい。

(お前みたいな若造は知らないだろうが、結局、人間ってのは力でごねた方が得なんだ)

愛する従業員が言うことを聞かなければ、暴力に訴えて諭すように。

最後は結局、力押しがものを言う。

はっ、と鼻で笑うと、電話ごしに聞こえたのは相手の溜息。はは、ざまぁみろ――

『常々思うのですが。人はどうして、ルールを守らないのでしょうか』

「あぁ?」

『もちろん私も経験上、多くの人間が善人であることは理解しています。約束したことは相応に守り、たとえ守れなかったとしてもきちんと謝罪をして頂ける。そういった社会通念を守る方が大多数であることは、理解しています。……しかし、たまにいるのです。一度確約したことを破り、それを悪だとすら認識できない人間が』

何だコイツ。

何を言っているんだ?

『そのような人間の皮を被ったモンスターと関わることが、私は昔から今に至るまで大変なストレスなのです。故に、彼等の心境を学びたいなと、努力したこともあったのですが――毎回、答えは決まって、』

「バカかお前。頭おかしいんじゃないのかね?」

『そう言われるのです。理由を探るだけ徒労、愚かだと。であれば結論は一つしかありません』

男の呆れたような溜息。

吐息が耳元にまで聞こえ、剛力の苛立ちは益々盛るが、男は語りを止めない。

『私の主義は、安心安全ノンストレス。身体の平穏はもちろん、心の平穏もまた大切にしています。故に、あなたのような人間と今後も会話を重ねることは、ストレスでしかない。そう考えた上での結論を出しました』

「だからテメェ、何が言いたい――」

『一応、私の動機くらいは伝えておこうかなと思いまして。ミステリー小説で、動機を語らずに終わるのは尻すぼみですからね』

これは慈悲の心ですよ、と電話越しに男が笑い。

剛力の手にしていた荷物が、ピピッ、と音を鳴らした。

*

早朝の仕事を終えた影一は背伸びをしながら、自宅のカーテンを開く。

いい天気だ。

朝から予定通りの作業ができると、心も晴れやかになるというもの。

スマホを置き、影一は朝食の準備を始める。

スチーム機能で柔らかく焼いたトーストに、コップ一杯の牛乳。

カット野菜にお気に入りのドレッシングをかけ、スマホにて動画を流しながら舌鼓をうつ。

食後は軽い運動とストレッチを行った後、いつものスーツに袖を通す。

とくにスーツである必要はないのだが、人間の癖か。

ネクタイを締めると自然と仕事に対する意識が形作られ、なんというか、やる気が出る。

今日は朝から、社会に蔓延る害悪モンスターを退治してしまった。

自分は意外に、働き屋の善人では?

なんて冗談を思い浮かべつつ、私のような悪人は類を見ないだろう、とも小さく笑う。

そうして準備を整え、今日の依頼を確認し――おや、と眉を寄せた。

緊急ゲート掃除依頼。

依頼主は、七十歳の一般住民……

自宅庭にゲートが現れ、困っているという老夫婦からの依頼だ。

「しかも、自宅からそう遠くありません。高校のすぐ近くですか」

次回は是非とも、快くこなせる依頼であることを願いながら、影一はその依頼を受けることにした。