軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

魅惑的な飲み物

アクスバン領に戻ると、ジゼルたちはその足で孤児院を訪ねた。

今回は領地にある孤児院すべてだ。どこも運営費を削られて貧しい様子にジゼルは胸を痛めた。

ジゼルはエリオットと共に購入したばかりの羊のミルクを寄付し、丁寧に詫びて待遇の改善を約束した。すでにトマスが動いており「食事は満足に取れているので問題ない」と各院長は口を揃えたが、とはいえ「はい、そうですか」とは素直に頷けない。

領都に戻る馬車の中は先ほどの楽しい時間が嘘のように静かだった。

ジゼルは自分になにができるか考え、思い詰める妻をエリオットは心配した。

「ジゼル様、ご無沙汰しております」

孤児院の後は以前宿泊していた宿に立ち寄った。そこにはまだロイとコニーがいる。

「お、お久しぶりですね……。なんか急に大きくなりました?」

「栄養価のあるものをたくさん食べさせてもらっているので、そのおかげです」

棒切れのような手足に肉が付き、人を疑うことしか知らなかった瞳に恩が灯る。

二人のことは、滞在しているアクスバン家の家従や侍女を通じて毎日報告を受けていた。コニーは熱が引いて、ベッドから起き上がれるようになったとのことでこうして会いにきたわけだが。

「……すごい成長ぶりですね。びっくりです」

しかも礼儀がそれなりに身についている。前回会った時はまだぎこちなさがあったものの、今は流れるような動きだ。言葉も滑らかでジゼルのおやつを盗もうとした子どもと同一人物には見えない。

「ベッドからしつれい、します……」

エリオットとロイを伴い、ジゼルは病室に向かう。

コニーは枕を背中に当てて起き上がっていた。そして、たどたどしく、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。いつかジゼルたちがきた時にちゃんと言えるようにと練習していたらしい。

「はじめまして、コニーです。五歳です。たすけてくださってありがとう、ございました」

「そんなこと気にしなくていいの。体調はどう?」

「はい、ずいぶんよくなりました」

コニーは腹の中に虫がおり、それが悪さをしていたらしい。喉が乾いて生水を飲んでしまったことが原因だったようだ。

暑さもあり、喉の乾きが我慢できなかったと恥ずかしそうに俯く。

元々体力が落ちており、栄養のない状態だったことも手伝い、見つけた時には瀕死状態だった。あと少し遅れていれば命はなかったと医師が改めて説明する。

この世界ではこうやって子どもが亡くなってしまうことは珍しいことではない。

ジゼルは痛ましそうに無理に笑うコニーを見ていた。

「……それで、お金は」

「そんなこと気にしなくていいのよ」

「あぁ。今はしっかりと健康を取り戻すことを考えなさい」

「はいっ......! ありがとうございます!」

「侯爵様、ジゼル様、改めて感謝申しあげます」

コニーの傍についたロイが深々と頭を下げる。コニーも兄を見て、同じように頭を下げた。

ジゼルは「もういいから、頭を上げてちょうだい」と伝える。

「それより、二人に聞きたいことがあるの」

「なんでしょうか」

「あのあたりに住んでいる人たちで、他に子どもはいなかった?」

エリオットが先に人をやりスラム化した一体を見回ってくれている。ただ、役人が来たと気づいて隠れて出てこない人たちもいるだろう。

こちらは保護したいと考えているだけだが貴族に対して悪感情を抱く人も多い。

「……子ども、ですか?」

「ええ。もし二人と同じような状態の子がいるようなら、と思って」

ロイとコニーは困惑げに顔を合わせて首を横に振っている。

「俺たちも、あの場所で住み始めたのは最近です。孤児院を出て色々と点々としたので」

「……そう」

元々彼らは、アクスバン領の別の孤児院にいたそうだ。しかし、運営費が打ち切りになってしまい、新しい場所を求めて領都に来たという。領都の孤児院にもいたが、肩身が狭く、また運営費を削られたことから、年上の子どもたちが孤児院を離れてしまい、初めはその子たちと共に行動をしていたようだ。

「……あの場所、なくなっちゃうの?」

「コニー」

不意に溢れた声にロイが嗜める。コニーは瞳を大きく揺らし、不安そうにジゼルを見上げた。

「なくなったら困るのかな?」

「……優しいおじさんがいるの」

「優しいおじさん?」

「うん。痛くて苦しい時、〝大丈夫だよ〟って手を握ってくれたの」

コニー曰く、ロイがいない時寄り添ってくれたおじさんがいたようだ。

心細く、しかしロイに「そばいてほしい」とは言えないコニーはとても安心したという。

「……そう」

「苦かったけど、薬もくれたの」

「ーーそうなのか?!」

「う、うん。……黙っていてごめんなさい」

薬は高価だ。そのことを二人ともよく知っている。

浮浪者のおじさんがどうやって薬を手に入れたのか。そのあたりを追求されると分が悪いとわかっていたので、コニーは黙っていたのだろう。

「みんな家がなくて困っているの。だから、むずかしいお願いですが、おじさんから家を取らないでください。お願いします」

「俺も食べ物をもらったことがあります。少ないものを分けてくれて……。だから、……お願いします」

子どもたち二人に頭を下げられて、ジゼルは戸惑う。

一度足を踏み入れたことはあるが、そこを住居とするのは推奨できない地域だった。空気は悪く匂いもきつい。あのまま放置していれば、病気の温床となるだろう。

できれば一刻も早く、なんとかするべきだ。

「エリオット様、久しぶりにネズミになりませんか?」

「いいだろう」

その夜、ジゼルは久しぶり夫を夜の台所に誘った。かわいい夫は二つ返事で快諾してくれる。

ジゼルは本日購入したバナナとミルクを並べて「よし」と袖を捲った。

「なにを作るんだ?」

「バナナジュースです」

「バナナジュース?」

「エリオット様の魔法がないと作れない極上のドリンクです」

「そうか。なら、作ろう」

「はい!」

エリオットには用意したグラスに氷をたくさん作ってもらった。グラスは冷えていた方が美味しい。

もちろん後で氷を作ってもらうが。

「ここに、バナナをちぎってミルクを入れます」

ジゼルは少し大きめの水差しポットにバナナをちぎって入れた。そこに目分量で羊のミルクを足す。

「エリオット様。このミルクとバナナが上手に混ざるように攪拌してください」

「うむ。実はない方がいいか?」

「そうですね。その方が飲みやすいです」

エリオットは少し思案しつつそっとポットに手のひらをかざす。

「ーー風よ」

といえば、ポットの中で竜巻が起きた。バナナは小さめにちぎっていたが、みるみるうちに実の形がなくなっていく。それと同時に真っ白なミルクにバナナの色が移ってとてもいい色になってきた。

エリオットは眉間に皺を寄せ、じっとその様子を眺めている。

「……これはいい魔力操作の練習になるな」

「そうなんですか?」

「あぁ。……もういいかもしれない」

エリオットが魔法を止めたので、予め冷やしておいたグラスの中の氷を捨てた。

新たに氷を作ってもらい、そこに作ったばかりのバナナジュースを注ぐ。

「綺麗ですね」

ゆっくりともったりしたクリームイエローの液体がグラスいっぱいに注がれる。

グラス二つ分綺麗に収まったそれから、甘い香りがふわっと漂った。

「これがバナナジュースか?」

「ええ。きっと美味しいはずです」

ファッジ領でバナナは生のまま皮を剥いて食べることがポピュラーらしい。あとは、焼いたり炒めたりして食事にも使われることもある。街にはバナナのジャムが売られていたので、パンに乗せたり、紅茶に入れたりする使い方もあるのだろう。

しかし、ミルクと混ぜたジュース屋さんは見つからなかった。少し期待していた分、見つからなくてこっそり落ち込んだジゼルである。マンゴーやパイナップルを絞った店はあったが、バナナはない。

「では。ーーんんっ」

口いっぱいに広がる完熟バナナ。そして濃厚でクリーミーなミルク。

よく攪拌されているおかげで喉ごしもよく、風呂上がりの少し乾いた喉にはとても美味しく感じられた。

「美味しいです……ね?」

エリオットを見ると、彼は眉間の皺を深め、険しい表情になっていた。

しかし、瞳はわずかに輝いており、グラスの中はすごい勢いで減っている。

(ーーあ、これは美味しい顔だわ)

ジゼルがにこにこしながらエリオットを見ていると、視線に気づいた彼がようやくグラスから口を離した。するとどうだろう。麗しいお顔にチャーミングな髭ができている。かもめが飛ぶように人中(鼻と唇の間)にできた髭に思わず笑いそうになったが、かわいいので黙っていることにした。

「あぁ。毎日でも飲みたい」

「気に入っていただけたようでよかったです」

エリオットはグラスに残ったわずかばかりのドリンクを飲み干し、名残惜しげに眉を下げた。その顔は「物足りない」と言っている。

ジゼルは先ほど戻したばかりのミルクを冷室から取り出してえっへんと胸を張った。

「バナナとミルクはまだありますよ」

「では、もう一杯作ろう。ーージゼルは?」

うきうきとするエリオットに微笑みながら、頷く。

「では、いただきます」

その夜、ジゼルはコップ二杯、エリオットは五杯も飲んだ。

翌朝、彼は起きるなり台所を訪れ、使用人たちを大いに騒がせる。