軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

元婚約者の襲来

グイドが帰って数日後、アクスバン侯爵家がトランス商会を摘発したことをきっかけに、他にも騙されていた人たちが声を上げた。商会は取り潰され義祖父母は捕まる。当然、義母も容疑者のひとりだが、彼女は知らぬ存ぜぬを貫き通した。しかし、状況を知った娘や息子たちから白い目を向けられ、しばらくはおとなしいだろう、とのこと。

この件がきっかけでこれまで擦り寄ってきていた、下級貴族の夫人たちが手のひらを返したように近寄らなくなったんだとか。

”もう、お茶会に行かなくていいって”

グイドから喜びの手紙が届いてジゼルは苦笑した。エレナは来年から学院に入学する予定だが風当たりが強くなるかもしれない。少し心配だが、彼女はうまくやれるだろう。

(……これで、子爵領が刷新されるといいけど)

ジゼルは派遣された専門家からの報告書と弟の手紙を読み終えて、ぐーんと伸びをした。幾つかの問題が解決できそうで肩から力が抜ける。

「奥様、少し休憩されてはいかがですか?」

「……そうね。そうするわ」

声をかけてくれたのはナンシーだ。彼女は謹慎が明けしばらくしてジゼル付きになった。

ジゼルがナンシーを気にかけていたこと、侍女長のアリアは屋敷全体の指揮をする立場のため、本来の仕事に戻る必要があったので、ジゼルが指名した。

(指名した時、ナンシーはびっくりしていたけれどあの時ほど嫌だと思われていない、はず。たぶん)

「あら、マフィンも焼いてくれたのね」

「ええ。グイド様のおかげで、この屋敷の食事が随分と豊かになりました」

グイドが屋敷に滞在したのはほんの一週間程度。なのに、毎日ジゼルが昼食、おやつ、夕食を作っていたせいで(作れなかった時はレシピを渡した)この家の食事が随分と改善された。

これまでも美味しくなかったわけではないが少々物足りなかったので、ナンシーの言う通り”豊か”になったという表現が相応しい。特におやつに焼き菓子が増えた。クッキー、マフィン、マドレーヌ等々。

エリオットがいる時はパンケーキが出てくることが多く、時々ホットケーキの時もある。

(チョコレートなんかあったら大変ね…)

この世界でまだチョコレートを見たことがないので、あるのかどうかもわからないが、あったらエリオットは大喜びだろう。毎日食べたいと言うかもしれない。もしそうなってしまったら、ジゼルは止めてあげることはできるのだろうか。

(できる気がしないわ)

甘いものを食べているエリオットは心底幸せそうな顔をする。表情の変化は乏しいが、ジゼルにはその小さな変化に気づけるようになった。そうなると、観察することが楽しくなってくる。

ジゼルが休憩していると、扉がノックされた。ナンシーが扉に向かい返事をする。

「奥様、トマスです。失礼いたします」

「どうかした?」

「イザベラ様がいらっしゃいました」

「え?」

イザベラはエリオットの元婚約者だ。結婚式の一ヶ月前に姿を眩ませ、その後消息不明だった。

「旦那様には早馬を出しております。しばらく待たせますので、それまでにお着替えを」

「……わかり、ました」

今更どうしてイザベラがここに来たのかわからない。ジゼルは不安になりながらも、ドレスを着替える準備をする。

(またコルセットか……)

ジゼルはドレスを選ぶナンシーを見て嘆息する。ここ最近、ずっとブラショーツだったので、客を出迎えるためにわざわざ着替えるのが面倒くさい。しかも、言葉を選ばずに言えば「招かざる客」なのだ。

(そんな人のために、苦しい思いをするのは嫌よ…)

それでもエリオットの顔もある。ちゃんとしたドレスは着るので、下着ぐらい見逃して欲しい。

「……ねえ、ナンシー。新作のブラがあったと思うけど、あれじゃだめかしら?」

ジゼルの言う、新作のブラというのは肩紐のないブラだ。補正力を重視し、パッドの位置や胸の締め付けを計算した渾身の一作。

「……いえ、ですが」

「ドレスはちゃんとしたものを着るわ。どれだけ盛れるかも実際に見てみたいし」

新作が出来上がったのは昨日。ちょうどいいタイミングなので着てみることにする。

「ナンシーが見てダメだったらちゃんとコルセットをつけるわ」

「……承知しました」

ナンシーは渋々納得してくれた。彼女が選んだドレスは淡紫色のドレスだった。銀色の刺繍が入ったそれは、エリオットカラー。結婚式で着たものより落ち着いたデザインで露出は控えめだ。

「どうかしら?」

「悪くありませんね。ジゼル様はちゃんとくびれがあり、細身ですので自然なラインが出てむしろ男性は好ましいかと思います」

ナンシーはまじまじと見ながら分析する。ジゼルはそんな彼女に苦笑した。

「無理に細く見せなくても、みんな十分魅力的なのよ」

「できるだけ細く見せたいのは乙女心ですから」

「それで不健康になっていたら、元も子もないけどね」

実際に、コルセットを装着する時間が短くなったことで冷えが軽減されたことや体調がよくなった、よく眠れるようになった等の感想はちらほら聞こえてくる。

「ーージゼル、俺だ」

「エリオット様」

扉のノックと共に入ってきたのはエリオットだった。随分早いおかえりだ。

「準備はできたのか」

「はい。……どうかされました?」

エリオットがじーっとジゼルを見つめている。

「いや、なにか違うと思ったのだが……何が違うのかわからなかった」

エリオットは困ったように眉を下げた。わずかな変化だが、とても可愛いと思う。

真面目腐ったいつものキリっとした様子も素敵だが、柔らかさを纏った彼はもっと素敵だ。

「行こうか」

「ええ」

手を差し出されて、部屋を出る。ジゼルは緊張した面持ちでイザベラの待つ部屋に向かった。

(もし、この結婚がなかったことになったらどうしよう…)

元はイザベラとエリオットの縁談だった。認めてもらったとはいえ、ジゼルはしがない子爵家出身。しかも、現在悪い意味で渦中にある家だ。

(ふさわしくない、とかなんとか言われたら……)

「ジゼル、どっしりと構えておくがいい。誰が何を言ったところで、俺はジゼルだけだ」

「……っはい」

「あなただから、結婚後の生活が楽しいと思える」

エリオットの真摯な眼差しが自信を与えてくれる。ジゼルはエリオットの言葉に頷いて、表情を引き締めた。