軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第53話 度し難い

”ナンバーズ”サブリーダー、八崎努は高校時代野球部に所属していた。

甲子園にこそ届かなかったが、常にあと一歩となる強豪チームの副キャプテンとして皆を率い、勝利のために汗水垂らし、ときに後輩を厳しく指導し勝利のために全てを注いできた。

確かに、すこし行き過ぎた指導はあったかもしれない。

体罰、と呼ばれるような行為があったような気も、しなくもない。

が、それは必要だから行われた愛情であり、目標を達成するために実行された正義だった。

だからアイツが勝手に死んだのはアイツの心が特別に弱いからで、八崎はそもそもチームのためを思って指導していただけで。

なのに公になった途端、「八崎が」、「あの先輩が」と、口さがなく……。

学校を退学になり、実家からも勘当された八崎には行くアテがなかった。

暴力沙汰を起こし、警察に厄介になることもあった程だ。

その心底に燻るのは、社会に蔓延るクズ共への復讐心。

俺は悪くない。

お前等の心が弱いのが悪いくせに、その原因を俺にばかりなすりつけて。

他人に責任転嫁ばかりし、自分達だけはのうのうと甘い汁を吸い続ける、クズ共。

八崎が配信者の道を選んだのは、九条に誘われたのもあったが――自分がいつか社会で大きな影響力を持った時、奴らを記者会見の場で糾弾するためだ。

自分は間違っていない、その証明するために。

そして今、その機会が目の前にある。

「八崎、いい加減にしろ!」

「ふざけるなよ九条! おい深六、防御魔法だ、早くしろグズが!」

深六に防御バフを指示しながらレコーダーを稼働させ、配信モードをオンにする。

さすがの八崎も、化物に勝てるとは思っていない。

だが一つでも多く動画に収めれば、映像はよりインパクトを持って世界に広がる。八崎努の名と共に。

ざまぁみろ。

ようやく俺の時代が来たんだ、アイツラに今度こそ目にものみせてやる――!

「はは、はははっ……!」

大地を揺らす巨体に、八崎は感謝の念すら抱く。

笑いが止まらない。今が人生最高の瞬間だ。

……ああそうだ、確か新しいモンスターを発見した場合、その命名権があったはず。

「なあ九条、新種のモンスターには、発見者が名前をつけていいんだよな!? だったら俺等が名前つけようぜ。四足歩行のデケェ亀野郎か! なら、八崎ドラグーンタートルとか、どうだ? 四本足に俺の名前の八を足して丁度いい!」

「八崎、逃げろ!」

「焦るなよ九条。見ろよ、こいつの足をよ。インパクトはすげぇが、遅すぎだろ!」

八崎とて、図体がでかいだけの木偶人形にやられるほど油断してはいない。

ヤツの足はその巨体ゆえ、明白に遅い。

その隙をついて、ギリギリまで。

もっと。もっと近くに。

「八崎!」

「っせえな! 怖いなら尻尾巻いて逃げてろよ! 俺は、俺はようやくチャンスを掴んだんだ。ああ。まさに俺は、この瞬間のために生きていた。ここでこいつを映像に収めて、俺は英雄に……」

ゲタゲタ笑う八崎の前で、光が輝く。

亀形モンスターが、ぱかりと口を開き。

直後、炎溢れる口より、膨大な熱を含んだ閃光を解き放つ――その速度は、音すらも置き去りにし。

「な、早っ……お、俺は……え、英雄に――」

俺は、英雄になる。

それが八崎努という、哀れな英雄をめざした男の、最後の言葉となった。

*

「ちっ、あの馬鹿……!」

舌打ちする九条。ボスモンスターは大抵、その姿に相応しい必殺技を備えていることくらい常識だろうに。

しょせんは脳筋馬鹿。

が、おかげで奴の特徴は理解した。

超巨体の鈍重なボディと、口から放たれる超高速の熱閃。

回避するのは困難だが、次の発射までにはクールタイムが存在するはず。その隙に――

「ひっ……う、うわああああっ」

そんな九条の隣で、深六がパニックに陥っていた。

まるで転がる豚のようにひいひいと泣きながら慌てて逃げようとし、つんのめる。

「だ、だからボクは反対したんだ、ボクは悪くない! ぼ、ボクを誘ったあいつらが悪いんだ!」

「ちっ……おい深六、加速スキルだ! この場から逃げ――」

「うるさい、うるさいうるさいうるさいっ! ぼ、ボクは悪くない、ボクの責任じゃない、違う、ボクは! こ、こいつらが悪いんだ、ボクを騙してこんなところに! それに、パパも、こんなダンジョンがあるなんてボクに教えなきゃ良かったのに!」

「黙れ深六、そんなこと話してる場合じゃ」

「あ、あああああっ!」

泣きべそをかきながら膝を立て、ドタドタと逃げていく深六。

その声が気に障ったのか。もしくは、逃げる獲物をつぎの標的と捉えたのか。

鈍重な亀がのっそりと顔を向け、もさもさと己の甲羅を揺らし、

ドシュウ!

魔力の解放とともに、甲羅から無数の茶色い針が飛び出した。

弓の曲射のごとく天井に飛んだそれは、九条が見上げる前でがくんと角度を傾け。

自然落下しか選択肢がないはずの空中にて、途中から不自然にギチギチと方向を変化させ――深六の身体を串刺しにする。

あ、と零れた声は、絶命の一声か。

深六は呆気なく崩れ落ち、魔力全損により姿を消した。

「なっ……追尾弾だと……!」

……死んだ。

呆気なく、仲間の二人が消し飛ばされた。

”ナンバーズ”で最も付き合いの長かった八崎に、新米とはいえ自分に付き従ってくれた深六。

その二人が、呆気なく消えた――

そんなことは、九条にとってどうでもいい。

問題は、ヤツの攻撃間隔があまりにも早く、かつ隙がないこと。

このままでは、俺が生き残れない!

「くそ、冗談じゃない……っ!」

敵の動きは鈍重。だが、攻撃の出が早すぎる。

それに大抵、ボスは複数の攻撃パターンを持つ。

他の攻撃は? 対応できるのか?

落ち着け。まずは敵を観察。冷静に確認だ。

九条は秀才。ただ環境に恵まれなかっただけの天才。

実力は確かなものであり、本気を出せばあの程度の攻撃くらい、きっと、軽くかわせるに違いない。

化物の首がゆっくりと持ち上がる。

岩に張り付いた爬虫類のような眼が、九条を捕らえる。

口が開き、魔力が収束。熱閃がくる。

回避は、発射直前。タイミングを計れ。いける。自分ならできる。

ヤツの口がスロー再生動画のように開き、ジジ、と熱の集束する音がする。待て。構えろ。もう少し――今だ、

「……?」

足が、動かない。

どうして。なぜ。敵の罠か。

ぞくり、と寒気を覚えながら足下を見て、……ようやく気づく。

九条の足は――情けなくも恐怖に震え、立っているのがやっとだったのだ。

「あ……ああっ……」

冷静に、敵を見据えていた訳ではない。

九条はただ恐怖に立ちすくみ、動けなかっただけ。

熱が集束する。違う。違う。こんなはずでは。僕はこんなところで終わる人間じゃない。

何かあるはずだ。奇跡が。神の恵みが。

でなければ、ボクの人生はあまりにも不平等ではないか――

「あ、っ、くそ、くそぉっ……!」

怒りと恐怖に絡め取られた身体は、動かず。

九条はそれでも逃げようとして、どてっ、と無様に転がり。

魔物の口がついに開かれ、放たれた熱閃が男の全身を飲み込んだ。

かに、思われた。

「……?」

蹲っていた九条が顔を上げる。

いま確かに、敵の攻撃を受けたような……?

そんな九条の疑問は、

「全くもって、度し難い」

冷たい男の一声にあしらわれる。

現れたのは、日本のどこにでもいそうな、眼鏡をかけた背広姿の中年男。

神経質そうに眉を寄せ、まったく、と面倒臭そうにモンスターを睨むのは、九条もよく知る……

しかし、この場にいるはずのない男。

どこにでもいる、普通のサラリーマン。

影一普通が、亀の魔物を相手に平然と佇み、くい、と鬱陶しそうに眼鏡を押し上げている姿だった。