軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第75話 ありがとう

なんで、どうして、とダンジョンの床にぺたんと腰を下ろした妹屋は呆然とする。

計画は完璧だった。

失敗しても、トラブルなく終わるはずだった。

頭の中で思い描いた構図通り、誘拐は成功した。

なのになんで、彼女が立っているの……?

へたりこんだ妹屋に、綺羅星がにじり寄る。

ダンジョン。その環境下における力は、魔力だ。

妹屋は学校の授業以外で、ダンジョンに入った事などろくにない。

対する綺羅星は入り浸るように、時間を見つけてはダンジョンへと通っている。その差は……でも、そんなのおかしい。だって、

「っ、だとしても! お、おかしいじゃない! 委員長はあの男に麻痺毒で刺されて」

「耐性ポーション。目の前で飲んだじゃないですか」

「は? あっ……!」

男を運ぶとき、パワーポーションと称して口にしてたあれか――その時点で?

まさか、解毒ポーションを持ってない、ってのも……

「でも何で、バレて」

「ダンジョンに慣れた人は、相手の魔力を察することができるんです。彼が毒にかかってないことくらい、すぐ分かりましたし、それに順番もおかしいので」

「は? 何それ……」

「男がふらついてたのは、蝶の間に向かう手前の通路。でも本当に体調不良を起こしてたなら、そもそも順路を外れずに助けを求めたはずですよ」

っ、そんな、簡単なことで……ああもう、ほんと使えない!

あの男がこれで大丈夫ッスよ、っていうから安易に乗った私が馬鹿だった。

私の計画は、完璧だったのに。

そう、私は悪くない――

「けど、一番疑ったのはそこじゃありません。……やり方が同じだったことです」

「は? 何それ」

「私を落とし穴に突き落とした、あの日。あなたは姉と結託して、まず城ケ崎さんを外しましたよね? 今回も同じだったからぴんと来ました。あと……これはたまたまですけど。私がこの男と、顔見知りだったのもあります」

「っ……!」

妹屋の頬に、亀裂が走る。

――あの男と、委員長が知り合い? 聞いてない!

ああ。またも。またも自分は、こんな女に。

学校の成績だけはいいけど融通の効かない、頭の悪そうな堅物女に、手玉に取られるなんて――あり得ない。あり得ない、あり得ない――!

……けど、まだ。

まだ負けたわけじゃない。

だってこの女は、私に手を出せないはず……私にはまだ、策がある。

「っ……それで? 人気のないところにわざと案内させて、どうしたいの?」

「妹屋さんは私をどうする気だったんですか?」

「知らない。そこの男が勝手にしたこと。責任をなすりつけないで」

犯罪行為は全部カザミのせい。

妹屋は何も知らない、ただ巻き込まれただけの被害者だ。

妹屋が男と結託してた証拠はない。レコーダーは破壊した。

もちろん、カザミと妹屋の連絡にはメッセージ履歴が消えるアプリを使っている。

妹屋が悪いという証拠は、ひとつもない――

「ちなみに妹屋さん。レコーダーは?」

「私も持ってないわ。近所のダンジョンに行くくらいで、わざわざ持たないもの。結構高価だしねアレ」

挑発しながら、大丈夫、大丈夫……と、にやにやと唇の端を釣り上げる。

妹屋も、ダンジョンについて色々と調べた。

知識が正しければ、綺羅星は妹屋に手は出せないはず……だって。

「ねえ委員長。私も、あのチェーンソーの化物に襲われてから勉強したの。ダンジョンって、犯罪の証拠が残らないのかなって話。……そしたら……残るんでしょ? 証拠。魔力の痕跡」

ダンジョン内で固有スキルを使用した場合。

或いは特殊な武器を使った場合、魔力の残滓のようなものが現場に残るらしい。

迷宮庁がダンジョン犯罪を取りしまる根拠として、現場に残った魔力を保存する手法もあると聞く――そのうえ、ここはS級ダンジョン”凪の平原”。証拠を隠蔽する時間もない。

だから、妹屋は男を雇った。

自分の手――魔力を使わず、委員長を汚すために。

中には地雷系スキルのように、証拠がすごく出にくいものもあるらしいけど……あの禍々しいチェーンソーは違う。

使えば、バレる。

前に襲われた時は、妹屋も気が動転していて、……証拠が残ると知ったときには、ダンジョンはすでに消されてたけど。

次は、ない。

鎌瀬妹屋は、二度と同じミスを繰り返さない――!

「いいの? 私、言うわよ。あなたに襲われましたって。証拠残していいの? 迷宮庁にはその気になれば、他人のインベントリを開示させるスキルもあるらしいわ。そこから、あなたのチェーンソーが見つかったらどう思う?

ああ。言っておくけど、私を殺そうとしても、ダメよ。

私があなたと一緒にいたことは、お嬢が証言してくれる。犯罪は必ずバレる。いいの? 真面目な委員長が逮捕されて。お母さん泣いちゃうわよ?」

ひひ、と笑いながら、妹屋はくいくいと手招きをして挑発する。

やはり私は賢い。

最初から、カザミというスケープゴートを用意していた自分の勝ち。

頭のいい女は失敗に備えて、二つ、三つと計略を重ねておくもの。

委員長を虐めることはできなかったけど、負けもない。

ううん、こうして相手を挑発できるだけ、私の勝ち。私が"上"。

今日は、胸を張って自慢しよう。

私の勝利を。

ああ。やっぱり私って、誰よりも賢いんだ――

「妹屋さん。……ありがとうございます」

「は?」

「今の話を聞いて、私はいま、心の底から安心しました」

突然の告白に、妹屋が固まる。

安心? こいつは何を言ってるの。

気でも狂ったか、と訝しむ前で、――委員長はなぜか、両手を合わせ。

神様に感謝するように、ありがとう、と花のように。

天使のように妹屋へ微笑み、そして……

にこり、と笑った。

「あなたが。分かりやすい馬鹿な敵でいてくれて、ありがとう」

「……え」

「これなら遠慮なく、心置きなく、あなたを酷い目に遭わせることができる。私は気持ちよく先生の教えに従い、ノンストレスの道を実行できる……」

ありがとう。ありがとう。

本当にありがとう!

天使のように優しい笑顔を浮かべながら、じり、とにじり寄る彼女に。

安全なはずの妹屋は、なぜかぞくりと寒気を覚え、後ずさった。

違う。

違う。

おかしい。何かが。何かが――致命的に、ズレている――