軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第109話 本当の友達

城ヶ崎にはひとつ、思い出せない記憶がある。

四月中旬。

新学期の半ばに起きた、鎌瀬姉見の暴行事件へと繋がる学校ダンジョン襲撃事件だ。

当時、城ヶ崎は鎌瀬姉妹とその友人達とともに、学校裏にできたダンジョンに足を向けた。

立入禁止区域に指定されていることは知ってたけれど、外で話しにくいことだからと姉妹に誘われ、そこで……

記憶が霞んでいるのは、嘘ではない。

気がついたら自分は病院のベッドに寝かされていて……学校から突然ワープしたようで、不思議に思ったほど。

お医者様によれば、交通事故にあった人でも稀に、記憶が飛ぶことがあるらしい。

嫌な思い出から自分を守るための脳の機能だから心配しなくていいよと言われ、母様もダンジョンのことには触れなくなった。

けれど。

……事件のあとから、たまに、夢の中に出てくるのだ。

上半身鎧に、下半身に真っ赤なスカート。

”ともだち”とひらがなで書かれた鎧を身に纏い、がなり立てるような機械音を響かせながら彼女の前に立ち塞がったバケモノの姿――

あれは、単なるモンスター。……そう、ただのバケモノ。

飛び起きるたびに幾度となく自分に言い聞かせ、心の奥底に封印するあまり自分でも忘れていたあの存在が――決して、友達が扮したバケモノでないと封じていた、その得物が……

どうして、私のいちばんの”ともだち”の手に、握られているのだろう?

「――――」

綺羅星善子がゆっくりと立ち上がる。

城ヶ崎河合を見下ろし、狙いを定めるように刃を下ろす。

嘘だ、と、彼女は自分言い聞かせる。

嘘。嘘。これは私を試す嘘。

もしくは偶然。

綺羅星さんはべつの理由で、あのチェーンソーを手に入れた。

鎧のバケモノを倒した狩人が、ドロップ品として入手したチェーンソーを転売、或いは彼女に譲ったのだ。

きっと綺羅星さんは私や鎌瀬さん達がチェーンソーのバケモノに襲われたと聞き、イタズラ目的でそれをインベントリに仕舞っていて、何かのときに私をびっくりさせようとしたに違いない。

だから、彼女がその刃で私を傷つけるなんて、嘘。

嘘、嘘、嘘、そう信じれば良いだけなのに、

なのにどうして、――私の本能はこんなにも、彼女を恐れて――

ブルオオオオッ――――!

「決めました。最初は、大きいところから捌きましょう」

悪魔のように微笑み、城ヶ崎の左腕に狙いを定める女。

ブオン、とひときわ駆動音を高鳴らせたそれが断頭台のギロチンよりもゆっくりと降ってくる。

潰れた左目の代わりに、ハッキリと視界の残る右目が刃を捕らえ、恐怖のあまり城ヶ崎はもう首すら動かせない。

でも。

それでも最後は。

最後は必ず冗談だった、ごめんねと笑って許してくれ痛い痛い痛い痛い痛いいやあああああ――っ!

「っ――――あああああああっ!」

口から出たものは、悲鳴にすらならなかった。

ごりごりと耳元で何かが削れる音。皮膚が刻まれ肉がぶちぶちと切り裂かれ、自分の中から大切な何かがそぎ落とされていくような、あるべきものがゆっくりと失われていく感触が――私の体重が減らされていく感覚が振動とともにはっきりと伝わり、やがて、

ゴトリ、と、何かが外れる音。

「――――! ――!!!」

何を叫んだかは覚えてない。

本当に斬るなんてあり得ない、と理性では悲鳴をあげたつもりだったけど、もしかしたら泣き叫んでいたのかもしれないし、ただ暴れていただけかもしれない。

……けど。

でも、

「ひ、ひっ……」

ひとつ言えるのは。

私は、失ったということ。

それでも私は、決して口を開かなかった――という事実。

「っ……き、綺羅星、さん…………もう、十分、ですよね……?」

顔をくしゃくしゃに歪め唇を青ざめ震わせながら、それでも城ヶ崎は言い返す。

私は減ってしまったけど、でも、……友達をやめたい、なんて、口にしなかった。

だから。

だからもう――

「なに言ってるんですか? 城ヶ崎さん。まだ始まったばかりなんですけど」

え、と。

ぎょろりと片目を動かす城ヶ崎の前で、よいしょ、と綺羅星がふたたびチェーンソーを持ち上げる。

魔力ダメージゆえに血飛沫はなく、けれど、真っ赤に染まった柄をしっかり掴みながら、綺羅星さんはさも当然のように――にこりと笑って、

「城ヶ崎さんも、たまには面白い冗談いうんですね」

「じ、冗談って」

「え。だって」

トン、と。

切り落としたばかりの腕の、反対側を示して――ふふ、と笑い。

「腕って、両方あるじゃないですか」

「…………」

「それに足を含めれば、四つです。まだ一つしか終わってませんよ」

「……っ。……そ、そんな、そんなの、」

「それが終わったら回復させてまた刻みます」

「!?」

「その頃にはさすがにガッツポーションの効果も切れると思うので、私が持ってる最高峰のポーションをあげてまた刻みます。ダンジョンの崩落がそろそろピークですし、じきに迷宮庁の方も駆けつけると思うので、ゆっくりは出来ませんけれど」

綺羅星が、亀裂の入り始めた”海底”ステージの壁を見上げる。

青一面の壁にうっすらと亀裂が走り、それを見上げた綺羅星がスマホで時計を確認した時――

城ヶ崎の心の中で、なにかが音を立てて、崩れた。

彼女は、きちんと計っていた。

狂気の刃物を振り回し、同級生の身体を楽しげに刻みながらも、状況を冷静に把握していた。

その事実が、城ヶ崎の認識を正していく。

……彼女はダンジョンに飲まれ、狂ったから凶行に及んだのではない。

モンスターとの戦闘と同じように状況を正しく分析したうえで、女を楽しそうに刻んでいる。

……つまり。

綺羅星善子にとって、同級生の友達を解体することは”異常”ではなく”日常”の延長に過ぎない――

「…………」

それは果たして、人間と呼んでよい存在なのか?

果たして、城ヶ崎の友達になるに相応しい相手なのか?

それは。そんなことのできる存在は、もう……。

城ヶ崎の知る”人間”ではない。

城ヶ崎の知る”JK”でもなければ、城ヶ崎の知る”友達”ですらない。

この世に稀に存在する、決して理解が及ばない、理解してはならないバケモノ。あるいは、モンスター。

そんな、そんな相手と――

友達に……なれるはずが、ない。

「あ、あああっ……」

母の教えを信じていた。

人は人同士、言葉を交わせば必ず理解できる。

家庭環境や経済、文化の壁がどんなに分厚かろうと、言葉を交わせる者同士であれば、話し合いのすえに理解し合える。それが叶わないのは、自分の努力が足りないせいだと感じていた。

けど、違う。

この世界には同じ学校、同じクラスで、自分の隣にたまたま座っていた同じ言語を扱う同級生であっても――まるでわかり合えない相手がいる。

いや、理解どころか……

見るのも、触れることすらもおぞましい、決して相容れない価値観を持つバケモノが存在する。

「……やだ、いやっ……ごめ、ごめ、……なさ、い……」

本能の理解が、理性に伝わる。

城ヶ崎は人間とお友達になりたいが、モンスターとまでお友達になりたいとは思わない。

……仲良くしましょう、と手を差し伸べた相手が、じつは飢えた肉食獣であったことを。

彼女が求めていたのが、友情ではなく獣の餌であったことを、今、ようやく――

「……私が……ま、まち、間違ってました……」

「ん?」

「……お願いします……ごめんなさい……ごめんなさい……」

友達なんてもういらない。

少なくとも、この子とだけは友達になんかなれない――いや、そんな言葉ですら生ぬるい。

お願いだから。

消えて。

消えろ。

これ以上、私に関わらないで――

二度と出てくるな、このバケモノが!!!

「綺羅星さん……お願いです……お願いだから……わた、私と……」

「うん」

「……私と。と、友達にならないで、ください……!」

声にした瞬間、城ヶ崎の中から何かが崩れていく音がした。

本当に聞こえた訳じゃない。

けどそれは、自分の求めていた幻の友達――友達という名の建前ばかり求めた、哀れな自分が崩れていくような音……。

ブオン、とブレーキ音とともに刃が止まる。

綺羅星が駆動を止めたチェーンソーを降ろし、じっと、無機質な瞳でこちらを見下ろす彼女。

「あなたの負けでいいのね? 城ヶ崎さん」

「っ……はい……私は本当に、馬鹿でした……私が、間違っていたんです。――世の中には、あなたのような、理解できない化物がいる……!」

「分かってくれてありがとう。やっと、私の気持ちが伝わったみたいね」

綺羅星がにこりと笑う。

その笑顔すら、いまの城ヶ崎には怪物が微笑んでいるようにしか見えない。

どうして、こんな化物と、私は友達になろうとしていたんだろう?

今ならハッキリそう思えてしまう程、彼女の笑顔は歪だ。

……けど、これで。

これで私は、少なくとも私の命は、た、た、助かっ――

「じゃあ最後に私の番ですね」

「……は???」

「ねえ城ヶ崎さん。私、あなたの友達にはなれないけど……代わりに考えたことがあるの」

ブオン、と。

なぜか制止したはずのチェーンソーが再び駆動を始め、バケモノがゆらりと立ち上がる。

まだ切り飛ばされずに余っている、城ヶ崎の右腕。

その先に刃物の先端をあてがい丁寧に刻む準備をしながら綺羅星が「えっとねぇ」と、まるで本物の友達に語りかけるように……

気さくに、優しく。

「あなたの友達にはなれないけど、代わりに、私の友達になってほしいんです」

「……え」

「私の考える、私の友達」

女が笑う。

友達になろうと言いながら刃を振るう化物が、にたりと唇の笑みを深くする。

「――私が困った時、私の元にすぐ駆けつけてくれる友達。

私がお金に困ったら、私の代わりに出してくれる友達。

私が呼んだらすぐに家まで来てくれて、私の犯罪がバレそうになったら、私のために代わりに捕まってくれる……そんな、優しい友達」

「っ……な、何を、言って……」

「だって。不公平でしょう?」

その台詞はまるで、彼女にとって当然の慈悲であるかのように。

今日見たなかで一番の笑顔を浮かべ、ゆっくりと……紡がれる。

「あなただけが一方的に、友達関係を押しつけておきながら――私の望む友達関係は受け入れません、なんて。友達として、対等じゃないでしょう?」

「…………は?」

「だから、今度は私があなたに押しつけるの。今までのお返しに、ね」

さあ。今度こそ、本当の友達になりましょう。

彼女が笑顔とともに両手を振り上げ、城ヶ崎の余った右腕に振り下ろす。

激痛に悲鳴をあげるなか、城ヶ崎の前で、彼女が笑った。

「今度はあなたが選ぶ番よ、城ヶ崎河合。――私と、本当の友達になりましょう?」