軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第104話 風見鶏合地

影一に、二度目の慈悲を示された瞬間――風見鶏合地に天啓が降りた。

人生のあり方をすべて書き換えてしまう程の、圧倒的な理解と衝動。

走馬灯のように己の半生が頭のなかを駆け巡り、風見鶏が感じたのは、ひたすらに深い、深い後悔の念だった。

ああ。自分はどうしてこんな馬鹿なことを。

あの時、反省していれば。

思い返せば、機会なんて幾らでもあったはずなのに。

「俺が、間違ってました……ああ、俺はなんてことを!」

影一を前に土下座し、崩れ落ちながら、風見鶏は深く悔いる。

最後の最後、こんな土壇場になってようやく気づくだなんて――俺は本当に、なんて馬鹿だったんだ!

「っ……ああ、ああっ……!」

コンクリート床に拳をたたきつけ、人生を無駄にしたと涙ながらに語ったカザミは――

もう一度、影一を見上げて深々と頭を下げる。

自分は馬鹿だ。

地上最高の愚か者だ。

その上で、こんなことを言えばさらに馬鹿だと笑われ、殺される可能性もあったが、それでも。

「ブラザー。ひとつ、お願いがあるッス。……一度だけ、チャンスをくれない……ッスか?」

影一は無言。

「今までの俺は、嘘ばっかりついてきた人間でした。逃げ続けた卑怯者だったッス。でも、でもブラザーが、いや、影一の旦那が俺に教えてくれたお陰で、初めて、自分がどんだけバカなやつかって理解したッス」

「…………」

「俺の人生、今までどこか他人事っていうか、まあ何とかなるだろ、っていう甘さがあって……けど、今回だけはマジで自覚しました。今回だけはマジで殺されるって分かって、目の前で見せられて――人生そんな甘いもんじゃないんだって、はっきりと分かったんッス! だから……」

自分でも都合のいいことを言っているのは、分かる。

何を今さら、と思われても仕方のないことだろう。

けど、それでも!

己の過ちをすべて理解した上で、もし彼が慈悲をくれるというなら――これからは真人間として、真っ当に、きちんとした社会人として生きていきたい!

風見鶏は、土壇場で成長した。

新しい人間、いうなればニュー風見鶏だ。

これは単なる命乞いじゃねぇ、本気の本気なんだ!

「ダメならダメで、構いません! 俺の命、旦那に全て預ける覚悟でやりますんでぇ!」

「…………」

「お願いします! 俺は、俺は本当に……!」

今までずっと適当なことを言い続け、逃げてきた人生だったけど、今回だけは本気で逃げない。

誓う。

一生を賭けて誓う、だから頼む、もう一度だけ俺にチャンスを――!!!

……。

…………。

それから、どれくらいの時が過ぎたのか。

風見鶏がふと顔を上げると、影一の姿はそこになく。

よく見れば僅かに傾いた、無人の事務所が、夜の暗闇の中に残されていた。

っ、と息を飲んだ風見鶏は、しかし――自分が生き残った、等という喜びすら感じることなく涙をぬぐう。

「……っ!!」

俺は、変わった。

この命は、影一の旦那にもらった二度目の命。

今度きちんと改心する――男に二言はない。

「やるぞ。俺は、やるぞーっ!」

まずは借金の返済。剛翼社長にはRe:リトライズ脱退を伝え、借金はきちんと働いて返すと伝えよう!

ああ、あと女達との関係も解消しないとな。やっぱ二股、三股はよくない。

その次は……一度、実家に戻ろう。

両親には勘当された身だが、きちんと謝れば、家族にも許して貰えるかもしれない。

「っしゃあ、頑張る、頑張るぞ俺……!」

心が熱い。まるで沸騰したお湯のように滾っている。

今なら何でも出来そうな気がして、風見鶏は気づけば走り、いや、スキップしていた。

死地を乗り越え、生まれ変わった俺は無敵だ。最強だ。

真っ白で、まっさらな、新しい自分。

遊ぶことしか知らない幼稚園児のように、無邪気な心を抱ける今この瞬間を思えば、影一に感謝したいくらいだ。

まずは自宅に帰って、風呂に入ろう。

汚れを落とし、新しい自分に生まれ変わる。

それからスマホで求人を探し、ごく普通……年収五百万くらいのフツーの会社に就職して、ふつうの可愛い女の子と今度こそ運命の出会いをしてまっとうに生きる。

それこそが俺の、輝かしい第二の人生だ――

スマホが震えた。

『おい風見鶏。どうして、電話に出ない?』

「っっっ!」

コールしてきたのは、剛翼とは別のヤミ金だ。風見鶏の借金は一社だけではない。

だってほら、返済につぐ返済で、あっちから借りたのをこっちに回してたら色々と……あるだろ?

……っ、けど、俺は生まれ変わった。

二度と借金取りなんかには屈しない――

『テメェ、まさか踏み倒せるなんて思ってないだろうな? 実家にご挨拶に行ってもいいんだぞ?』

「っ、いやそれは……家族は関係ないっていうか」

『甘えたことぬかしてんじゃねえぞテメェ。それとも、お前の女んとこ行ってやろうか? 全部ネタは上がってるんだぜ』

それもまずい。なにせ二番目の女、アカリにも旦那がいて、旦那にもしバレたらまた慰謝料が増えて……。

新しくなったカザミとはいえ、これ以上借金が増えるのは、ちょっと。

『なあ。お前も人間だろ? 家族や女は大事だろ? だったら、やることやってから言えよ。な?』

「っ、は、はいっ……でも俺、マジでいま金なくて」

『仕事すればいいだろ、仕事』

それはもちろん。俺も今日から、まっとうな仕事につこうと思ってたとこで……

『タタキ、あんだよ。お前、狩人なんだろ? ダンジョン仕事できるヤツいると助かるって、俺の友達が言ってんだよなぁ』

「……っ、それは」

『この界隈よぉ、ダンジョン崩れのやつまだまだ必要なんだわ。お前、需要あるぜ? 配信なんかやめてこっち来いよ』

いい金になるぜ?

簡単な仕事で、サクッと儲けよう。孕ませた女の慰謝料とか、色々いるだろ?

……い、いやでも、

「すいません。俺、ちょっと……今日から俺、真っ当に働こうかなって思ってて、っ」

『おいおい、俺等の仕事が真っ当じゃねえってか? むしろ慈善事業だろ、金をがめてるジジババ襲って、若い連中に還元してる奉仕活動だ。その間でちょっとマージン頂いてるだけの、な』

「慈善事業……」

『おうよ。いまの日本を悪くしてるのは歳取ったジジババ共だ。あいつらが日本の税金をがばがば食うせいで、若い連中が苦労してる。俺等はそれを還元してやる義賊ってわけ。だろ? 最近じゃあジジババ共も健康ブームとかいって、ダンジョンに来ることがあるみたいだしよぉ』

それはまあ、風見鶏も考えたことはある。ていうか聞いたことがある。

自分達のような若者が苦労してるのは、年老いたジジババ共が悪いせいだと。

『なあ。正しいこと、しようぜ? お前にも正義の心、あるだろ?』

「…………」

『本当の意味で真っ当なのは俺等のほうだ。フツーに働いてるリーマンどもの顔見ろ、あんな死人みたいな連中になりたいか? 違うだろ?』

「っ……」

『俺等の仕事は宝くじじゃねえ。一攫千金なんて馬鹿な話でもねぇ。堅実に、真っ当に、きちんと悪いヤツをお仕置きしてお金を貰う。給料もちゃんと出るぜ、悩む必要なんかないだろぉ?』

た、確かに……そう考えると、悪いことじゃない。よな?

影一の口にした、悪い事、っていうのは殺人や強姦のようなことを言うのであって……いやまあ、タタキってのも強盗だけど、悪人から金を奪うのは悪事じゃない。

例えるなら、令和の怪盗。

悪い政治家から金を奪うのは善行だし――な、ならセーフだよな? な?

一回くらい……許してくれるよな?

な? 影一の兄貴……?

「ッス! 分かりました、じゃあ今から行きます! 場所は……」

口にした途端――右手がぶわっと熱を持った。

あつっ、と耳からスマホを離し、ひっくり返す。

……ん? よく見たら後ろに、発信器みたいのがついてんな。

何だコレ?

風見鶏はマジマジと顔を近づける。

よく観察していると、小型機がちいさくフラッシュを繰り返し――

ピピッ、と小さな音が、

『――あ? おいどうした。風見鶏。……風見鶏?』

*

そんな都合のいい話、あるはずないでしょう。

仕事帰りに立ち寄ったカフェで一息つきながら、影一はやれやれとミルクココアを口にする。

影一は最初から、彼の言葉など一つも信用していなかった。

慈悲を示した理由は、ひとつ。あの男が本当は改心していないのだと、自分のなかで確信したかったからだ。

悪は悪のまま、愚かに落ちぶれて死んでほしい。

中途半端な善意や改心を示した者を、その場で始末するのでなく……

ああ、コイツは正真正銘、本当に救えないクズだったんだなとハッキリ理解した上で消した方が――後腐れがない。

心地良く、気持ちよく。

今日もいい仕事をしたなと確信をもって帰宅し、安らかに熟睡できるだろう?

「これで、本日の仕事はすべて完了。あとは綺羅星さんの報告を待つのみです。……ああ、今日はいろいろ頑張った自分へのご褒美に、デザートも注文しますか」

些か贅沢が過ぎますが、とショートケーキを追加注文。

今後の課題は幾つもあるが、まずは一日、自分を労おうと心に決めて肩をほぐす。

程なく届いたショートケーキを前に、影一は何となくぱしゃっとスマホで画像に収めながら。

ふむ。

「いつも思うのですが。ショートケーキの苺は、どのタイミングで頂くのがベストなのでしょうかね? 人類の永遠の課題です」

ケーキの途中のアクセントとして、苺を食べるのが主流だとは思うが――苺が新鮮なうちに、と最初に頂く人もいると聞く。

悩ましい。

この世には殺人やテロより難しい課題が多すぎるなと笑いながら、影一はゆっくりとフォークを伸ばし始めた。