軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第42話 役目

「ねえ聞いた? 部室棟の裏にダンジョン出たんだって。先生が朝、テープ貼って入れないようにしてたってさ」

「ホントぉ? 有名配信者とか来ないかなあ」

同級生の雑談を聞き流しながら見上げたクラス表には、絶望しか記されていなかった。

今年も同じクラス、と綺羅星は落胆のあまり眼鏡を深く押さえ込む。

新二年生の割り振りは相も変わらず、鎌瀬姉妹や城ヶ崎さんと同じクラス。

お嬢様はともかく、どうして姉妹が同じ教室になるのだろう。

私は運が悪いのだろうか、と憂鬱な気持ちを抱えながら、ふらふらと人混みを離れ元気なく新教室に入り、

――刺さるような違和感に、足を止めた。

これは……まるで、ダンジョン内で敵意を持った魔力がこちらに刃を向けているような。

ねっとりと淀んだ、悪意と嘲笑の混じった重い空気が、冷たく周囲を満たしているような。

朝のHR前の教室を、さらりと見渡す。

視線のあったクラスの女子が、ふいと目をそらしたのを見て、予感が確信に変わる。

覚えがある。

中学二年の頃、同級生の子が同じような目にあい、ずいぶんと息苦しそうに過ごしていた。

綺羅星は委員長として、クラスの誰が相手だろうと同じように接するべき、と彼女と話をしていたけど……彼女は学校に来なくなり、綺羅星は空気の読めないヤツと馬鹿にされた。

あの違和感に似た空気が、綺羅星の机を取り囲むようにまとわりついている。

悪霊のような。ゆらゆらと、くすくすと、黒い影が揺れて蠢いているような。

でも、綺羅星はとくに悪いことをした覚えはない。

そもそも学校は春休みだったし、他人の目に晒されるようなことは何も……。

「綺羅星さん。いま少々、お時間よろしいでしょうか?」

「え。……城ヶ崎さん?」

なぜか、お嬢……城ヶ崎さんがこちらを覗き込んでいた。

相変わらずふわふわとした、空気の読めない高嶺の花こと城ヶ崎は先月、皆に「ダンジョンへ行きたい」と言い出した張本人だ。

けど、当の本人はあの後の出来事に一切関わっていない。

そんな彼女が、何か……?

「ここは人目がございますので、宜しければ場所を変えても宜しいでしょうか?」

「う、うん……いいけど……?」

連れられた先は、校舎裏の部室棟だった。

黄色いテープが張られ立入禁止になっているのは、クラスメイトが騒いでいたダンジョン対策のためだろうか。

……ダンジョンで戦ってる方が楽かも、なんて不埒なことをつい考えながら、

「それで、城ヶ崎さん。お話って」

「私、友人にこのような質問をするのは、大変失礼だと理解しているつもりでございます。ですが、どうしてもお尋ねしたくて。……春休みの間、綺羅星さんは何をされていましたか?」

「ええと、普通? 勉強と、バイトを……親には反対されましたけど、勉強をもっと頑張るのでと許可をもらって」

綺羅星の両親は保守的で、ダンジョンへの理解が乏しい。

当初、影一の元でのバイトも断られたが、そこは今まで以上に勉強を頑張ることを約束して許可をもらった。

勉強の成果は、明日以降の実力テストでわかるはずだ。

「バイト、ですか。どのようなお店で? 誰と行かれたのですか?」

「……何か、気になることでもありましたか?」

「ええ。失礼ながら、噂を」

意図が見えない。

城ヶ崎は生粋のお嬢様すぎて浮いてるときがあるけれど、にしても曖昧なような……。

「じつは。……私は、嘘だと思っているのですけれど、皆さんが……。……綺羅星さんが、父親くらい歳の離れた大人と、一緒なのを、見た、という人がいて」

ああ。先生と共にダンジョンへ、もしくは買い物にいく姿を見られたのかも。

別に、隠してはいなかったけれど……。

「そ、それに伴いまして、皆さんがその……えっと」

城ヶ崎が声を溜め、ためらい、それでも声を絞り出して。

「……綺羅星さんが、じつは真面目な顔をして……う、売り、をしてるのではないか、と……」

「売り?」

綺羅星が眉を寄せる。

うり。瓜。……ウリ?

確かにダンジョン専門店で武具の購入はしたけど、そういう意味じゃないはず。

――父親くらいの大人と。一緒に。歩いて。

……売り?

「っ……!」

綺羅星の全身に、かっと熱が走った。

喉が焼け付くように熱を持ち、なんてことを、と怒りのあまり拳を握る。

ふざけないで。冗談じゃない。誰、そんな噂を流したのは。

確かに、影一と綺羅星には親子とまでいかないものの、倍近い歳の差がある。

けど、よりにもよって命の恩人を、先生を――援交目的まがいの中年男と、間違われるなんて!

「違います。彼はそんな人ではありません、城ヶ崎さんの聞いた噂は誤解です!」

「では、その男性とはどういったご関係なのです?」

「春から始めたバイト先の先輩で、私の先生です。それって何かおかしいですか? 私、春休みからダンジョンのバイトを始めたので」

「本当にそうなのですか? そもそも綺羅星さんは、ダンジョンに入ることは遠慮していたと、後になってお聞きしまして……なのに突然、話が変わってしまったように思えまして」

その答えは簡単だ。

強くならなければ、貶められる。

ただ真面目に、勉強ができるだけでは、他人に食い物にされてしまう。

……あのダンジョンの一件で。いや、その前から薄々と感じていた違和感を、綺羅星は改めて理解したからこそ、自分を変えたいと思い師事を願った。

――それの、何が悪い?

「城ヶ崎さん。私は、自分の意思でダンジョンに潜りたいと考えました。自分を強くするためにです」

「その男性とは、特別な関係ではないと?」

「城ヶ崎さんには、マンツーマンで教えてくれる塾講師と女子高生がみんなアヤシイ関係になるとお思いですか?」

だとしたら、少女漫画に毒されすぎだ。

そして時々思ってたけど、彼女は悪意こそないものの、思考が浅はか。

他人の噂を、真に受けすぎるのだ。

……けど彼女なら、きちんと説明すれば理解してくれると思う――

そんな綺羅星の期待は、しかし。

「畏まりました。であれば真偽を確認するため、そちらの男性のもとへ私が直接ご挨拶に伺います。それで宜しいですか?」

「……は?」

「相手は真っ当にお仕事をされている社会人なのでしょう? であれば、ご自身の身分を証明することは難しくないはずです。いかがでしょう?」

圧を込めて微笑む城ヶ崎に、綺羅星の思考がぐちゃっと混乱する。

え。なんで?

私そんなに疑われてる……?

……影一を紹介することはとくに問題ない。

彼はフリーランスとはいえ、表向きはまっとうなライセンス持ちの狩人だ。

でも疑いを晴らすためとはいえ、単なるクラスメイトが他人のバイト先の上司の元までご挨拶に行くのは、やり過ぎではないだろうか。

綺羅星としては影一に余計な面倒をかけたくないし、それに……

城ヶ崎が実際にご挨拶に伺って、何を尋ねる?

まさか面と向かって影一に「あなたは綺羅星さんといかがわしい関係にありますか?」と問う気か。

「……そ、そういうのは、相手にも失礼だと思うから、止めてほしいっていうか」

「いえ。これは大切な話です、綺羅星さん」

「なんで、そこまで」

分かんない。そこまでする必要あるの?

理解できなさすぎる価値観に顔をしかめたのが、城ヶ崎にも伝わったのだろう。

彼女は眉間に皺を寄せつつも、だって、と鳥がさえずるかのような、優しい声で。

「私達は”友達”です。その友達が誤った道に進もうとしてあげるのも、正してあげるのも、友達の役目でしょう?」

――え。

何でこの子、自分が”正しい”側にいると、思い込んでるの?