作品タイトル不明
劇団員を探そう in王都
「ジゼル様」
翌日、朝食後のお茶を飲んでいると、髪を切って小綺麗になったロイが恐る恐る声をかけてきた。初めて会った時とは違う緊張を滲ませた顔だ。子どもなので身分とか気にしなくていいとジゼルは思うが、そうはいかないのがこの世界だ。
「おはよう、ロイ」
「お、おはようございます。あの、妹を助けてくださってありがとうございました!」
命の危機にあったコニーは、なんとか一命を取り留めた。
ただの夏風邪ではあったものの、栄養不足で免疫力の低下している状態だったので、そのまま神の下に連れて行かれても不思議ではなかった。
しかし、コニーは強かった。マーカスが言っていた通り〝大丈夫〟だった。
そのことに胸を撫で下ろしつつ、ジゼルは、コニーのような子どもがアクスバン領にいたことの方が内心ショックだった。もっとも、エリオットの方がその衝撃は凄まじかっただろう。今朝も早くから外出している。
「ううん。わたしは何もしていないわ。コニーが頑張ったの。でも、よかったわね」
「はい! まだ、起き上がれないので、改めてコニーと共にお礼をさせてください」
ロイはキリリとした表情でジゼルを見据えると「失礼しました」と言い、その場を立ち去った。足取りは軽く、小さな足音が遠ざかっていく。
「ロイはこの後どうするのかしら?」
「コニーの体調が安定次第、孤児院に戻ることになっています」
「そうよね」
マーカスの返事にジゼルは頷く。
子どもたちだけで生活していくことは正直厳しい世界だ。子どもの大切な労働力とはいえ、賃金は雀の涙ほどしかなく、その日暮らしていくのも精一杯だろう。それなら衣食住を補償してくれる見習い等になった方がいい。
(だからこそ、在り方を変えていかなきゃ……)
ジゼルが生きている間にきっとそれを成し遂げることはできない。だからといって、何もしないわけにもいかない。
(甘っちょろい考えかもしれないけど、できることはするわ。それがエリオット様のためになるなら)
ジゼルは拳をグッと握りしめる。ナンシーとマーカスが不安そうに目配せし、呆れたように苦笑した。
***
ジゼルはエリオットのもらった指輪を使い、王都の屋敷に転移で戻った。ナンシーとマーカスも一緒だ。劇団を作る件を具体的に進めるべく、情報収集を行う。
「奥様、おかえりなさいませ」
「ただいま戻りました。あ、ラベル商会の皆様は」
「お見えになっております」
頼りになるには、やはり情報通のご婦人方。ジゼルは一切社交をしていないので、集まってくる情報が少ない。こういう時、ぐー◯る先生がいたらいいと願ってしまうが。
「お待たせしました」
ジゼルがいつもの応接室に入ると、ナタリエとケティがお茶を飲んでいた。彼女たちはジゼルを見て、スッと席を立つ。
「ごめんなさい、急に呼び出したりして。時間は大丈夫かしら」
「ええ。もちろんです」
「ジゼル様のためなら、どんな要件も後回しですよ」
新商品の反響は大きく、現在”フリージア”の商品をひとつ持っているだけで、ステータスになる。彼女たちは、開発時から試作品を使ってくれており、すでに日常使いはこちらの下着に移行したようだ。過度な締め付けから解放されたせいか、呼吸が楽になり体調にも変化があらわれているという。
「実は、今回お呼びしたのは、下着のことではなく」
「「下着ではない?!」」
「あ、いえ。ゆくゆくは関わっていく……かもしれませんが」
ジゼルは状況を掻い摘みながら説明し、昨夜エリオットに話した内容と同じことを二人に説明した。
「エリオット様には、その劇場の使用権について確認をお願いしています。まだ時間はかかるかと思いますが……」
「それはとても楽しそうね」
「ええ。舞台衣装なんてなかなか作れないわ」
ナタリエとケティはすでにワクワクした顔をしている。衣服のことならラベル商会、というぐらい、上から下までなんでも揃うが、舞台衣装は作っていなかった。どちらかといえば、生活に寄り添ったものが多い。もちろん顧客は貴族なので、デザイン等は豊富にあるが。
「わたしが知りたいのは、王都の劇団には入れないけれど、それなりに実力のある人たちは普段どこにいるのか、ということです。大抵はパトロンがいらっしゃると伺っていますが」
「そうね。パトロンのいない原石もたくさんいると思うけど……」
「中には、個人的に支援している人もいますけどね」
ナタリアとケティは顔を見合わせた。
「そうだわ。それこそ、募集すればいいんじゃない?」
「でも、どうやって? 応募が殺到しても困ってしまうわよね」
とりあえず30名前後を予定している。作品によって、出演者数は異なるが、それぐらいの団員数がいればなんとかなるだろう。一度に30名が無理なら10人程度でもいい。
(それに合わせて脚本を書けばいいのだから)
「ギルドに情報をもらうか、あとは実際にパトロンをしている貴族に尋ねるか、ね」
「お店に張り紙をしてもいいんじゃない? 新聞だといたずら気分でくる人もいるかもしれないし」
その後、あれやこれやと二人に意見をもらい、秋冬の新商品に向けた会議も流れで行って、二人は屋敷を後にした。
「たしかこの辺りが」
「なるほど、飲屋街になっているのですね」
マーカスとナンシーにも劇団員のことを尋ねてみると、王都の飲み屋にいくと情報が手に入るかもしれないということで、ジゼルは早速やってきた。
どうせならと食事も済ませる予定だ。アリアには難色を示されたが、マーカスとナンシーも付きそうという形で了解をもらう。二人を振り回している自覚があるので、ジゼルの奢りでご飯を食べるのだ。
マーカスにしてみれば堅苦しいかもしれないが、彼は嫌な顔ひとつ見せず了承してくれた。ナンシーは「どうせなら、どこどこのなになにという店がいいけど〜」と唇を尖らせていたが、貴族の食事よりも庶民の食事の方が美味しいと旅行中に知ったようで満更でもないようだ。
劇団員がいそうな飯屋というのが、今ひとつ分からないので、時間が許す限りハシゴをしようと思う。マーカスもナンシーもそれなりにお酒には強いらしいので、飲み過ぎない程度に楽しんでもらうつもりだ。
一件目は大通りで一際賑わっている店に入った。どうやら複数の冒険者パーティーが、集まって飲み比べしているとのことで、早々に退散した。二件目はギルドの近くにある酒場だ。綺麗な人、美形な人が働いている飲食店やパトロンを探している人はいないかと情報を募ったが、画家志望が見つかっただけ。俳優はいなかった。
三件目は宿屋兼飲み屋だ。いわゆる性的サービスも兼ねているため、マーカスはジゼルを連れていくことに難色を示したが、ジゼルはまったく気にしない。むしろ、興味がある。ナンシーは嫌そうな顔をしたが、ひとりにすることはできずについてもらう。
「え、なに?! パトロンしてくれんの!?」
すると、女優志望のエラという女性に出会った。
彼女は王都の劇場で主演することを夢見て上京してきたが、なかなか仕事がないらしい。今は、宿屋兼酒場で働きながら、レッスンを受けているとのことだ。
「条件が合えばですが」
「いいよ、言って」
「まず、活動拠点は王都ではなくアクスバン領になります」
「王都じゃない〜?! それは却下だな。わたしは王都で歌いたいんだ。それ以外では歌わないよ。他をあたってくれ」
「ええ、そうします」
エラ以外には、特にパトロンを求めている人はいなさそうだ。
ナンシーは早々に立ち上がり、マーカスは他の従業員から「一晩泊まっていって」というあだめいた誘いを丁重に断っている。
「あ、そうだ。どこかの劇団が喧嘩別れして分裂したって聞いたよ。お姉さんの期待に答えられるかは分からないけど、もしかするとまだ劇団が王都にいるかもね」
エラはにっこり笑うと手を差し出してくる。情報料をくれとのことらしい。ジゼルはエラに銀貨三枚渡すと「そろそろ帰ろうか」と席を立った。