軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第61話 挨拶

「だからあたしは悪くないって言ってるでしょ、ママ!」

「ふざけないで姉見! あんたお母さんにどれだけ嘘をつけば気が済むの!? こんな動画まで出て、お母さんもう外歩けないじゃないの、どうしてくれるのよ!」

金切り声に、テーブルを叩く音。

一階から響く騒がしい猿共の怒声を、鎌瀬妹屋は聞こえないふりをしつつスマホを弄る。

ばか。ばか。どいつもこいつも考えなしに動く猿ばかり。本当使えない。

――姉が警察に補導された。

一昨日、下駄箱で委員長にいきなり襲いかかり暴行を加えたという。

動画はすでに裏アカで出回っており、クラスメイト達は当事者でない妹屋にすら腫れ物のように扱ってくる始末だ。

……姉の精神は、鎧のバケモノに襲われた頃からおかしくなった。

独り言が増え、夜中に騒いでいたので……精神が耐えきれなかったのだろう。

冷静に考えれば――鎧のバケモノは委員長の変装だ、と思う。

ダンジョンに人型モンスターは滅多にいない。仮にいても、チェーンソーを得物にする魔物なんて聞いたことがない。

十中八九、委員長の暴走……のはず、だけど。

証拠はない。

どうしてあの時、スマホのひとつやレコーダーを回していなかったのだろう?

妹屋はがりがりと爪を噛みながら、騒がしい家族会議を無視しようと耳を塞ぐ。

「聞いたわよ姉見。あんた前から、綺羅星さんって子を虐めてたんですってね!? 手下みたいに使って、友達のふりして買い物行かせたり万引きさせて!」

「違う! それはやってない、本当だって!」

「アンタの言葉なんかもう全部信じられないのよ! お父さんも何か言ってよ!」

「……姉見には姉見の考えがあるんじゃないか。それに父さん、仕事で忙しいし……」

なにかが叩きつけられる音。父が席を立つ音。

ヒステリックな母に無関心な父。うちの家族はどうして馬鹿ばかりなんだろう?

でも、姉の言うことは真実だ。

私達は委員長を見下していたけど、虐めと認定されるようなヘマはしてないし、万引きは事実無根。委員長のでっち上げだ。

……けど、委員長の言葉は……あまりにも説得力がありすぎた。

痛々しい殴打のあとを包帯で覆い、割れた眼鏡をかけ、クラスに戻ってくるなり感極まったように事情を話す委員長は……

悔しいことに、映えていた。

教科書に載せていいくらい、完璧な被害者だった。

その件をもって、委員長は”中年オヤジに身体を売った卑猥な売女”から”虐めを相談できなかった真面目な委員長”に早変わりしたのだ。

暴行動画によるインパクトも拍車をかけ、さらには芋づる式に、委員長が暴いた裏アカ問題まで取り沙汰され……こちらは詰みだ。

「……クソがああっ……!」

妹屋はカチカチと爪を噛みながらスマホを弄る。

馬鹿な姉のことはどうでもいい。

元々、大してよくもない頭と容姿を自慢していただけの牝猿だ。盾として使えた間は便利だから甘えていたけど、壊れてしまったら用はない。

……けど、今後の高校生活、バカ姉のせいで自分まで加害者の汚名を着せられるのは御免だ。

私はもっと、人生を上手く渡りたいのだ。こんな醜聞に、ずっとつきまとわれるなんて御免。だから……

一階の喧噪が止んだ。

階段を荒っぽく登る音が聞こえ、妹屋の扉がダンダンと叩かれる。

「妹屋! あんたも黙ってないで説明しなさいよ! 面倒みてやったお姉ちゃんを何だと思ってるの!?」

うるさい馬鹿。血が繋がっているのも恥ずかしい愚かな姉。

妹屋は黙ったまま爪をしゃぶり、スマホ画面をスワイプする。

――探しているのは、ダンジョン探索者専門のアカウントだ。

といっても配信者や掃除屋、迷宮庁の公式HPといった表だったものではない。

……ダンジョンにて非合法的な行為を請け負う、裏アカウント。

今さら、鎌瀬姉妹が真実を語ったところで誰も信じてくれないだろう。

クラスメイトも先生も、所詮は愚民。

一度「悪人」だと思われた以上、挽回するのは難しく――姉見は自業自得だけど、妹屋まで巻き込まれるのは御免だ。

だったらいっそ――委員長を直接、消してしまえばいい。

日本で発生する行方不明者は、年間およそ一万五千人。

そのうち死体が発見された事例はおよそ四千。

つまり、年間一万以上にもおよぶ人間が、人知れずダンジョンに飲み込まれている。

……その中にたまたま、同級生が巻き込まれてしまったなんて事例は、珍しくない。

幸い、あの委員長は最近ダンジョンに入り浸ってるみたいだし。

「姉はどうでもいいけど。私を馬鹿にした罪は、許さない」

冒険者を名乗る犯罪集団はいくらでもいる。

そういったクズ共を利用すれば、狩るのは容易い。

せっかくなら男連中にマワしてもらい、心も体もボロボロにしたのちモンスターの餌にでもすれば、最高の気分になるだろう。

……ああ。

やはり私は賢い。無能な猿とは頭の作りが違う。

ダンジョンなんて野蛮な地に、自ら足を運ぶ必要はない。

金を積み、他人を利用し、嘘を操れば世の中たいてい何とかなる。

犯罪組織だっていつも捕まるのは受け子であり実行犯。指示役はベッドに寝転がり、高みの見物を決めるものだ。

そう。真の強者とは安全圏から動くことなく、スマホひとつで物語をコントロールする。

安心安全ノンストレス。まさに理想の生き方。

そう、私はいつだって完璧なんだから――

と、にやつきながらスマホを弄っていると。

……ふわり、と。

妹屋の手元から、スマホが離れ……宙に浮いた。

「……は?」

意味が分からず二度、瞬き。

スマホが勝手に動いた? 手品?

……いや。

よく見たら、スマホが後ろから何かに掴まれている。――人の指……いや。

男の手――

「その歳でダンジョン界隈の裏業者にアクセスするのは、感心いたしませんね」

「――――! な、っ」

ベッドから慌てて飛び上がり、けれど、妹屋は混乱する。

なんで、どうして。

……は? え?

一体どこから現れたのか。

妹屋の私室に音もなく現れたのは――何の変哲もない背広男。

……平日、駅にいけば三分に一回はすれ違いそうな眼鏡のサラリーマンが、妹屋を見下すようにじっと視線を降ろしながら……

にこり、と、妹屋を見下すように笑い。

「夜分に失礼。弟子が世話になったと聞き、コンビニに寄るついでにご挨拶へ伺いました。……社会人として、挨拶周りは基本中の基本ですから。ね?」

慇懃無礼すぎるお辞儀をされて。

妹屋は頬を引きつらせながら、後ずさりをした。